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アメリカ共和党の支持者たちは既存の政治家への敵愾心に満ちている

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大統領選挙に向けて共和党が初の論戦を行った。民主主義のお手本とされるアメリカだが「その壊れっぷり」が印象的だ。SNSの観衆たちはトランプ氏のインタビューにより強い関心を示しディベート会場にいた4000人の観客たちはアマチュア政治家を熱心に支援した。

背景にあるのはおそらくアメリカ合衆国の人口動態の変化である。ヒスパニックの人口が増え白人が主役の地位から転落しかけている。アメリカの民主主義を信奉するのであれば白人はこれを受け入れなければならない。しかしそれは自分達が今まで黒人にされてきたのと同じ境遇を自ら受け入れることを意味する。共和党の支援者たちはこれが受け入れられないのだろう。

このような危機的な状況の中で共和党の支持者たちは「既存の政治家には任せておけない」と感じ始めているようである。「主役から転落する」怒りには火がついたままである。ここから「怒りの5段階」を経て状況を受認するためにはまだ一世代くらいかかるのではないかと感じた。

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アメリカでFOXニュースが主催する共和党候補者8名のディベートが行われた。これまでの慣例に従うならば当然政策論争が行われるはずだ。確かに政策論争は行われたのだが単に候補者たちがまとまりを欠いているという事実を露呈させただけだった。今回の主役はトランプ前大統領、共和党の討論会に集まった4000人の「ネトウヨ」的サポーター、さらにトランプ2.0とも言われるインド系のアマチュア候補だった。

トランプ氏はディベートに参加せず

政策論争が盛り上がらなかった。第一の理由は47%の支持を得て独走するトランプ氏のディベート離脱だ。

トランプ氏は自分は特別な存在であるということを示すためにディベートにぶつけてタッカー・カールソン氏のインタビューに応じた。これはX(旧Twitter)で流された。46分のインタビューはのべ7400万回閲覧されたそうだ。だがその内容はトランプ氏の自己顕示に終わってしまった。

タッカー氏には900万人のフォロワーがいるそうだ。これもまでも「白人が有色人種に取って代わられる」と主張しFOXニュースの高視聴率を支えてきた人である。だが、行きすぎた主張はFOXにとって訴訟リスクとなり、最終的にはFOXを放逐された。カールソン氏には自分を放逐したFOXニュースを見返してやりたいという野望がありトランプ氏は自分は特別な存在であり「その他大勢」ではないと主張したいという思惑がある。

インタビューの中でトランプ氏は「2020年の選挙は盗まれた」と繰り返し主張し大統領候補になれるはずもない(つまり自分のライバルになり得ない)つまらない人たちに時間を使う必要はないと自分の優位性を自慢した。政策的な内容には乏しく「ジェフリー・エプスタイン氏についてどう思うか」という政治とは全く関係のない質問も飛び出したそうだ。

さらにトランプ氏は1月6日の議会襲撃に参加した人たちを称賛し、群衆の中に「愛」があったと主張した。

アメリカの誇りだった憲法秩序は踏み躙られたと言って良いが多くの人がこれを閲覧した。憲法秩序や民主主義よりも何らかの危機感上の方が強いことがわかる。表立っては主張できないがこれまで自分達に有利だった民主主義という仕組みがもはや自分達のためにならないと知っている人たちが大勢いるのだろう。

共和党は8人が「団子状態」

一方で、共和党のテレビ討論会は8人で時間を分け合うこととなった。特にデサンティス氏にとっては重要なディベートだった。現在支持率が13%しかなくキャンペーン責任者を刷新したばかりだった。

NBCによると最初の一時間はトランプ氏の名前は出なかったそうだが、「トランプ氏に有罪判決が出ても彼を支持するか」という質問で一気に緊張状態に突入した。仮に「アメリカの民主主義」という価値観が前面に出ると「支持できない」と言わなければならない。だが、仮に「アメリカの民主主義よりもこれまでの白人中心の秩序」を守るべきという価値観を優先するならば「有罪判決が出てもトランプ氏を支持する」と答えなければならない。多くの参加者は周囲を見ながらおずおずとトランプ氏への支持を打ち出した。おそらく今回のディベートを監視している熱心なトランプサポーターに配慮したものと思われる。

デサンティス氏は「マイク・ペンス氏は正しい仕事をしたか?」と聞かれ「重要なのは2025年である」と話をすり替えようとした。ペンス副大統領が反対したことによりトランプ氏の「選挙は盗まれた」とする主張が封じられた。つまりここで「ペンス氏は正しいことをした」と言ってしまうとトランプサポーターからブーイングを浴びることになる。だが現職の知事として法秩序よりも感情を優先しろとは言えない。結局ディサンテス氏の発言は曖昧なものにならざるを得なかった。

トランプ氏の不在を利用して存在感を示したかったデサンティス氏だったがその目論見は脆くも崩れ去った。共和党のサポーターたちが求めていたのはトランプ氏の「政策」ではなかったのである。今回台頭した「新しいスター」の存在だをみるとそのことがわかる。

メチャクチャな主張ゆえに最も注目を集めたラマスワミ氏

代わりに注目を集めたのはインド系のラマスワミ氏だった。トランプ2.0として知られておりトランプ氏のような非政治家的な意見で有権者の気持ちを引きつけようとしている。ラマスワミ氏はアメリカは全ての戦争から距離を置いて内政に集中すべきだと言っている。実はこの人が現在トランプ氏、デサンティス氏に続いて第三の候補者になっている。

ラマスワミ氏はウクライナからの撤退などを主張している。最近では台湾を守るのは5年でいいなどとも主張し批判されていた。この非政治家的な(つまりは素人臭い)対応が他の候補者たちの批判の的になっていた。だが、4000人の群衆がラマスワミ氏を支援したためラマスワミ劇場となってしまったのだ。

マイク・ペンス元副大統領がラマスワミ氏に対して上から目線で「ルーキーを訓練している余裕がない」というと観客席からブーイングが起こる。アメリカで職業政治家がいかに敵視されているかがわかる。ラマスワミ氏が「徐々に変化させるのがいいか、それとも革命的な変化がいいのか?」と有権者に呼びかけると観衆は「革命的な変化」に強い関心を示した。

もちろん、インド系のラマスワミ氏は泡沫候補とみなされており大統領の候補として残るとは期待されていない。つまり観衆は単に「職業政治家は自分達の危機的状況の助けにならない」と考えており、自分達の代理として発言してくれているラマスワミ氏を応援しているだけなのである。

ラマスワミ氏はインド系の有色人種だが職業政治家を信じられなくなった聴衆の期待を一手に集めていた。つまり、彼はおそらく選ばれないであろうが2016年にトランプ氏が果たした「アマチュアゆえに有権者に一番近い」という地位を代理的に満足させる役割を果たしていた。

アメリカが民主主義の国であれば、大統領は政策で選ばれるはずだ。また、有権者はプロの政治家の練られた政策を聞きたがるはずである。だが本来共和党の支持者であるはずの人たちはプロの政治家に対して激しい敵愾心を燃やし、この中ではもっとも「まともでない」ラマスワミ氏を支援したのである。

日本はまだアメリカのような状態には置かれてはいない。だがSNSでは既にプロの政治家と官僚に対する敵愾心が芽生え始めている。このまま有権者たちを観客席に縛り付けておくならばおそらく日本の政治も将来的には同じような道を辿るだろう。その意味では「こうなるかもしれない可能性の一つ」としてこの討論会を見直してみるのも面白いかもしれない。

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