NHKの「台頭する“第3極” インドの衝撃を追う」を見た。特に注目していたわけではなく暇つぶし録画だったのだが有益な内容だった。インドは生体情報と紐づけた個人識別番号システムを導入し海外に無償で提供するまでになっている。これが各国から感謝されグローバルサウスでの国際的地位が上がっているそうだ。インドの成功の理由を整理すると日本のマイナンバー制度(特に健康保険証との一体化)が失敗した理由がわかるかもしれない。そう思った。
インドの個人番号識別システムの開発と国際配布のあらまし
いわゆるカースト制度が残るインドでは低いカーストのものが成功するためにはITを勉強してアメリカの企業に就職するしかなかった。次第に優秀なエンジニアを排出するようになりアメリカで成功する者もいればインドに仕事を持ち帰りプログラミングで成功する人たちも出てきた。
インドは主に下請けとしてシステム開発技術を磨いていった。だがこのままでは所詮下請けで終わってしまう。このままではダメなのではないかと考える人たちが出てきた。
インドは植民地支配されていた歴史がある。このためこのままアメリカ企業のプラットフォームに依存するようになればデジタル植民地になるかもしれないという危惧があった。このため国産のシステム開発を期待する声が高まってゆく。
インドには日本の戸籍制度にあたるシステムがないようだ。このため地方には「個人識別ができない」という人が大勢いる。個人識別ができないと銀行口座が持てないため資本主義経済からは排除されていた。このため生体情報(目と指紋)を登録し個人識別に役立てる制度は有益だった。インド政府は税金で彼らが参加できるスマホ決済システムを構築し民間に無償で解放した。
所得が把握できるようになれば税金を徴収するのが楽になる。だが庶民もそもそも経済に参加できなければ所得が得られない。だからあまり大きな抵抗はなかったようだ。さらに貧困層への福祉給付もスムーズにおこなわれるようになった。こうしてインドの新しい個人識別番号システムは普及した。別の記事に次のような記述がある。強制しなくても利便性が高ければ人々は進んで使おうとするということになる。
登録は任意ですが、インド政府によると、2022年末時点で全体の94%を超える人が登録を終えたとしています。
インドはいわゆる「グローバルサウス」と呼ばれる国のリーダーになりたいと考えている。これまで牽引役は中国だったが債務の罠という問題があった。建設インフラの整備には多額のお金がかかる。これが支払えないと港湾や鉄道などのインフラを中国に担保として差し出さなければならないという問題だ。
しかしソフトウェアのコピーにはそれほどお金がかからない。インドは債務の罠問題を避けるためにシステムは無償で提供することにした。また5年間の無償サポートも行う。さらに導入各国はシステムを自由に改変して良いことにした。各国政府にはそれぞれ事情があるからである。また収集したデータにインドがアクセスすることはない。つまりデータセンターなどを独占するというようなこともやらなかった。提供先に対する自由度を増すことで相手国からは感謝されている。特に議席の多いアフリカがインドに共鳴すれば、インドの国際的な地位は上がるだろう。
インドが成功した理由
日本との共通点
インドは日本と全く違うと思える。だが実は高度経済成長期の日本との共通点が非常に多い。
- 日本が製造業でアメリカの下請けから発展したようにインドのソフトウェア産業の基盤はアメリカの下請けによって作られた。
- いつまでも下請けでいたくないという気持ちが強かった。これも日本の高度経済成長期にはよく見られた図式である。
- 今の労働環境から抜け出すためにはITエンジニアになるしかないという気持ちを持っている人も多かった。実際にアメリカに出て成功する人も出てきたことでIT産業に優秀な人材が集まるようになった。これも日本が製造業で成功した理由と似ている。
- 番組では触れられていないが科学技術教育の水準が高かった。これも寺子屋システムが発展していたことで西洋とのキャッチアップに成功した日本に似ている。
- インドには既存経済に組み込まれていない人が大勢いる。この人たちを経済に組み込めば経済成長が見込める。日本とは違っているように思えるが、下村治が闇市経済を見て「この活力を日本経済に組み込めば日本経済は復活する」と考えて所得倍増計画を着想したのと実は同じである。
日本との違い
一方で違いもある。最も大きな違いは産業構造だ。ソフトウェアは転移が簡単だ。製造業や建設業は巨大プロジェクトになりがちである。ITには巨額なインフラ投資は必要ないが国民のスキル向上は欠かせない。そしてそのためには「この産業に参加すれば生活が良くなる」という強い同期を与えることが必要だ。実は日本にはこの動機づけがない。
政府のリーダーシップにも違いがある。インド政府には貧困層を経済に取り込めばインド経済が成長すると着想した人がいる。またアメリカの下請けに過ぎなかったIT産業をフル活用すれば国産でインフラが作れると考えた人もいるのだろう。さらにこれを共通の課題を持つグローバルサウスの国々に無償提供すれば国際的な地位を上げることができるという戦略的アプローチもあった。つまり、現在のインド政府のリーダーシップが極めて明確だ。
実はインドの政治も「世襲」が横行していた時期がある。現在のモディ首相は貧困カーストの出身ではないが中流階級から苦労して政治家の地位を手に入れた。
ただ政府ばかりが前のめりでも空回りするだけだろう。インド国民とインド政府が同じ方向を向いているという点も大きい。国民は単に「もっと豊かな生活がしたい」のである。モディ首相は国民の気持ちがよく理解できるのだろう。
もちろん問題点も
一方で番組は問題点も指摘していた。今回のシステムは生体情報の取得が鍵になっている。つまりインド政府はその気になれば生体情報をもとに個人の言論を追うことができるようになる。実際に最高裁判所に訴えた人がいて番組内でも取り上げられていた。
さらにモディ首相はイスラム教徒の弾圧も進めている。イスラム教徒の多い地域の自治権を迫害し、市民法を改正しイスラム教徒を追い出そうとしている。つまり少数派を排除し多数派に阿(おもね)ることで支持を拡大しようとしている。アメリカ合衆国はインド政府の姿勢を擁護しており「二重基準」を批判されている。
モディ首相は中流階級の出身だ。つまりどうすれば中流階級が喜ぶのかを知っている。これがインド流のポピュリズムの原因になっている。長期政権化すればおそらく汚職が蔓延するだろう。「今太閤」と呼ばれる人たちが陥りがちなリスクをモディ首相も抱えていると言えそうだ。
ソフトウェアで成功しグローバルサウスでの存在感を増すインド
インドは既に人口では中国を追い抜いた。14億人以上の人口を擁すると言われている。レポートによって違いはあるものの2030年までにはドイツや日本を抜いて世界第3位の経済大国になると言われているそうだ。ただインドが成功するためにはこれまで取り込まれていなかった人たちを経済に取り込む必要がある。具体的にはきちんと稼いでもらいきちんと税金を支払ってもらった方が好ましいのだ。
インドはアメリカからIT技術を学び自国の成長に役立てている。また中国の失敗からも学んでいる。中国の失敗は2つある。アメリカと正面衝突したことでデカップリングというリスクを抱えた。また台湾問題を巡っては軍事衝突の危険性さえある。また債務の罠を通じて投資をした新興国から恨まれる可能性も高い。
インドは中国の失敗からも学びつつ国益の拡大と国際プレゼンスの増大に励んでいる。
失敗例ばかり見ていても学びは少ない
マイナンバーカード・マイナンバーシステムについて語るとどうしても失敗例ばかりが目についてしまうがやはり成功例も見ないと単にケチをつけているだけということになってしまう。
結局のところ、日本に欠けているのは長期的な展望と着想を実現する着実なスキルなのだろう。マイナンバーシステムを導入すると国民にどのようなメリットがあるのかということが全く提示されていないのである。
だが、インドの成功にはかつて日本が成功した時と似たような要素が多い。つまり日本人がダメになったらか成長できなくなったというわけでは、おそらく、ないのだろう。
Comments
“なぜインドの個人識別番号システムは成功し、日本のマイナンバー制度は失敗したのか” への1件のコメント
マイナンバーシステムは日本は100%では。
マイナンバーカード普及とマイナンバーシステムはもともと別物なので分けて比較、論じられると良いかと思います。