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ビッグモーターの兼重社長は全ての責任を板金塗装部門に押し付けて「逃亡」を図る。

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ビッグモーターで兼重社長が会見を行った。酷い会見になるだろうなとは思ったが、まさか「ここまでは」と思った。自分は何も知らなかったが社長は辞めるという。ただ株式は全て自分がトップを務める持株会社が持っている。つまり責任を全て現場に押し付けたうえで所有権は残し、なおかつ説明をしなくてもいい立場に移ろうとしている。

だが逃亡を図っているのは兼重社長だけではない。おそらくは気がついていたと思われる損保ジャパンも「知らなかった」と言っている。板金塗装部門には立ち入れなかったとして自分達の身の安全を確保したいという立場だ。

この件で兼重社長や損保ジャパンを非難するのは簡単だ。だがおそらく背景には複雑化する日本の自動車流通という問題がある。今回このような逃亡劇が成功すれば日本の自動車流通は確実に「闇鍋化」する。トップが彼らを模範にして「いざとなったら現場に責任を押し付ければいいや」と考えるようになれば短期的利益を優先し倫理的に許容できない行為が横行するだろう。利益を吸い上げるだけ吸い上げて問題が露見したら逃げるのが「卓越したビジネスモデル」ということになってしまう。

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企業が企業倫理を遵守するのは「何かあったときに責任を取らなければならない」と考えるからである。企業倫理の授業では「この意思決定がバレたときにどんな新聞記事が出るかを想像してみよ」と教える。だが日本では「新聞=公知」より村の論理が重要だ。いずれにせよ、今回、このような言い逃れが成立すれば、おそらくトップたちは「短期利益のためには倫理を無視してもいい」と考えるようになるだろう。日本の自動車は販売は分水嶺に立っている。

関係トップは平仄を合わせ「板金塗装部門が勝手にやった」

具体的にビッグモーターと損保ジャパンの言い分を聞いてみよう。平仄があっている。つまり双方のつじつまはあっており「全部板金塗装部がやった」「自分達は知らなかった」ということになっている。管理責任という言葉はどこかに置き去りになっているようだ。

兼重宏行社長

  • 不正請求は板金塗装部門が勝手にやった。経営者は誰も知らなかった。
  • 報告書が出るまで何も知らなかった。愕然としている。
  • ゴルフをやっている人への冒涜だ。
  • 責任は感じているので社長は辞任する。
  • 損保会社との関係でやましいところはない
  • 損保会社は知らなかったと思う。

社長は辞めると言っているが創業家の財産を管理するビッグアセットという会社が全ての株式を持っている。つまり、経営(具体的には説明責任を負う立場)からは退くが所有は続けると言っている。多くの人が既に指摘しているように懐は痛まない。確保した利益はそのまま所有し続けることができる。

【詳しく】ビッグモーター兼重社長 記者会見で辞任表明(NHK)

損保ジャパン白川儀一社長

一部報道で人を送り込み資金も入れていたことがわかっている。偶然なのかもしれないが兼重社長と平仄を合わせている。根拠もなく人を疑いたくはないのだが「何かあったときには板金部門のせい」にしようとしていたのかなと思えてしまう。

  • 不正があったとは全く見抜けなかった。
  • そこまでのことが起きているというのは、正直、非常に遺憾であると感じている。
  • 去年夏に出向者から「工場長から不正の指示があった」との報告を受けていた。
  • 一緒になってやっていた人は(損保ジャパンからは)一人も出てきていない。
  • 不正が行われた現場に出向者は立ち入れないので知りようがなかった。
  • 外部の弁護士による調査委員会を設置し自ら真相解明をする。

損保ジャパン社長「不正見抜けなかった」 ビッグモーター“不正請求問題”

正確には見抜かなかったのではなく営業にプラスがあるために「見ようとしなかったのか」のではないだろうか。

ただ白川社長を糾弾してみても問題解決にはつながらない。

このままでは自動車販売は「闇鍋状態」に

では社会はこれを許すべきなのかについて考えたい。

この件について考えるときに参考になるのがアメリカのエンロン事件だ。エンロンはもともとエネルギー関連企業だった。複雑な会計処理を行いデリバティブを駆使した金融商品を作るようになる。すでに1980年代には粉飾決算をおこなっていたと言われているがこれがデリバティブという手段に拡大した。これに加担していたのがコンサルティングファームだった。会計監査と営業推進を同じ人たちがやっていたのだ。

結局エンロンは破綻するのだがコンサルティングファームにも批判が集まり監査部門とコンサル部門を分離するなどの規制がかかるようになった。具体的にはサーベンス・オクスリー法企業改革法SOX法)と言われる法律にまとまっている。

エンロン事件は行きすぎた規制緩和により誰もがマネーゲームに熱中するアメリカの世相を色濃く映し出している。背景にあったのはデリバティブなどの金融工学を駆使した複雑な手法である。結果的に投資家は複雑なスキームが見抜けなくなった。

これが今回の事件によく似ている。投資家の立場に置かれているのが自動車のオーナーだ。裏にある複雑さを把握できなくなっている。

日本で自動車販売の倫理が守られていたのはなぜなのだろうか。それは新車販売が多く販売会社が系列化されてきたからだ。系列会社が何か問題を起こせば頂点にいる自動車製造会社(トヨタや日産など)が社会的責任を問われる。つまり「ムラ」が形成されていたのだ。日本人は「新聞沙汰」になることより「ムラに居場所がなくなる」ことを恐れる。

成長しなくなった日本では新車が売れなくなっている。この代わりに台頭しているのが中古車販売だ。ネットオークションやネット販売など流通経路が複雑化している。さらにリースなどの選択肢も増えている。今後はこれに電気自動車も入ってくる。つまり「ムラ」がなくなりつつある。

この結果ガバナンスが効かなくなり、自動車オーナーたちのとって不確実な状態が生まれている。

損保会社も自動車流通が複雑化する中で保険を売らなければならない。つまり変化に対応しきれずにいたことがわかる。その結果「長期的信頼よりも目先の営業利益」を優先するような会社が現れた。損保ジャパンについて語るときに重要なのは「他の会社が踏みとどまったのになぜ損保ジャパンにはそれができなかったのか」という点だ。なんらかの合理的な理由があるはずである。

いずれにせよ「ムラ」を前提にしていたガバナンスを近代化しなければ同じような問題が起こるだろう。だからこそ今回のような言い逃れを許すべきではない。だが言い逃れを糾弾しただけでは問題は解決しない。その先が重要だ。その先を考えるためにはトップが構造的変化を理解している必要がある。

これを念頭にトップが何を言っているのかを観察したい。


トップは口々に「想定外だ驚いた」

東京海上HD永野毅会長

  • 我々の想定を超えたことが起こっている。
  • 通常のビジネスの常識を超えている。

【速報】東京海上HD会長「ビジネスの常識超えている」「我々の想定を超えたことが起こっている」 ビッグモーター不正問題に

斉藤国土交通大臣

  • 道路運送車両法に違反する疑いがあると認める場合には、問題のある事業場への立ち入り検査も含め、適切に対応してまいりたい。

「立ち入り検査も含め適切に対応してまいりたい」斉藤国土交通大臣 ビッグモーター保険金不正水増し請求問題について

鈴木財務大臣

  • 私もテレビで報道を見て、本当にこんなことがあるのかとわが目を疑う状況で、報道が事実であれば許されないことであると思う。
  • クルマを愛する気持ちをもっている人はたくさんいて、もし自分のクルマにああいう行為が行われていた報道が事実であれば非常に不愉快であろう。
  • そういう国民感情にもしっかり配慮して、不適切な保険契約者保護に欠ける悪質な問題は法令に基づき適切に対応する
  • 悪質な問題が認められた場合、法令に基づいて適切に対応したい

「本当にこんなことがあるのかとわが目を疑う状況」鈴木金融担当大臣 ビッグモーター保険金不正水増し請求問題について

「非常に不愉快だろう」ビッグモーター事件に鈴木金融担当相 保険会社の責任は? 金融庁が確認進める


一様に想定外だ驚いた何か見つけたら対処すると言っている。かれらが構造的変化に気がついているか、そして積極的にそれに対応しようとしているのか。ご判断は読んだ人たちにお任せしたい。

いずれにせよ今回の「現場が勝手にやった」を容認すればおそらく自動車流通の闇鍋化は避けられない。だが、構造的な問題解決が遅れれば複雑化する自動車販売・修理産業の「闇鍋」状態は進行するだろう。

トップにいる人たちはそれでも「問題が起こるとは予想できなかった」と言い続けるのだろうか。そしてそれは日本にとっていいことなのだろうか。もう一度落ち着いて考えてみたい。

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