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「静岡のトランプ」川勝平太知事に振り回される中央リニア新幹線構想

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中央リニア新幹線計画が進展していない。その理由を探ろうとして色々と記事を読んでみたのだが、どうも何を議論しているのかがわからない。当初は川勝知事が静岡県が鉄道網の中央軸でなくなることに戦略的に抵抗しているのだと思っていたのだがどうもそうではないようだ。経歴を調べていて「川勝さんは静岡のトランプだな」と感じた。つまりメチャクチャな論理を振り回して相手を翻弄すること自体が評価されているのだ。川勝知事はある意味自分が期待されている民意に沿って行動しているといえるのである。

日本の政治はながらく利権分配型だったが、これが変わりつつある。この後このような「振り回し型の都道府県知事」が増えてゆくのかもしれない。

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NHK静岡が「【まとめ】静岡県リニア中央新幹線 なぜ工事は進まない?」という記事を書いている。まとめということになっているのだがちっともまとまっていない。一応ポイントは「静岡の水、山梨の水」ということになっているのだが「イチャモンをつけている」ようにしか見えない。

いずれにせよ、静岡県が着工を認めていないことからリニア中央新幹線の2027年の開業は難しいだろうと言われている。山梨県がトクをすることが面白くないという静岡県の人たちにとっては消極的な勝利といえる。これまでの地方行政の基本は「中央から何が引き出せるか」だったが、今後はスパイト行動(いじわる)型の動機が増えてゆくのかもしれない。狭いムラ同士で足を引っ張り合うという政治である。

佐賀県も新幹線構想に反対している。だが佐賀県は自分達のソンを回避したいという気持ちが強い。つまり条件闘争である。佐賀県の知事は元総務官僚だそうだ。

 その上で、「これだけの負担を背負い、県としてやりたい事業に制約がかかる中で何十年も生きていくのか。その間、佐賀県よりも便益の大きい長崎県の負担はゼロ。子や孫にフリーハンドのある佐賀県を残してあげたい」と強調した。

<新幹線長崎ルート>「佐賀県負担1千億円超えるのでは」 山口祥義知事、全線フル規格整備で見解(佐賀新聞)

川勝知事はリニア中央新幹線を認めると発言するものの「山梨と神奈川の間で開業させればいいではないか」とか「神奈川の車両基地の用地取得が遅れているのだからどうせ間に合いそうにない」などと発言する。また、山梨県のボウリング調査の中止を求めており首尾一貫しない。東洋経済も「ああいえばこういう」と呆れ気味である。

川勝知事がボウリング調査に反対している理由が興味深い。ボウリング調査で山梨県に染み出す水は「もともと静岡県のものであった可能性がある」という。山梨県の長崎知事は「山梨の掘削調査で出た水なのだから当然山梨県の水である」と主張し平行線を辿っている。

JRの科学的調査によれば工事で水が流出しても大井川に戻せれば問題は解決するようだ。さらにJR東日本は減った水は東京電力が水力発電で使っているダム(田代ダム)の取水制限で対応するといっている。当然東京電力が得られる水の量は減ってしまうので、JR東日本がこれを補填するとの考えである。

JR東日本は川勝知事の要求に対して具体案を出す。だが川勝知事は納得しない。作業量としてはJR東日本の方が絶対的に不利である。こうして相手を疲れさせようとしているように見える。

周辺自治体はJR東日本のアイディアを具体的に検討してもらいたいと考えている。国に対して「国がしっかり介入してほしい」と要請したが、岸田総理はこれに応じていない。安易に地域間の争いに介入すれば余計な面倒ごとに巻き込まれる可能性があると考えているのかもしれない。

周辺自治体も徐々に川勝さんは少しおかしいのではないかと感じ始めている。静岡県に関係のない国民も「静岡県だけがダダをこねて周囲の和を乱している」と感じるだろう。にもかかわらず川勝知事の人気が高いのはなぜなのか。ここまで調べてくるとそれが気になる。どうやら外に敵を作り相手を振り回すことそのものが評価されているようだ。

つまり振り回しているのに人気があるのではなく、振り回しているから人気があるのだ。

川勝知事は、2009年に小沢一郎氏らの勧めによって県知事候補に浮上したという非自民系の知事である。最近では御殿場コシヒカリ発言が有名だが、他にもヤクザ、ゴロツキ発言、菅義偉総理に対する『教養レベルが露見した』発言、知事選の女性蔑視発言などで知られている。プレジデントオンラインは「自分の発言が周囲にどのような影響を及ぼすのか全く気がついていない」と呆れ気味だ。

さらに川勝知事はコロナワクチンを一度も接種しておらずそれを公言している。しかしメディアのアンケートではコロナ対策には「ワクチン接種と消費需要喚起支援」が重要と答えている。つまり県民にはワクチン接種を推奨しておきながら自分は接種していないということになる。

ただ選挙には強い。前回2021年の選挙では957,000票を獲得し自民党系新人(625000票弱を獲得)を破っている。投票率は52.93%だったそうである。

ではなぜ川勝知事は選挙に強かったのか。NHKが分析記事を書いている。敵を作る手法で勝ち続けてきたのだそうだ。そして今回の選挙では「静岡県にトクのないリニア新幹線を槍玉にあげて」自民党系の候補者を退けたと分析されている。つまり、メチャクチャな言動にも関わらず支持を受けているのではなく、相手を振り回し続けているからこそ勝ち続けてきた知事なのだ。

川勝氏はもともと経済史が専門の学者で静岡との深い縁はなかった。おそらく政治家でいることにはそれほど執着はなさそうだ。さらに静岡県は駿河、遠江、伊豆という異なる地域を抱えているため地域に一体性がない。既得権を維持する必要がない知事と一体性がなく外に敵を作った方が盛り上がるという独特の県民性がこの知事を支えている。さらに言えば財政はそれほど悪くなく国に頼る必要をあまり感じていない。

つまり川勝さんは新しい都市型知事といえる。利益分配ができなくなると「スパイト型」「抵抗型」の知事や市長が増えてゆくのではないかと思う。

もちろんやりすぎは良くない。この川勝王国には翳りも見えている。その端緒が「御殿場コシヒカリ発言」である。これまで外に敵を作っていたのだが、ついうっかりと地域間対立に火をつけてしまった。敵対する陣営の候補者が御殿場市市長経験者だったので浜松で「静岡の食材の3分の2以上がこっちにある」と発言した。浜松にとって御殿場は「外」なのだが、川勝さんは御殿場も含む静岡県県知事だ。

これまで川勝知事の失言は「結局は選挙に有利」ということで大目に見られていた。だが今回は静岡県内の対立である。当然SNSで相手陣営のキャンペーンに利用され、川勝知事は「それは大きく誤解されている」と釈明し火に油を注いでしまう。

この時に不信任決議案が出される。だが「自民党は県知事選挙で負け続けている」という事実があり、結局不信任決議案が提出されることはなく法的拘束力のない「辞職勧告決議」が行われた。選挙に勝ち続けていたという事実は重い。日本人の「勝てば官軍」意識の根強さが窺える。一度下野して「賊軍」になると周囲の扱いが途端に変わる。下野した民主党系の政党が現在置かれている境遇だ。

NHK静岡放送局も「コシヒカリ発言は問題だと思った」が「問題が大きくなったら取り上げよう」と考えて結局地元民放に抜かれてしまったそうだ。NHKも「川勝発言には問題がある」と考えつつ「そうはいっても選挙に勝っているのだから下手に川勝知事陣営を刺激して世論の反発を買いたくない」と感じてしまったことになる。「官軍」の威光の強さを感じさせる。

この不信任騒動には続きがある。前回の御殿場コメ発言の後、川勝知事は給与とボーナスを返上するといっていた。だが、結局返納は行われなかったそうである。これに反発した自民党系の議員たちが「虚偽説明がある」として不信任案を提出した。今度こそ勝てると思ったのだろう。だが結局1票届かず否決されてしまった。

「敵をつくってメチャクチャな発言を繰り返す」人物が結局勝ち逃げし周囲を振り回しつづけるという現象はドナルド・トランプ前アメリカ大統領に似ている。トランプ氏も元々はリアリティショーのタレントなので政治家というポジションには意味を感じていない。その上に追い込まれれば追い込まれるほど岩盤支持層が結束を強めるという効果がある。今回抵抗したのは「ふじのくに県民クラブ」だった。彼らを切り崩せなかったため「残り一票」での信任となった。

表向きは「和を以って尊し」が美風とされる日本人だが実は「相手だけがトクをするのは面白くない」と考える傾向もある。さらに多数派の側に立って落ちた弱いものを叩きたいという気質も根強い。

川勝氏は静岡県のサイレントマジョリティをうまく取り込み、今日もリニア新幹線問題でJR東日本を振り回し続けている。川勝知事の任期は2021年からの4年間だそうだ。しばらくリニア新幹線構想は膠着するのかもしれない。

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