日大アメフト部の薬物問題が波紋を広げている。現在の争点は「日本大学側が隠蔽を行なっていたのか」である。会見後のメディアは「納得できる説明がなかったため同じことが何回も説明されていた」と指摘している。今回の対応は大学側の隠蔽とみなされるだろう。
今回は「これが隠蔽であったか」ではなく「なぜ隠蔽されたのか」について考える。1つ目の理由は理事長と副学長のプライドの高さである。もう1つの問題は「犯罪」を前提にした薬物捜査の難しさだ。大麻の非犯罪化に関しては社会や政治が先回りして問題に取り組む必要がある。当事者は知見を蓄え社会と共有すべきなのだろうしメディアもジャーナリストとしての意識があるならば最大限聞き出す努力をすべきである。
だが、おそらくこうした構造的な問題が語られることはないだろう。メディアは飽きるまで叩ける個人を選んで叩き、他の事件が起こればそちらに移動することになりそうだ。Yahoo!ニュースのコメントではすでに林理事長と澤田副学長を叩くコメントが散見される。
日大の薬物問題は既に2022年11月に情報提供があったとされている。この時にきちんと処理されていれば個人の問題ということで終わっていたかもしれない。だが大学側は聞き取りの結果何もなかったと報告していた。このため「あの日大が犯罪を隠蔽している」という問題になってしまった。
さらに7月上旬には既に匿名の保護者を名乗る人物から告発文書が出ていた。マスコミは既に問題を知っていた。
告発の内容は次のようになる。
告発者は父母会で問題になり大学が調査を行ったところ上級生たちが大麻を吸っていたことを認めたそうだ。だがコーチ陣は隠蔽を図り大学の懲戒委員会にかけなかった。
その後コーチ陣から「ガサ入れ」が入り持ち物検査が行われている。それが7月上旬である。だが警察への報告は12日間行われなかった。これが空白の12日間と言われるようになった。
ではなぜこのような隠蔽が行われたのか。理由は二つあるように思う。
一つは学校側の高い理想である。林理事長はスポーツは苦手だという意識があり澤田副学長に対策を一任していた。澤田氏は元東京地方検察庁総務部の副部長と元宇都宮地方検察庁の次席検事を歴任している。澤田氏の対応には深い理念が感じられる。学校は教育機関であり生徒の自主性が尊重されなければならない。この高い理想が「学生を信じたい、薬物など広がってほしくない」という気持ちを生じさせた。このため澤田氏は「話のわかる日大出身の警察官」に相談をしていたようだ。結果的に今回の説明は警視庁から否定されている。
ただ理事長と副学長の人格を問題として分析を終えるべきなのかについては議論の余地がある。次の問題はかなり根が深い。それが犯罪化を前提にした薬物汚染対策の難しさだ。
日本では薬物は絶対にやってはいけないことになっている。このため「隠して持っている人」を「全く関係がない人」と切り分ける手法を普通の人が知っているわけはない。澤田さんは「自分は検察出身だから」ということでこのような事案にも対応できると思った可能性があるが実際にはできなかった。具体的な対応スキルを持っていないからだ。見つかれば犯罪化という性質上周囲に相談しにくかったという事情もあっただろう。
それどころか、現在では出どころ不明の報道に悩まされている。ある程度広がっていた可能性があるが中には根拠不明のものもある。抑えて管理しようとしたために返って憶測報道が広がっておりそれを根拠にした記者の質問も飛び交っていた。まさに収拾不能と言った感じだ。
マスコミの側の知識も「にわか知識」の域を出ない。「大麻や覚醒剤の影響が数日で消えるので結果的に捜査妨害になる」だろうという。直接この疑問をぶつけて副学長らにお説教をしている記者もいたがおそらく澤田さんは「あなたに教えてもらわなくても結構だ」と思ったのではないだろうか。中途半端に詳しいマスコミと知っているつもりの検事出身者のやりとりだがそこには厳密な意味での専門家の介在がない。
ここに大麻・薬物問題の難しさがある。日本で「大麻」というと芸能人が使っているという印象がある。大麻使用は芸能界からの一発退場案件で過去作品が放映できなくなる可能性もある重大犯罪だ。このため一般の人はそもそも大麻や覚醒剤がどういうものなのかという認識がない。そのため対策がむずかしい。にわか知識で勉強することはできたとしても具体的にどう対処していいかもわからない。
これがおそらくは今回の問題の根幹だ。SNSでは若者向けの隠語で薬物が蔓延している。だが一方の大人たちの社会はほとんど大麻や薬物のことを知らない。この悲劇的な情報格差のために大人たちは問題に対応できない。一方で学生の一部は「自分も巻き込まれるかもしれない」と考えて保護者に相談しているのだから閉鎖空間の中である程度蔓延しつつあったと考えるべきだろう。
薬物の依存性は恐ろしい。「当事者は必死になって使用を隠すだろう」という前提をおかないと対応できない。さらにいえば使用者以上に薬物についてよく知っていなければ先回りはできない。
実はこれこそが大麻が一部の国で解禁された理由である。
欧米の一部の国で大麻が解禁された理由は大麻が安全になったからではないということはすでによく知られている。違法にすると入手ルートなどが管理できなくなる。また大麻使用者にはリハビリが必要になるが非合法化したままでは治療のプロセスに乗せにくい。だったら合法化して当局の管理下においたほうが良いという判断になった。つまり今回の日大のようなことを経験している国が実は多いのだ。
加えて薬物が蔓延すると処罰のコストに対応できなくなる。
アメリカのように警察予算が制限された結果として軽犯罪が増えた国もある。こうした国では軽犯罪くらいでは刑務所に入れることはできない。このためカリフォルニア州では保釈金なしに軽犯罪容疑者を釈放しており再犯率が増えているともいう。さらに大麻などの薬物犯罪には更生にも時間がかかる。こうなると「大麻くらい」では検挙もされないということになってしまう。
アメリカでは2022年の時点で10万人以上がなんらかの薬物過剰摂取で亡くなっているとされており2023年の発表では11万人の死者が出ている。こうなるともはや大麻くらい……という感じになってしまうのだ。これが日本に蔓延る「大麻は安全」の本当の意味だ。健康に悪影響はあるが「死ぬまでは行かないだろう」ということになる。日本の若者は「健康被害がない」と解釈しているが、それは間違っている。
ただ世界で大麻が当たり前になると大麻を解禁せざるを得なくなる。例えばドイツでも大麻が非犯罪化されそうだ。世界的に大麻は解禁の流れがあり流入を抑えきれなくなったのが理由とされる。そこで大麻市場を管理する方向に舵を切ったというわけだ。日本が鎖国を選ばない限り日本もこの問題とは無縁ではいられない。
おそらく日大アメフト部の件は「周囲に豊富な誘惑がある環境下に置かれた閉鎖的なサークルで薬物汚染が始まったらどうなるか」を考える上では貴重なケースになりそうだ。こうした事例はこれが最後にはならないだろう。大麻・薬物使用者側はタッグを組んで社会に対して必死で薬物犯罪を隠す。そして取り締まる側は容易にそこに踏み込めない。信じたい気持ち半分、知識のなさ半分と言った具合だ。
澤田副学長の気持ちを押しはかることはできないが、検察は犯罪防止はできないという経験が前提にあったのかもしれない。学問の場で高い理想を持って対処すれば犯罪防止ができるのではないかと考えたとしても不思議はないしその気持ちを攻めるつもりにはなれない。だが仮に志があったとしても実際に対処するスキルがなければ理想は全く無意味である。今回は大麻がゲートウェイになっており覚醒剤成分の入った錠剤も発見されている。やはり間違った対応だった。
ネットメディアが理事長と副学長の人格について囃し立てるのは仕方がないことなのかもしれない。テレビはそれに加担せず「どうすれば今回の逮捕を防ぐことができたのか」を当事者から聞き出す努力をすべきなのではないかと思う。