木原事件に新展開があった。政治問題化を図る立憲民主党に対して「週刊文春を刑事告訴した」と回答したそうだ。実際に刑事告訴があったかどうかは不明で、さらにどのような刑事告訴をしたのかもわかっていない。木原氏が会見を開き説明をすることはなかったからである。だが、仮にこの告訴が本当だったとしてもこれは悪手だろう。
そもそもここまで事態がエスカレートした理由は「木原さんのコミュニケーション戦略のなさ」と「周囲のサポートなさ」によるものだ。なぜか上司の松野官房長官が全く動いていない点も気になるところだ。
この刑事告訴の話を聞き「本当なのかな」と思った。実は今でも疑っている。警察を追い込むことになるからである。
例えば名誉毀損は親告罪のようなので刑事告訴が必要だ。だが名誉毀損で訴えると書かれていることが事実なのかを認定しなければならなくなる。警察庁は根拠を示さず「事件性はなかった」と強調している。だが、文春は元捜査員の「供述」をもとに誰かが被害者の体を動かしたとする記事を書いている。つまり双方の主張は異なるのだからこれは検証の対象になる。
何とかしてことをおさめようとした警察にしてみればいい迷惑だろう。木原氏にしてみれば「刑事告訴したから説明しなくてもいい」ということなのだろうが、下手をしたら警察が「嘘をついていた」ことになりかねない。これだけ騒ぎになっているのになぜ「事件性がないと判断したのか」の根拠は示されていない。おそらく説明できるだけの根拠は持っていないのだろう。探せは根拠は見つかったのかもしれない。だがその前に捜査は終わっている。
そもそもなぜこの問題はこんなにエスカレートしたのか。木原官房副長官の稚拙なコミュニケーションスキルに原因がある。
例えば、木原官房副長官がワイドショーに出て妻の無実を涙ながらに訴えていたらどうなっただろうか。
おそらく木原さんに同情的な世論も生まれたはずだ。だが元々プライドの高い大蔵・財務官僚である木原さんにはそれができなかった。これが今回の問題の発端である。庶民とコミュニケーションが取れないために警察を恫喝したとも取れるような高圧的な発言を繰り返し、今回の事態を招いたと言えるだろう。
木原さんの対応は一貫して迷走している。
捜査に際しては刑事たちに恫喝的な言動を繰り返したと言われている。さらに週刊誌に対しても「刑事告訴をするぞ」と通知したものの週刊文春の報道は止まなかった。そこで弁護士会に救済の申し入れをしたようだ。弁護士会からのアクションはなかったのではないか。木原さんの妻にはプライバシーに関する権利はあるが国民にも政治家がどのような人物なのかを知る権利がある。報道は止まず立憲民主党から質問状が出たために「刑事告訴しました」という回答をした。
この間のやりとりは全て書面あるいは伝聞で行われており、木原さんが説明責任に対して消極的な意識を持っていることがわかる。
木原氏は東大法学部を出た後で大蔵省に入省したエリートである。財務省の事情に詳しいため予算交渉の折衝などで力を発揮していた。例えば診療報酬改定の問題に際しては医師会と厚生労働省に味方し財務官僚と対峙している。つまり官僚や政治家など「インサイダー」に対する説明には定評があるのだろう。しかし政治家はそれだけでは務まらない。外向けの説明が上手でなければならない。
木原さんが問題を隠蔽しているとは思わない。だが国民に対するコミュニケーションは苦手だ。
同じようなコミュニケーションスキル不足と脇の甘さで辞任に追い込まれた大臣がいた。それが寺田稔総務大臣だ。
寺田さんは最後の最後まで問題はないと言い続け最終的に追い込まれる形で辞任してしてしまった。
この人も大蔵・財務で主計官だったそうだ。各省庁の対応をする担当官だが「お金をあげる」側の人間なので全能感を抱きやすい。これがプライドの高さと脇の甘さにつながる。
木原氏の刑事告訴が本当だとすれば「週刊文春側に立った報道をすればあなたたちも刑事告訴されますよ」と示したことになる。TBSなどは会見内容を両論で伝えていたが今後はそのような報道も抑制されるだろう。
財務官僚であれば「私に従わないと予算を通しませんよ」は有効な取引材料になるだろう。だが「刑事告訴」はそうではない。国民の反発と疑念を招く。これが永田町・霞ヶ関の中と外にちがいである。
既に「伝えない」ことを問題視する記事がネットに出回っている。「メディアが伝えない」は週刊誌にとっては強力なプロモーションツールだ。実は抑えることで火に油を注いでいるのだ。
記者クラブの外には既にフリーランス記者とWeb媒体のコミュニティができている。そもそも今回の告発会見は露木康浩警察庁長官が定例会見で「事件性が認められない」と語ったことがきっかけになっている。佐藤誠氏はこれに腹を立て「自分が告発される可能性はあるがもうそれは仕方がないことだ」と腹を括ってしまった。
この問題自体は単なる週刊誌ゴシップであり正確には政治ニュースとは言えない。だが、余波はさまざまなところに及んでいる。
どうも官邸から出てくる情報が安定しなくなった。あやふやな情報が出されメディアが混乱した後で「やっぱりやめます」という形で最終決着する。マイナンバー健康保険証の問題がそのようなルートを辿っている。また増税に関する動きも何だかおかしい。増税推進の議論と牽制論が同時並行で流れてくる。
宏池会系から清和会系に政権を戻すためには岸田政権が成果を上げない方が何かと有利だ。安倍派の松野官房長官が機能していないのかあるいはわざと何もしていないのかなど想像し始めるときりがない。本来ならば岸田氏側近の木原氏がそれを補完すべきだが身動きが取れない状況に自らを追い込んでしまった。松野官房長官には木原事件を傍観する動機がある。もともと岸田総理から自分に向けられたお目付役だからだ。
佐藤誠氏の会見にもおかしなところがあった。二階俊博氏の名前が出てくる。佐藤さんは「二階さんが捜査にお墨付きを与えたと思っていた」という趣旨のことを言っている。二階氏が本当にお墨付きを与えたのか、その理由は何だったのかという情報はない。ただ宏池会系の岸田政権で二階派は非主流である。
このように背後には宏池会系のプライドの高さと非宏池会系の非協力などが垣間見える。
いずれにせよ、自民党に代替する政党は見つからない。官邸が機能せず情報が錯綜すれば単に国民が不安になるだけだ。木原氏は記者会見に応じるなどして官邸機能の正常化に取り組むべきであろうし岸田総理も岸田派の領袖としてそれに協力すべきだろう。