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ジェーン・スーさんへ「女の敵は女ですよ」

コラムニストで作詞家、生粋の日本人であるジェーン・スーさんがツイッターで「女の敵は女などという男はクズ」というようなツイートを発信していた。これを見てあるエピソードを思い出した。表立って「女の敵は女ですねえ」などと言ったことはないが、内心でそう思ったことはある。
数年前、待機児童が問題になっていたとき、政治家や市の取り組みが知りたいと話を聞きに回ったことがある。自民党や市の対応は「問題は認識しているが、鋭意解決中である」という当事者意識のなさそうなものだった。「隣の市や近隣政令指定市と比べるとまだマシ」という人もいた。
当然「福祉」を標榜する市議会議員は保育所増設に賛成しているのだと思い、近所の革新系の議員事務所を尋ねた。この地域には社民党の議員はいないのだが「市民ネットワーク」という革新系の団体がある。もともと生協系だったということで、事務所に詰めているのは年配の女性たちだ。
意外なことにこの議員さんは保育所の設置にあまり乗り気でなかった。そればかりか「子供を置いて働きたがる女性はわがまま」と言われて、大いに驚いた。夫の稼ぎだけでは足りず、お小遣い稼ぎのために働きたい人が多いのだと言うのだ。事務所に詰めている女の人にも聞いてみたが、同じような意見だった。そこで「女の敵は女だな」と思ったのだ。
もちろん、彼女たちには言い分がある。市は介護に予算を割くべきだというのである。「贅沢をしたいだけの嫁世代」に予算が付くと、介護関連の予算が減ってしまう。男性の立場から見ると、漠然と「女性同士だから協力しあっているのだろうな」などと思うのだが、実際には競合しているのだ。彼女たちはお年寄りが困窮する深刻な現場をたくさん見てきたのだろう。
何回か通ってみてあることに気がついた。事務所に詰めている人たちは、何か満たされていないようである。夫へのグチなどを聞く事もあった。どうやら「政治みたいな難しい事は分からない」と言われて、辛い思いをしているらしいのだ。子育てと同時に社会から切り離されたと感じる人たちが多いのかもしれない。
そこで人気を集めるのが「お勉強会」だ。何度となく「お勉強会」に誘われた。そこで「憲法第九条の意義」とか「原発は危ない」とか「市の予算を節約するためにはゴミを分別しなければならない」といった知識を身につけるらしい。その学習の成果を「通信」という短い印刷物にまとめて壁に貼ったり、近所に配ったりするのが、彼女たちの大切な仕事だ。
当時、待機児童問題は彼女たちのアンテナにひっかからなかったのだろうし、本部のアジェンダにも乗らなかったのだろう。こちら側としても「お勉強会」に出てこないことは聞いてはいけない。そういったことには答えられないし、男性から「無知だ」と決めつけられるのも嫌がるからだ。
一方、働いている女性たちは忙しすぎて政治的な活動に時間を割くことはできないはずだ。代表がいないから、この手の問題はいつまで経っても解決しないのではないか、と思った。
男性がこの手の話を書いたり言ったりすると「女を見下している」と思われがちだ。だから、男性はこうしたことを表立っていう事はない。だが、お互いに協力しあわない限り、幸せにはなれないだろうなあとは思う。
もちろん、こうした「お勉強」をしているのは、女性たちばかりではない。共産党の支持者たちにも同じような人たちがいる。こちらは労働組合の影響を受けた高齢の男性が多い。マルクス史観を叩き込まれており「資本家は労働者の敵である」というようなことを言っていた。「労働組合も既得権化」してますよねとか「株を買っている人も多いので、労働者も資本家なのでは」などというと、スルーされる。お勉強会で出てこないことは分からないのだろう。そして、勉強の成果を他人に披瀝したくて仕方がないようだった。しきりに不破さんの書いた本(当時、マルクスについて分かりやすく書いた本が人気だった)を勧められた。
いずれにせよ、革新系というのはこうした人たちに支えられている。働いても給料が増えない非正規労働者とか、生活のために働かざるを得ない主婦というのがなかった時代に社会常識を身につけた人たちだ。労働運動の従事者や主婦といった人たちが多いので、経済や経営には疎い。だから、予算のパイを増やそうという議論にはなりにくい。そこで限られた予算を現役世代との間で争奪し合うという議論に発展しがちなのだと思う。
つまり、左翼の敵は左翼なのである。バブル崩壊以降、幾度も左派政権ができかけては自滅していった。反自民という旗印以外にはまとまりがなく、結果的に利益を「仲良く」仲良く分け合おうという右派勢力に負けてしまうのである。


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