サウジアラビアがイランと国交を断絶した。テレビ局は一様に「スンニとシーアの対立」という図式でこのニュースを解説している。なんとなく分かったような気分になるのだが、これでは単にニュースを処理しているだけだ。
解説を聞くと、なんとなくスンニ教会とシーア教会の2つがあるような気になる。しかし、実際にはこのような単純な対立は存在しない。
イスラム教にはキリスト教のように純粋な宗教的権威は存在しない。政教一致が原則だからだ。シーア派の最高指導者はムハンマドの子孫なのだが、その血統は途絶えてしまった。だからシーア派世界を統一する最高権力者はいないのである、
「スンニ人」とか「シーア人」という民族もない。アラブ語話者にはスンニ派もいればシーア派の人もいる。さらに「サウジアラビア人」という民族意識も稀薄だという話がある。つまり、西洋的な基準でみると、イスラム世界は無秩序状態である。もっとも近いのは日本の戦国時代のような状態かもしれない。サウジアラビア王国は必ずしも長子相続の原則がないので、王族同士で相続を巡る争いが起こる可能性もあるそうだ。
中東世界ではスンニ派が政治的権力を握っていることが多いのだという。唯一に近い例外がイスラム革命を成し遂げたイランだ。サウジアラビアなどの王権国家はシーア派そのものではなくイランから革命が輸出されることを怖れているとも言われる。民主化(これも西洋的な意味での民主化ではないのだが)を怖れているのだ。
サウジアラビアの東部州は豊富な石油埋蔵量で知られるが、住民の半数弱はシーア派だ。もしシーア派の権利意識が強まれば、独立運動に発展しかねない。今回の事件の発端になったのはこの東部州の反政府運動だった。シーア派の指導者が「テロを主導した」として死刑になったのだが、殺された「テロリスト」の中にはスンニ派も多く含まれるという。結局のところ、これは宗派対立というよりは格差問題や地域問題に近い。
実際に反乱の動きは起きている。サウジアラビアの南に隣接するイエメンではシーア派武装組織がクーデターを起した。武装集団フーシは議会を解散したが、革命の余波が自国に及ぶ事を怖れたサウジアラビアなどが介入し、イエメン内戦は泥沼化している。西洋諸国は積極的に介入せず、マスコミもほとんど関心を寄せなかった。イエメンの石油産出量はそれほど多くないので、影響が小さいからだろう。西洋の無関心が状況を泥沼化させた図式はシリアに似ている。
サウジアラビアの情勢も不安定化していると言われている。石油価格が下落し、サウジアラビアの財政を圧迫しているからだ。サウジアラビアは石油の恩恵で国民の不満を癒している。サウジアラビアの緊張が内戦に発展すれば、シリアのように泥沼化するかもしれない。これは石油の途絶につながり、世界経済は大混乱に陥るだろう。
お金で国民を懐柔できなくなった国が国民の不満をそらすにはどうすればよいだろうか。それは敵を作る事である。サウジアラビアの敵はイランなので、イラン敵視政策を強める可能性が高そうだ。すると困るのはアメリカである。
サウジアラビアはイランを封じ込めるのにアメリカを利用してきた。しかし、軍事費を削減したいアメリカはイランとの協調関係を模索するようになった。イランと協力できればイラクやシリアが不安定化することを防げるからだ。この政策変更は同時にサウジアラビアとの関係を悪化させることになる。
もし、アメリカがサウジアラビアとの関係を優先させれば、硬化したイランは核開発を進める事になるかもしれない。こうして開発された兵器が周辺のシーア派諸国や「悪の枢軸」と名指しされた国(北朝鮮が含まれている)に広がるのは時間の問題だろう。
つまり、アメリカは板挟みの状態にある。これはつまりアメリカ追従を国是にしている日本が地域で板挟みの状況に巻き込まれるということを意味している。
この地域が不安定化すれば、ヨーロッパ各国はアメリカとの同盟よりも地域の利権確保を優先させるだろう。一方、日本はアメリカとの同盟に縛られた上に、地域紛争に巻き込まれるかもしれない。その時にはホルムズ海峡のような「例外」がいくつもできるのではないだろうか。