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引きこもりつつある日本経済

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野口悠紀雄先生が各種統計を概観した上で、法人税を下げても設備投資には回らないのではないかと言っている。市場が縮小傾向にあるために、国内で追加投資をしても過剰になるだけだからだ。代わりに金融商品への投資が進むだろうと予測している。
これを読んで「だから法人課税を強化すべきだろう」とは思ったのだが、もっと別の疑問が浮かんだ。
法人課税を正当化するためには、「企業は成長のエンジンであるべき」であり「企業の主な活動は生産活動であるべき」という2つの前提を置かなければならない。しかし、これは必ずしも自明の前提ではない。ある種のイデオロギーだ。
生産活動よりも資本を直接投資した方が効率よく資本を増やせるのであれば、企業は生産を諦めて資本家に転じた方が合理的だ。足元の市場が縮小しつつあるのであれば、その合理性はさらに強まるだろう。
企業が生産活動を諦めれば、より少ない人数で経営資源を管理できる。故に多くの人は失業するが、人件費を削減できるということでもある。もしくは、最低限の生産活動さえ維持さえできればいいので、最低限の投資(給与や生産性向上)で運営するのが合理的な選択になる。
企業が資本家化するということは、生産から手を引くということだ。ベンチャー企業がなければ国内には生産の担い手がいなくなる。
こうしたことは既に起きている。不調に喘ぐ東芝はテレビ事業を切り売りすることにした。インドネシアにあった工場を海外のメーカーに売るということである。これは技術的資産を手放し、将来の派生技術も手放すという事だ。もしかしたら、特許技術やブランドといった権利だけは資産として手元に置いておくのかもしれない。
資本家になったといっても企業の経営者は投資のプロではない。新しい技術への目利きなどはできないだろう。その為に金融家という人たちがいるのだが、日本の銀行は技術の目利きとしての機能を発展させなかった。彼らは新規事業の善し悪しを見分けられないのだから、企業への投資はされないだろう。そもそも生産者がいなくなるのだから、投資のしようがない。では、その資金は何に投資されるのだろうか。
かつては土地が投機の対象になっていた。土地は必ず値上がりするだろうという見込みがあったからだ。しかし、現代ではこうした見込みは成り立たない。人口が減少しているので、東京などの一部の都市を除いて土地の値段が上がる見込みはないからだ。縮小することが分かっている資産に継続的に投資する人はいない。
当然、非リスク資産とは国債なのではないかということになりそうなのだが、そもそも誰も働かない(働きはするだろうが、生産性は向上しない)のだから、高い収益は得られそうにない。
こうした条件下では「一生懸命働くだけムダ」だ。生産による収益の拡大はそもそも期待されていないからである。慈善事業ではないのだから、経営層は従業員が楽になるような生産性を上げる工夫はしないだろうし、そもそも優秀な能力に対して給与を支払うインセンティブも湧かないはずだ。がんばったところで所詮は資本そのものから得られる収益には負けてしまうからだ。生産を噛まさない方が効率がよいということは「労働はムダ」ということを意味する。
ということは、高等教育を受けてもあまり意味がない。スキルを磨くだけムダだということになってしまう。学歴が意味を持つのは官僚になるごく一部の人たちだけだろう。しかし、官僚が企業の生産性に寄与するわけではない。受験勉強は「地頭のよさ」を計るものであって、スキルを計るものではない。この世界で成功を納めるのは、資本家集団、官僚、人材派遣会社などだろう。共通するのは誰かを働かせた上がりで食べて行く人だということである。こうした人たちは生産性の向上には寄与しない。
もっとも、こうした世界が成立し得ない訳ではない。例えば、江戸時代にはほとんど生産性の向上が見られなかった。生産性とは関係がない武士階級が一番偉いことになっており、商人が蓄えた金は返って来ないことが多かった。また、労働の担い手である農家には生産性を向上させるインセンティブがなく、工業従事者の地位も低かった。イノベーションを起す必要がなかったのだ。
日本人をイノベーションに駆り立てていたのは外圧だ。海外から植民地化されるかもしれないという怖れが富国強兵政策のインセンティブになっていた。第二次世界大戦後は「戦争に負けたが経済では勝つ」という意地のようなものが経済成長を支えていたのかもしれない。敗戦の記憶が遠ざかり、他国から植民地化される怖れもなくなってしまった。そこで「経済は成長しなければならない」という意志が失われてしまったのだろう。
こうした状態を停滞と呼ぶのか安定と呼ぶのかは人によって意見が分かれるところだろう。


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