2015年12月5日、チャド湖に浮かぶクルフォウア島で女性たちによる自爆テロがあった。30人が殺され80人が怪我をした。死傷者数は政府の発表によるもので、詳しい事は分かっていない。犯行声明は出されていないが、ボコハラムの犯行だと考えられている。
パリの同時多発テロのニュースと異なり日本のメディアは、チャドのニュースをほとんど報道しなかった。日本から離れているなじみのない土地なので無視されたのかもしれないし、特派員がいなかったのかもしれない。チャド湖の周辺では複数の自爆テロが起きており緊急事態宣言が出されていた。もはや30人くらいが殺されてもニュースにならないのだ。
近年の天候不順でチャド湖の周辺では干ばつが深刻だ。貧困が蔓延し、若年層の失業率は高い。若者は将来が見通せない。ボコ・ハラムはそうした若者をリクルートして残虐な活動に従事させている。周辺諸国は「気候変動の影響で水が干上がっている」と主張しているが、無計画な灌漑も状況を悪化させている。加えて砂漠化も進行中だ。このため、チャド湖は21世紀中には干上がってしまうかもしれないと言われている。
この干ばつの影響で国際的な人口移動が起きている。人口が集中する地域では水や農地が不足し、更なる衝突を生む。影響を受けている地域は、チャド、ナイジェリア、ニジェール、カメルーンなど広域に及ぶ。
チャドは長年、北隣に位置するリビアの干渉を受けて内戦が続いていた。近年では東隣のスーダンの内戦の影響を受けた。ダルフール扮装は南スーダンが独立してからもくすぶっている。加えて、ボコハラムがナイジェリアから勢力を拡大してきている。長年の内戦の結果、国内のインフラは脆弱で、国内経済は農業に依存する。石油が取れるのだが、国民の生活を豊かにすることはない。却って汚職が蔓延する原因になっている。
後期のチャド戦争はトヨタ戦争と呼ばれたそうだ。トヨタ自動車が壊れにくく戦場でもよく活躍したところから来たネーミングらしい。日本製品の優秀さが認められた結果ともいえる。
ナイジェリア発祥のボコハラムは西洋教育に対する排斥運動であり、自分たちの運動を「ジハード」だと認識している。中東のイスラム過激派と違って非アラブ圏の人たちが主体になっている。単純なイスラム教運動という側面の他に虐げられた少数民族「カヌリ人」の権利回復運動という側面がある。理屈抜きに略奪がしたいだけという人たちもいる。
ボコハラムは「西洋教育に毒された」女性たちを連れ去ったり、レイプしたりする。レイプされた女性たちの中には妊娠した人も少なくない。レイプは「キリスト教と戦う武器だ」と見なされている。レイプばかりでなく、捉えた女性たちに爆弾をくくり付けて自爆テロ犯に仕立て上げることもある。ジハードと言いながら自分たちは犠牲にならずに、女性を道具として利用するのだ。
アフリカのニュースはマスコミには取り上げられにくい。これはサブサハラの各国が未開の地であり、経済的に魅力がないと見なされているからだろう。しかし、その認識は間違っている。
ナイジェリアはアフリカで最大の人口と経済規模を誇る。2014年には世界一の成長を記録し、経済規模でみるとG20のすぐ下あたりに位置する中進国だ。中産階級の人たちも増えているので、欧米企業はナイジェリアに熱い視線を送っている。何よりも若年層が多く、今後成長が見込まれる。日本はアフリカ諸国との関係作りに出遅れているが、マスコミで取り上げられないので、これに気づく人は少ない。
一方、南部で取れる石油を巡る内紛も絶えない。国内に様々な民族を抱え、キリスト教徒とイスラム教徒が混在している。500以上の言語が話されるが、少数民族は政治や教育から事実上排除されている。北部のイスラム教圏ではイスラム法を取り入れた法律が制定され、イスラム化に危機感を抱いた中央政府との間に緊張がある。人口は北部が優位なのだが、石油が取れるのは南部だ。このために不満を持った南部住民が蜂起することも多い。腐敗が横行し住民には石油から得た収益の恩恵が回らない。
国内に過激派が多いので、鎮圧する軍部の対応も手荒くなる。市民が巻き込まれる事も多い。このために、市民には反軍感情がある。そこで、ボコハラムの掃討作戦がうまく行かないのは、地元住民の協力が得られないからだ。
参考
- Climate Lake Chad: Climate change fosters terrorism
- Triple Suicide Bombings in Chad
- 「ボコ・ハラム」はどのような組織なのか――激動する西アフリカ情勢
- 【オピニオン】南アを超えたナイジェリア―資源だけでない成長の原動力