デイリー新潮が「官僚を震え上がらせる河野太郎大臣の“締め切り病” 口癖は「早くやれ」でトラブル続出」という記事を出している。これを読むと河野太郎氏を次の総理大臣にすべきではないと感じる。
この課題は単に河野太郎氏への人格攻撃にもなり得るのだが、深く掘り下げてゆくと日本の政治改革に官僚主導、官邸主導、ダイナマイト依存の3つしか方法がないことがわかる。
河野太郎氏が重用される現象は「内閣のダイナマイト依存」の表れと言って良い。うまく進まないから壊してしまえというやり方は岸田内閣の支持率を破壊するだけに終わりつつある。河野さんは総理どころかあらゆるプロジェクト管理には不向きだ。
日本の政治には官僚主導と官邸主導の2つの形式がある。実はどちらも「このままではいけない」という危機感から生まれている。
官僚主導はかつて少ない人数で一気に物事を成し遂げるために有利なやり方だった。だが次第に「省益の維持」が自己目的化してしまう。
日本の戦後を主導してきたのは官僚と官僚出身の政治家たちだった。特に大蔵官僚と呼ばれた人たちは「吉田学校」を形成し戦後の日本を支えた。池田勇人の「所得倍増計画」も傍流大蔵官僚出身者たちからなる勉強会から生まれている。同じ文化を共有していたため下村治氏の理論が浸透しやすかったのだ。現在の岸田総理を支える宏池会はこの吉田学校の流れを汲んでいる。
しかしこの官僚主導は次第に族議員たちを巻き込んで省益だけを追い求めるようになった。これに対抗しようとして生まれたのが「官邸主導」である。最初の官邸主導は小泉政権で誕生し安倍総理に引き継がれた。これも金権政治批判で自民党が下野した危機感から生まれている。官邸主導が清和会という自民党の傍流から生まれている点も注目に値する。
では官邸主導とは一体何だったのか。
従来の政治体制を与党事前審査制という。官僚がアイディアを一部の議員に伝え、それを自民党全体で審査した上で法律に落とし込んでゆくやり方だ。相談される人たちは自民党の政務調査会の部会だったり税制調査会の「インナー」と呼ばれる一部の議員だったりする。俗に「族議員」と呼ばれる人たちである。この後総務会で了承されると党議拘束がかかり法律化されるという流れになる。既得権を脅かさないように事前調整が行われるため大胆な改革が行いにくくなっている。
小泉政権はこの事前審査制を見直しトップダウンで政策を推し進めようとした。具体的には経済財政諮問会議などを活用し族議員たちの影響力を排除しようとした。経済財政諮問会議というと竹中平蔵氏が思い浮かぶが実際作られたのは森内閣だそうだ。橋本内閣で政治主導のための省庁再編が検討され森内閣で実現した。橋本政権は官僚主導を改めて政治主導でバブル崩壊後の新しい経済に道筋をつけようとした。官僚の提案機能がなくなってしまう代わりに新しい提案機能を作ろうとしたのだ。
- 自民党は必要ない!? “官邸主導”の行方(NHK)
しかしこの官邸主導は同時にこれまでの族議員を意思決定から排除することになってしまう。これは官邸主導が自民党の傍流だった清和会によって運営されたからである。小泉政権はこれを族議員の既得権の破壊に利用することになり、やがて「自民党をぶっ壊す」という郵政解散に結びついてゆく。主目的は郵政族の既得権の破壊だった。
さらに官邸主導は劣化した形で安倍政権に引き継がれた。安倍首相は人事を使って官僚と政治家を意のままにコントロールしようとしたコントロールしようとした。
官邸が全てを動かすようになると「自民党の中で何を言ってもダメだ」ということになる。すると党の側にいるに人間は「自分達は自分達が言いたいことだけを言っていればよいのだ」と考えるようになった。さらにポストが欲しい人たちは官邸に逆らわなくなった。
現在の日本の政治には省庁と族議員が既得権を追求する官僚政治と官邸が関心を持つ特定の政策のみを追求しようとする官邸主導の二つの選択肢しかないということがわかる。
現在の岸田政権の失敗はこの辺りで説明がつく。岸田総理はかつての党主導の体制を復活させようとしている。強すぎる官邸主導は弊害が大きいと考えているのだろう。だが自民党の側はすっかり当事者意識を失っており意見をまとめることができなくなっている。どうせ最後は官邸が責任をとってくれるだろうと考えているからだ。
いずれにせよ官僚主導も官邸主導でも思い切った改革は難しい。そこで出てきたのが河野太郎という存在だ。抵抗する官僚を跳ね除ける力強いリーダーとして重用された。おそらく河野太郎氏が信頼されているのは「自己保身を考えずに必要な時にノーと言ってくれる」存在だからだろう。このため突破力のある起爆装置として信頼されている。例えて言えば「ダイナマイト」のような存在だ。
ではダイナマイトはどのように機能しているのか。再エネでの河野氏の「活躍」を見てみよう。
河野太郎氏は脱原発を掲げて再エネを普及させようとした。まず障害になったのが環境省だ。環境アセスメントが進まないとして環境省に「激怒」していた。河野氏は「このままでは主管する官庁を変えなければならない」などと言っている。
ただ、今度は「原発の既得権さえ守られれば良い」と考える経産省と対立することになる。この時には「河野・小泉連合」などと言われているが「既得権ととことん戦う」などともてはやされていた。
河野太郎氏は突破力特化型だ。だが、跳ね除けたあとのプロジェクト管理には全く興味を示さない。再エネ推進ではこれが暗い影を落としつつある。
再エネ派議員として知られていた秋本真利議員が東京地検特捜部から強制捜査を受けている。さまざまな取材から秋本氏がかなりお金に困っていたということがわかりつつある。このことから河野氏が自分の配下にいる議員の面倒を見ていないことがわかる。結果的に当初の国民に持続的で安価なエネルギー源を供給するという目標は頓挫しつつある。
ただ議員が暴走しても官僚たちとの間に共通認識があればこんなことにはなっていないはずだ。官僚たちはなぜ強すぎる再エネ議員たちに反対しなかったのか。2021年9月に既に記事が出ている。河野太郎氏が根拠のない目標を積み上げて官僚たちを恫喝していると指摘している。つまり河野氏の元でやる気を失い「とにかく怒られないように言われたことだけをやろう」と受動的になっていった様子がわかる。
- 菅首相より厄介なことに…官僚も経済界も「河野太郎首相だけは勘弁してくれ」と口を揃えるワケ(President Online)
記事は菅政権の終わりに書かれており、河野氏は総裁選挙に立候補していた。President Onlineの記事は仮にこれが政府全体に及んだら大変なことになると指摘している。だから「河野首相だけは勘弁してくれ」と言っている。
ただ再エネという「まだ実現していないプロジェクト」であった点は幸いだった。
このPresident Onlineの指摘が当たったのがマイナ健康保険証問題だった。当初は「既存の保険証は段階的に廃止」されるはずだった。ところが河野太郎氏が突然「2024年に廃止します」と宣言しどんどん話がおかしくなってゆく。強い目標さえ打ち出せば皆追い込まれて目標を達成するだろうという「ダイナマイト型」の目論見は明らかに失敗しつつある。
誰もが「言われたことだけをやっていればいいや」と考えるようになると不具合が噴出しても誰も責任を取らなくなる。変革を成功させるためにはプロジェクトメンバーが「なぜ変革が必要なのか」を理解する必要がある。だから変革リーダーには求心力が求められる。わかりやすく言えば変革リーダーは「変革のセールスマン」でなければならない。一方の河野太郎氏はダイナマイトとしての力量はあるが常に爆発しており周りから人を遠ざけてゆく。つまり変革に必要な求心力は生まれず逆に遠心力が働いている。恫喝するだけで変革の必要性を売り込んだりはしない。
冒頭の新潮の記事に戻る。河野太郎大臣は「健康保険証を廃止してしまえばマイナ健康保険証を持たざるを得なくなる」と考えた。つまりお得意の突破力を発揮しようとした。しかし、報道を見ると何かがおかしい。岸田総理は官邸を出て各地で直接話を聞いていると「どうもちゃんとしていない」ようだということを再認識しつつあるようだ。おそらく岸田総理はなぜ自分の支持率が落ちているのかを「今、学んでいる」最中だろう。特に振り返りと検証という河野氏が最も苦手とする作業を丸投げしたのはまずかった。
ここまでで「河野太郎氏を一方的に悪者にしている」という反論と適切なサポートさえあればうまく機能するはずだという対論が出てくることが予想される。
例えばイージスアショア配備の断念という功績がある。安倍総理に「もうやりたくない」と直訴してプロジェクトを止めてしまった。これは例外的にダイナマイトが効果的だった事例である。火薬は使い所を間違えなければ良い効果を発揮する。
この計画は防衛省の人たちが「パンフレットだけをみて決めた」計画だったとされている。このため自衛隊側の人たちが当事者意識を持っていなかったことがわかっている。
自分の将来のポジションを顧みず「ダメなものはダメ」と言ってくれるところがトップリーダーから愛され信頼されていることはわかる。トップリーダーには向いていないが使い所はある。
「官邸主導」の内閣には必ず「裏回し」の人がいる。安倍政権では菅官房長官が「裏回し」をやっていた。しかしこの方式には2つの難点がある。1つはそもそも菅さんのような人がなかなか現れない。岸田内閣では木原官房副長官が同じような役割を担っていたとされているのだが、自身が週刊誌報道で表に出られない上に加藤厚生労働大臣に追い返されたりしている。つまり菅さんのようになれる人はそもそもなかなか出てこない。
さらに菅さんが担当できる分野は限られていた。議会と官僚の利害調整だけしかできない。菅さんの強引なやり方は例えば携帯電話事業などでは相応の歪みをもたらしている。つまり「IT」「保健医療」「地方自治実務」という専門知識ではこのやり方が通用しない。
岸田総理は医療分野と予算編成に詳しい財務省出身の一松旬氏を新しい秘書官に任命した。実務に詳しい人がアクターとして必要なのだという認識はあるのだろうが、自分がよくわからない分野を「丸投げ」してしまう傾向がある。一松氏は既に「増税のために財務省から送り込まれたのだろう」と言われている。適切なサポートなしでは改革は実現できないだろう。
組織に改革を起こすためには小さな成功例を作り組織を少しづつ巻き込んでゆく「変革管理」の戦略作りが欠かせない。岸田総理は夏休みに入り本を十冊程度購入したそうだがその中には変革管理の本は含まれていない。
変革管理(Change Management)は研究し尽くされた分野で今も盛に新しい知見が供給されている。
おそらく岸田政権が今取り組むべきなのは内閣全体で変革管理(Change Management)の講習会に参加し組織変革について「官邸主導、官僚主導、ダイナマイト依存」ではない真っ当なやり方を学ぶことなのだろう。処方箋は存在するのである。