興味深い共同通信の記事を見つけた。「米AI活用でサイバー防衛 保護技術創出へ競技会開催」というタイトルになっている。ヘッドラインとしては毎日新聞の「米国防当局、AIの技術力競うコンテスト開催 賞金26億円超」の方がわかりやすい。お金を出してインフラ拠点のサイバー防衛のための企業と人材を育成しようとしている。先日ワシントンポストが「防衛省のサイバーセキュリティはお話にならないほど杜撰だから情報提供はできない」と指摘する記事を読んだ後だったので「ああ、アメリカはそこまでやっているのか」と思った。
毎日新聞は26億円と書いており、共同は29億円となっている。ドルベースの賞金総額が違っているがどちらが正しいのかはよくわからない。参加するのは大手企業だが小規模事業者が参加しやすいように最大7社にそれぞれ100万ドルを用意するなどとも書かれている。さらに共同通信はバイデン政権がAIの環境整備を検討していると言っている。つまり、人材育成の具体策と法整備が統合的に進められていることになる。
アメリカは戦略的に防衛政策を実施している。戦略的とは「明確な目標を定めていろいろな行動を組み合わせる」くらいの意味だ。
ではなぜこの話が重要なのか。先日紹介したワシントンポストの報道が頭にあるからだ。
アメリカが日本の防衛省をスパイしている時に中国軍から侵入されたのを見つけた。見るにみかねたアメリカは東京に使者を送り「サイバー対策を行うべきだ」と忠告した。日本側がニコニコと聞いてくれたので「話が伝わった」と安堵して帰ったようだが、結局大した対策はとられなかった。アメリカは自分達が支援してやるから対策をしてくれと依頼したが色良い返事はもらえていない。アメリカは「日本はわかってくれているのかなあ」と当惑している。
このままでは、日本政府が事態を真剣に受け止めて何らかの対策を取らなければ米韓で進んでいる核攻撃の際の情報共有網に入れてもらえなくなりそうだ。だがこの話が岸田総理に伝わっているのかを懸念しているのだろう。足元(防衛省)で起こっていることと官邸の認識に普段からずれがあるということなのかもしれない。
日本政府はこの問題をスルーする考えだ。松野官房長官は「中国から情報が盗まれた事実はない」として対応を国民に対して説明することを拒んだ。
アメリカ側はこの「スルーぶり」に当惑したのだろう。日米の情報共有は今まで通り盤石だと表明せざるを得なくなった。早く何とかしろと言っているのは石破元幹事長だけのようである。石破さんはハッカーを雇えと言っている。だがこれはデジタル庁が犯した失敗である。停滞しきった官僚組織に活(いき)のいい民間人を入れても単に飼い殺しになるだけだろう。
今回のニュースで最も驚いたのはその額だったのだが、実は本来注目すべきなのは「DARPA」のようだ。Yahoo!ニュースに記事を見つけた。
DARPAは1950年代に生まれた。ソビエトが人工衛星の打ち上げを見て「アメリカも技術力を継続的に高めなければ負ける」という危機感が広がったのがきっかけなのだそうだ。大統領直轄で戦略的な自由度がある。少数精鋭の組織だが各プログラムのマネージャー(PM)に大きな権限があるのが特徴だ。
PMは米軍のニーズを調査し独自の計画を立案する。プログラムの実施スパンは3年から5年程度だ。時にはコンテストを行い少ないコストで多くの成果を上げているという。中国にもDARPAを参考にしたプログラムがあるとのことである。29億円は巨額だと思ったのだが、この記事を参考にすると自前で調達して開発するより安いということになる。
このDARPAの事例から分かるのは官僚が計画を立てて民間に調達を求めるというやり方ではアイディア創出で負けてしまうということだ。日本のデジタル敗戦の大きな要因の一つはこの辺りにあるのだろう。
日本では科学技術の軍事転用に対して大きな抵抗がある。その理由はさまざまだが「大学の運営費を減らしつつ軍事技術にだけお金をつけること」に対する反発がある。学術会議は軍民両用を認めたが「もう単純に二分することはできない」という消極的支持に留まった。
日本のデジタル敗戦の理由は様々に分析することができる。大まかに分けると戦略的思考のなさと人材に対する決定的な軽視がある。科学技術振興の予算は増えず一般のエンジニアはIT土方と呼ばれるような境遇に置かれている。例えばマイナ健康保険証の問題ではこの二つが合成されている。トップの判断が二転三転しその度に現場が振り回され疲弊させられる。ついには一体自分達が何をやっているのか さえわからなくなりつまらないミスが増えると言った具合だ。
日本尾「戦略的思考の欠如」と「個人に対して権限も予算も付与しない」という考え方は行き詰まりを見せつつある。
アメリカの事例を見ると戦略的思考を持って戦いに勝つためには、自由度を持ったPMの存在が欠かせないようである。コンテスト費用は確かに多額だがそれでも「安上がり」なやり方なのだ。
だがそのためには日本の今のやり方に問題があることを認めなければならない。松野官房長官の「流出したという事実は確認されていない」という姿勢からは問題を認めようという気持ちは感じられない。
このままではデジタル敗戦から本物の敗戦ということになってしまうのかもしれない。本気で気持ちを切り替える必要がある。