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西武池袋の61年ぶりのストの意味が国民に全く理解されなかった理由

西武池袋本店が1日ストライキを行った。デパートのストに対しては物珍しさもありストのお知らせの写真を撮影する人が多くいたという。と同時にネットでは「ストの意味がわからない」というネガティブな書き込みも多かった。なぜ今回のストが世間から理解されなかったのかを考えてみた。背景にあるのはある差別感情と一つの時代の終わりである。憧れが消費を牽引するという時代が終わりつつあるのだが、その次が見つかっていない。

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西武池袋本店のストは賃金のアップではなく「アメリカの投資ファンドにデパートを売却してはならない」という理由で行われた。ここでひろゆき氏が興味深い指摘をしている。東スポによるとひろゆき氏は「投資ファンドは1000億円の中抜き」をしただけで店舗そのものはヨドバシカメラに払い下げられたと言っている。

ではなぜファンドを介在させる必要があったのか。背景にあるのは地元豊島区の反発である。

昨年12月、店低層部にヨドバシカメラの出店構想が明らかになった際、当時の高野之夫区長(故人)は緊急会見し「今まで築いてきた文化のまちの土壌が喪失する」と憂慮。「池袋東口美観商店会」の服部洋司会長も「もう家電量販店は池袋に要らない。文化の薫り高い池袋を目指し、戦後から街のイメージアップを官民一体で進めてきた」と述べていた。

豊島区は「ヨドバシ風情とは一緒に取り組めない」と言っている。理由はヨドバシに「文化」を感じないからだ。ヨドバシはエネルギーを注ぎこめるような対象ではないと言っている。もはや家電量販店蔑視と言っても良い。

東京と大阪において都市文化をつくってきたのは私鉄だった。周辺に住宅街を作り都心にある百貨店と鉄道で結ぶ。そして百貨店では西洋の近代的な文化が展示されている。つまり私鉄は西洋に対する憧れを武器にして住宅地の格を上げようとしてきた。このビジネスモデルを思いついたのは阪急の小林一三であり、東京でこれを広めたのが東急の後藤慶太だった。

このように百貨店は「街の格を上げてくれる」存在だった。

労働組合はこれまで賃金アップなど待遇改善のためのストは実施してこなかった。今回売却に反対したのは「これまでのような文化的な職場」の従業員ではなく「家電量販店風情」の従業員に格下げされることに対する反発だったのではないかと思われる。

しかしながら「デパートが文化を牽引し街の格を上げる」と言われてもよくわからないという人が多いのではないだろうか。国民が総じて貧しくなり文化を経験する余裕がなくなっているとネガティブに評価することもできるし、デパートが提示する程度の文化がYouTubeやSNSに溢れているのだからデパートにわざわざ教えてもらう必要はないとポジティブに評価することもできる。

おそらくこれが今回のストに対する理解が広がらなかった理由だろう。ただし同じように「格落ち」を懸念する百貨店労組の中には支援を表明するところが出てきた。

例えば街中から本屋は消えている。おそらく本を読むという「文化的な」体験をする人が減っているからだろう。ただKindleなどの電子書籍は増えているし、YouTubeなどで新しい何かを学ぶ機会は十分に提供されているとポジティブに解釈することもできる。むしろ文化は溢れかえっており倍速で消費しないとついてゆけないと感じる人も増えている。

今回の池袋と同じような事例は大阪万博でもみられる。街から文化が消失し地方のロードサイドにはプレハブの同じような商業施設が並んでいる。大手ゼネコンは既に文化的な建物を建築する技術を失いつつある。岸田総理は「国をあげて課題に取り組む」としているのだが、提示した案は「プレハブの建売団地」方式だった。これをタイプXというそうだが関心を示している国はそれほど多くないという。

前回の大阪万博は復興途上にあった日本が西洋の文化を体験するというコンセプトが受けて大成功したとされている。万博記念公園のWebサイトには次のような記録が残っている。

  • 6421万8770人
  • 1日の最高入場者:83万6千人 ※9月5日(土)に記録
  • 平均入場者数:35万人

万博ののコンセプトは「文化」ではなく「科学技術」だったのだが、憧れが多くの日本人を引きつけたのは確かである。日本の人口が1億人を突破したのが昭和42年だったのだから1970年の6400万人という数のインパクトと「憧れ」の牽引力の大きさがよくわかる。

豊島区の人たちと西武池袋の従業員たちは「池袋が普通の地方都市と同じようになってしまう」ことに対して大きな抵抗感を持っていたのだろうがそれが一般に理解されることはなかった。そもそも「西洋的先進的な生活への憧れ」という感覚が日本から消えてしまっているからだ。

実際の事態はかなり複雑だ。建前上はフォートレス・インベストメントがノウハウを注ぎ込み新しい魅力のある業態を作ることになっている。この説明だとひろゆき氏の「1000億円丸儲け」説は言いがかりということになる。だが実際にはフォートレス・インベストメントの投資額はそれほど多くなくヨドバシによる百貨店ビジネスの破壊が進行するだけだという懸念が出ているそうだ。

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Amazonなどに押される家電量販店は都心に大きな旗艦店を構えて「新しい都市型の暮らし」を提案する業態を作りたいのだろう。家電量販店がAmazonに勝つためには積極的な提案が必要だ。ただし、その提案を消費者が受け入れるかどうかはわからない。既に憧れ牽引型の消費行動は衰退しているうえに、家電量販店が提供する程度の「憧れ」が消費者に受け入れられる保証はない。情報感度という意味では消費者の方が上を行っている。

次の焦点はおそらく池袋にどんな提案がなされるかであり、それを池袋に訪れる人たちが受け入れるかどうかということになってくるのだろう。

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