今度はテレビ朝日の独自取材だった。マイナポイントが支給されているにもかかわらず健保側のひも付け作業が終わっていないという人が推定で40万人程度いることがわかった。各媒体は政府に忖度して「未了・遅延」と書いているが実際には「申し込み放置」が近い。岸田総理の強い意向で点検作業は原則11月に終わることになっているのだが「新たな問題」が浮上した事になる。だが、色々調べてみるとおそらく厚生労働省はこのことを知っていたのではないかと思える。知っていたのになぜ誰も指摘しなかったのかも気になるところだ。今わかっている報道をもとに状況を整理した。
発覚の経緯
テレビ朝日が独自ネタとして「申し込んでマイナポイントももらったのにマイナ健康保険証が使えない」というケースを取材した。すると健保の側から「1%くらいはこういう人がいるんですよ」という回答が得られた。各メディアが後追いし「40万人が未了・遅れ」と記事にしたことで広くニュースとして流通することになった。40万人はおそらく概数だが「協会けんぽ」が発表したことでなかば公式の数字として一人歩きしているようだ。
- 【独自】“ひも付けなし”40万人以上か…ポイント付与されても『マイナ保険証』使えず(テレビ朝日)
- 40万人の保険情報ひも付け未了 マイナンバーで協会けんぽ(共同)
- ひも付け遅れ40万件以上 マイナ保険証―協会けんぽなど(時事)
原因は?
実はマイナンバーと健康保険証の加入番号のひも付け作業は2016年から行われている。だが、データベースが完全なものになっていない。個人情報保護の壁が原因だ。しかしこれはおそらくは新しく見つかった問題ではない。日経新聞が早くから指摘している「既知の問題」なのでおそらく厚生労働省の担当レベルの人たちは知っていたはずである。少し長いが該当箇所を引用する。
マイナンバーは「番号法」という法律にガチガチに縛られ運用される。企業や団体はむやみに個人に対して番号の提供を求めてはならず、その取得や保管・管理にも罰則規定のある厳しいルールが課されている。健保は個人から直接マイナンバーの提供を受けられる主体でないため、通常企業を経由して番号を入手する。そして企業の場合の入手方法は会社員個人からの自己申告だ。
ユーザーは申し込みの時点で「もう使えるようになった」と安心する。ご褒美のマイナポイントも支給されている。だが実際にはマイナンバーは健康保険組合に渡っていないため健康保険組合側での作業ができない。この時健康保険組合側から「作業ができなかったからマイナンバーを送ってくれ」と伝達する仕組みがないため作業は途中で放棄される。
今回の申し込み作業は「住所・氏名・性別・生年月日」で照合する仕組みになっている。この時に健康保険組合側が持っているデータベースが完璧でないと「ひも付できませんでした」で終わってしまう。
このことから今回の「未了」は実際には「申し込み放置」といえる。仮に健康保険組合が「この人のマイナンバーがわからないので照会してください」などとしてステータス管理をしていれば未了ということになるが健康保険組合は「保険証としては使えるからまあいいや」として放置していたようだ。だからテレビ朝日の取材に対して「一度も登録された形跡がありませんね」と返事をしている。
罰則規定を軽くして健康保険組合にマイナンバーを管理してもらうという方法も考えられるのだが今度は情報漏洩のリスクが高まる。利便性と情報漏洩のリスクは誰かが判断して法律に落とし込まなければならないのだが、これができていない。
背景には組織的問題も
現在の仕組みを見ると省庁間の意思疎通にも問題があることがわかる。デジタル庁は「健康保険組合は完璧なデータを持っているに違いない」と思っており厚生労働省は「99%は大丈夫だがそうでない例外もあるんだよな」と知っていた。どちらかが「これはまずいですね」と気がついていれば事前に問題を把握し対応策を検討することもできただろう。
組織連携を統括すべきなのは今回のPM(プロジェクトマネージャー)である河野太郎大臣だ。だが河野大臣は根拠のない数字を積み上げて官僚を恫喝することで状況を変えようとする傾向がある。おそらく「データベースが不完全です」などと指摘しても「言い訳をするな」と怒鳴られるだけに終わった可能性は高いのではないだろうか。問題を知っている組織の一員が気軽に問題点を指摘できないプロジェクトになっている可能性が高い。河野太郎大臣は総理大臣ではないので政府全体がこのような状態になっていないのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。
- 菅首相より厄介なことに…官僚も経済界も「河野太郎首相だけは勘弁してくれ」と口を揃えるワケ(プレジデントオンライン)
既に内閣の支持率に影響を与えるほどの大事になっておりマスコミが指摘するまで「問題を黙っていよう」と思った可能性は否定できない。恫喝によって動く組織の末路だ。
今回の問題に対して厚生労働省に当事者意識はない。所詮は健康保険組合の責任なのでテレビ朝日の取材に次のように答えている。40万人を「概数」と書いたのはこれを踏まえてのことだ。つまりよくわかっていないのである。
厚労省は、こうした事態を認識しているものの、総数については把握できていないといいます。そのうえで…。 厚労省:「割合から考えたら、2倍の80万人ぐらいはいるかもしれない」
岸田総理のあの会見はなんだったのか
岸田総理は会見を開き作業はいずれ終わりますから安心してマイナ健康保険証を使ってくださいと国民に約束した。問題の解決には興味がなく支持率だけを気にしているのだろう。今後の解散スケジュールなども意識して11月ごろには終わらせますと約束した。
おそらく厚生労働省の担当者はこの時に「マイナ健康保険証」は実現が不可能だということを知っていたはずだ。99%は対応できるが残りの1%を厳格になくすことはできない。これを解決するためには設計思想に遡ってシステムを改築する必要があるだろう。そしてそのシステムはマイナンバーシステムと3,000以上の団体からなる健康保険証のシステムを含んでいる。
今回の報道を受けて岸田政権が「健康保険証の廃止スケジュール」をどう修正するのか(あるいはしないのか)にも注目が集まる。