サイコパス・ソシオパス・ナルシシズム・マキャベリズムについて考えている。社会的な共感性に欠け自分に役に立つか立たないかという「合理性」だけが行動基準になっているという人である。2011年に「平気でうそをつく人たち:虚偽と邪悪の心理学」と言う50万部を超えるベストセラー本が出ているが10年以上経ってもこうした傾向を持つ人は社会からいなくならない。
この実例としてトランプ前大統領やプーチン大統領などを挙げた。対抗するためには社会協力が必要だが分断が進行するとこの戦略が使えなくなる。これに対抗するためにはどうしたらいいのかというのが考察のテーマだ。
今回はイーロン・マスク氏について取り上げる。ウクライナに無償で通信システムを提供した。ウクライナがこれに依存するようになると年間580億円を要求するようになった。実はこの戦略は成功しイーロン・マスク氏は契約を手に入れたようだ。
ギズモードによるとイーロン・マスク氏は衛星通信システムスターリンクをウクライナに対して無償で提供していた。去年の10月にウクライナが南部領土を前進した時に「これを今後は580億円で提供する」といいだした。この時にイーロン・マスク氏は通信品質を落として現場にパニックを起こさせた。
どれくらいパニックだったのかというと、国防省にはウクライナ系アメリカ人からひっきりなしに電話がかかってきたそうだ。「イーロンを今すぐ捕まえてくれ、今すぐだ、人が死んでいるんだ」という内容だったという。マスク氏はビジネスに夢中になりそれがどんな結果を引き起こすのかにはまるで関心がなかったのだ。
短期的に見れば、イーロン・マスク氏の戦略は極めて冷静で「合理的」だ。ウクライナの戦争が世界の注目を集めていると見るや「宣伝効果」があると感じたのだろう。ウクライナ側がTwitter(当時)でマスクCEOに直談判すると、その日のうちにネットがつながったそうだ。つまり極めて簡単にサービスが開始できるという宣伝ができた。後先を考えず即座に意思決定している。
人々は自動的にイーロン・マスク氏は「いい人だ」と感じた。彼にその意図があったかどうかはわからない。
しかしウクライナの戦争はすぐには終わらなかった。「長引きそうだな」ということになるとマスクCEOは難色を示し始める。そのうちに「どうせ勝てないのだから和平交渉を行うべきだ」と言い出した。さらにクリミア半島の主権承認と中立化を求めるネット投票をやってウクライナの怒りを買ったという。つまりウクライナの人々に共感したからスターリンクを提供したわけではなかった。そして人々に影響を与えて自分の有利な状況を作り出すコミュニケーション能力はなかった。さらにサービスを提供した時には「長い間戦争が終わらなかったらどうしよう」という長期的展望も持っていなかったことになる。
「その場その場」を生きており共感能力を持たないマスク氏は一方的にサービスの中止を宣言してアメリカの国防総省に通告を行った。国防総省は最初は相手にしていなかったようだが、次第に冷静になりマスク氏の気分次第でウクライナの戦況が滅茶苦茶になることに気が付いたようだ。
12月に国防総省はウクライナに対して衛星通信と受信機のサービスを提供すると発表する。ポリティコの報道をロイターが伝えているものを見つけた。この時点では会社はウクライナに無償でサービスが提供するがアメリカやEUがスペースX社に資金提供することが決まったようだ。マスク氏の最初の要求は通ったがこれだけでは終わらなかった。
- 米国防総省、ウクライナ支援でスターリンクに資金提供へ=報道(Reuter/2022/10/18)
最終的にスターリンク社に国防総省が発注すると決めたのは2023/6/2だった。ギズモートは水面化の交渉があり表で説明できないことがあったのだろうと言っているが、確かに報道には「国防総省は契約条件を明らかにしていない」と書かれている。いずれにせよ、資金提供くらいでは満足できずその後も交渉を続けてサービスを買わせることに成功したのだ。
- ウクライナ向けインターネット、米スターリンクに発注=米国防総省(Reuter/2023/6/2)
依存させた上でサービスを取り上げ価値を高めるという「社会的にバッシングされかねない」行為を平気でできるのはおそらくイーロン・マスク氏に「非倫理的行為で社会的批判される」という思考回路がないからだろう。さらに国防総省(つまりアメリカ政府)に喧嘩を仕掛けたらどんな酷い目に遭うのかということも考えなかったのだろう。あくまでもメリット・デメリットだけで行動していることになる。だからこそ即断即決ができる。
普通の状態では批判の対象になってしまうのだが戦争という非常事態においてはこれが成功してしまうことがある。
こうした人を「社会病質」と呼ぶか「超倫理的人間」と呼ぶかは別にして、協力できない混乱状況で成功しやすい人ということが言えるのかもしれない。戦時下や対立化において「社会的病質」を持っているのは共感という感情から抜け出すことができない一般の人たちの側ということになる。つまり「この手の人たち」にとっては煽れば煽るほど生き残りに有利な状況が生まれる。
このように混乱状況では成功しやすい「特性」をイーロン・マスク氏だが、旧Twitterの経営には苦労している。強引な人員解雇はマスク氏にとっては極めて合理的な判断だが広告収入が50%減少しているそうだ。現金の流出が続いている。買収の時に借り入れた債務も重荷になっているという。
- ツイッターの広告収入50%減、マスク氏「現金の流出止める必要がある」(読売新聞)
- ツイッターの閲覧制限、新CEOによる広告強化の妨げに=専門家(ロイター)
- ツイッター、広告収入半減 マスク氏の買収後(BBC)
SNSは人々の気分こそが商品価値になっている。マスク氏はこの「気分や感覚」がうまく理解できないのだろう。おそらく本人には共感性を欠いていると言う自覚はないのではないか。最も不得意な分野に進出してしまったことになる。現在Xは有償プラン参加者に補修を得られる機会を提供し「取引」を行おうとしている。「共感」ではなく「条件」を通じて人々と取引しようとしているのだ。
さまざまな報道を見る限りマスク氏にはあまり自己愛的傾向もないようだ。あまり自分の業績に対するひけらかしもない。さらに相手の欲しいものを見抜きスピーチで相手を惹きつけるというような気質もなさそうだ。仮に彼が自己愛に満ち溢れ人々の欲求を見抜き適切にそれに応えるコミュニケーションを持っていたならば、彼は「偉大な」政治家になれていただろう。そして彼がそのような資質を持っていないことは世界にとっては幸運なことだったと言えるのかもしれない。