当ブログはこのところ「スパイト政治」について考えている。本稿ではスパイト政治について整理しトリガー条項発動見送りがなぜスパイト政治と関係しているのかを解説する。仮に政府がこのままトリガー条項発動に踏み切れば「SNSが政治を動かした」ということになる。だが仮に無視すれば彼らは確実にスパイト化するだろう。スパイト化した有権者は部外者として中から政治対話を麻痺させるようになる。
日本の政治状況だけをみるとあまりよくわからないと思うのだがアメリカの政治状況を見ると部外者としての有権者がプロの政治家を監視し妨害するという体制が出来上がっていることがわかる。内向きな日本人が今すぐ表立ってアメリカ人のような行動をとるとは思えないのだが半匿名のSNSは別である。
日本の政治家やメディアはまだこのスパイト政治の恐ろしさをよくわかっていないのではないかと思える。
監査なき現行補助金
本論に入る前に現行の補助金システムの問題点について触れる。実は現在の補助金には基準がないそうだ。つまり元売りの言い値で補助金を支払っているのだ。
日経プラスによると、経済産業省は毎週元売りに聞き取りを行って元売りの言い値で補助金を決めている。ガソリン元売り各社は経営努力でガソリンの値段を下げることもできるのだが、各社横並びで高い価格をつけて政府に補助金を申請することもできるという仕組みである。
驚いたことに「監査」で検索しても全く時期が出ていない。経済産業省は言い値で元売りに補助金を出しているようなのだがこれを問題視しているメディアはない。つまり割高な補助金を税金から支出している可能性がある。さらに横並びになってしまうので競争も働かない。日経プラスが問題点を指摘しているがおそらくあまり知られていないのではないかと思う。
国民負担すでに5万円・脱炭素に逆行 ガソリン補助金 続けるべきか?【日経プラス9】(2023年8月23日)・日経プラス9・YouTube
もちろん単なる邪推に過ぎないが、元売りには政府に対して圧力をかけて補助金継続を働きかける動機がある。国民の間に補助金を継続するような世論を作るためには各社が阿吽の呼吸で共謀し徐々に値段を上げてゆけばいい。もちろん証拠はないが元売り各社の数が少なければこういうこともできてしまう。
つまり、競争を働かせようと思えば消費者に給付をする仕組みを作ったほうがいいのだし、6兆円もつぎ込んでいるのだから、その分の税金を最初から猶予したほうが安上がりである。
スパイトとは
スパイトとは意地悪という意味だ。もともとは西條辰義氏の研究が元になっている。日本人は損をしても他人の足を引っ張りたいという傾向があるというのである。スパイト行動は社会的に逸脱する人が出てくるのを防ぐための戦略的行動と言われている。
本ブログでは「利益分配ができなくなった政治に疎外感を感じる人が増えればスパイト行動が増えるであろう」と予測している。
例えば、憲法論議から除外された共産党や社会党が護憲に転じたのもスパイト行動の一種である。憲法学者も基本的に意思決定から排除されているため「自分達の学説を理解するまではいっさい憲法には触れてはならぬ」と考える人が多い。小西洋之氏の憲法論議が典型的だ。
憲法議論が長い間膠着していることからわかるように、スパイト行動が政治のドライバーになれば政府は何もできなくなる。
例えばマイナンバー健康保険証は浸透しない。ITから除外された人たちが嫉妬心から「紙の健康保険証」にこだわり続けるからである。同じように増税もできなくなるだろう。社会全体の利得は大幅に減るが「現状維持」には成功するということになる。
このように消極的な意味でのスパイトは既に存在する。
政府がテレビ世論には敏感だがSNS世論に冷たい。それは「SNS世代は選挙に行かない」と思われているからだ
安倍総理が亡くなった時統一教会問題が大いに騒がれた。支持率の低下に驚いた岸田総理は慌ててお盆の内閣改造を行う。本来ならば予算の請求が確定する時期である上に政治家にとってはお盆の地域周りがある時期だ。さらに官僚の夏休みもある。岸田総理の慌てぶりがわかる。1990年代に統一教会問題が騒がれたときワイドショーは大きくこの問題を取り上げた。飯星景子の奪還問題などを大きく扱ったからため中高年はこの問題に大きな関心があった。
マイナ健康保険証の問題も主に不安を感じたのは高齢者だった。もともとITに疎い人が多く「これまで通り」のシステムが使えることを望んでいる。高齢者が見ている新聞やテレビは大きくこの問題を取り上げており支持率の低下につながった。現在も77万人以上のマイナ保険証の申し込みが宙に浮いていると言われているが世論の関心は後退している。自分達の紙の健康保険証が資格確認証という形で残ることに安心してしまったのだろう。制度に欠陥があろうが政府のやり方が稚拙だろうが特に関心はない。単に自分達が今まで通りの生活が送れればそれで満足だ
政権がこれらの問題に対して敏感になるのはなぜか。
それは中高年の数が多い上にこれまでも「割と簡単に」他の政党になびいていたからである。自民党と社会党が対峙した「1955年体制」の元では自民党が気に入らないという理由で社会党に投票するということは特に珍しくなかった。多少社会党への支持が増えても政権交代にまでは至らないという安心感があり「お灸をすえる」という意味合いがあった。
今回ガソリン価格の高騰を受けて補助金が継続されることがわかっている。ヤフコメなどでは「二重課税」に関する不満が渦巻いている。
これだけSNSで騒がれているのだから政府が反応しても不思議ではない。だが、テレビや新聞が騒がなければおそらく政権は動かないのではないか。テレビや新聞を見ている高齢のマジョリティは「何も言わないが簡単に野党を裏切る」可能性がある。だが、SNSを見ている人々は「大騒ぎはするが数としては少ない」ノイジーマイノリティだと思われている可能性が高い。
投票行動につながらないと政府が仮定するならば無視しても構わない存在なのである。
政治の他人事化かスパイト型有権者の誕生か
仮にSNSがノイジーマイノリティ認定されてしまうとおそらく彼らは現在の政権に疎外感を持つことになるだろう。反対意見はヤフコメで可視化されているがそれが政府の政策を動かすしかない。SNS世代は観客席に縛られていて目の前の政治には何ら影響を与えないということが否が応でも可視化されている。
岸田政権の基本戦略はできるだけ国会を開かないでほとぼりが冷めるのを待っている。マイナ健康保険証問題でも一度作った法律を取り下げたくないので既存の健康保険証を廃止し全く同じ機能を持つ資格確認証という新しい制度を作ろうとしている。こうすることで国会と現実の辻褄を合わせることができる。同じように補助金も予備費を使って延長させようとしているこうすると国会を開く必要がないのだ。もちろんトリガー条項を発動させるためには国会を開かなければならないので岸田総理がSNSの声に応える可能性は極めて低い。
今のSNS世代は表立っては社会や政府に反対しない。嫌なことがあれば引きこもってしまう。現実の世界では「ますますコミュニケーションを取らなくなった」と言われている。
スパイト政治の恐ろしさという意味ではアメリカが先行している。共和党の支持者たちはプロの政治家(エスタブリッシュメントと言われる)に対して厳しい視線を向けるようになった。共和党はエスタブリッシュメントに敵愾心を向ける「観客」に常に監視されている状態のため自分達の決めた方針をそのまま法案化することが難しくなっている。
議会上院に彼らを代表するフリーダムコーカスと呼ばれる人たちが入り込んでおり政府封鎖の可能性が現実味を帯びてきた。さらに共和党のディベートを見てもペンス元副大統領のようなプロの政治家が盛んにブーイングの対象になっている。つまり議会でも選挙でもプロの政治家たちは監視対象になっているといえる。そしてその姿勢はかなり過激なものだ。
安倍政権下で飼い慣らされた現在のSNS世代が与党に表立った敵愾心を向けることはないだろう。せいぜいSNSで不満を表明するだけかもしれない。だがこうした傾向は確実にその下の世代に伝播する。つまり日本も数世代かけてアメリカのような状態になる可能性は残っているのではないかと思う。
ただしこうした敵愾心はプロの政治家たちが期待するような「政権交代」には向かわない。当然建設的な提案もない。あくまでも政権内部に入り込み中から政治的対話を破壊する方向に向かう。それが最も簡単だからだ。これが部外者からなるスパイト政治の恐ろしさである。SNSがなかった時代に森喜朗氏が期待したように「有権者は寝ていてはくれない」のである。