まさに手のひら返しとはこのことだろう。テレビニュースでビッグモーター問題について扱われるようになった。理由はおそらく2つある。当局が介入し「事件化」目前となっている。またビッグモーターがCMを流すのをやめた。つまりテレビ局にとってはお客さんではなくなった。つまり「安心して叩けるように」なったのだ。誰かが報道を始めると「うちもうちも」ということになる。これで空気が変わったのだ。
テレビジャーナリズムの経営的判断を批判するつもりはないのだが、この問題は依然2つの爆弾を抱えている。1つはテレビ報道への疑念である。ネット報道で状況を知る視聴者が増えれば増えるほど「さまざまな事情を抱えているテレビは周回遅れだ」と疑う人が増える。だが、もう1つの問題はなかなか厄介だ。このままではテレビ局は損害保険のCMを失いかねない。テレビ局はそれなりに対応しているが当事者の損害保険会社の危機感が薄いようだ。
テレビ局がビッグモーターの件について扱い始めた。まさに手のひら返しで「独自」映像が飛び交っている。「実は手口を紹介したビデオもありました!」などとやっているところもあり、他が扱い始めたので乗り遅れてはいけないということになっているのだろう。だが、知っていたのなら早く紹介してやればよかったのにとも感じる。「くるまのニュース」によると返金額は100億円以上(!?)となっている。さらに「独自」映像も、既にネットメディアでこの件を知っていた人たちにとってみれば「何を今更」というものが多い。これが「周回遅れ感」を際立たせる。
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テレビ報道は高齢者を中心に高い影響力を持ち続けている。だが視聴者が高齢化するに従って単純な報道が目立つようになった。複雑な情報が理解されないため誰かを悪者にするような報道が増えている。勧善懲悪で事件を捉えたがる人が多いのかもしれない。
このため「これは叩いていいニュースだ」ということになると一斉に横並びで何かを叩くような報道が始まる。どこかが報道を始めると「ウチも独自ネタを探せ」ということになるのだろう。ビッグモーターは当局が介入することが確実になりCM中止でビッグモーターがお客さんでなくなったことで「これは叩いていいニュース」ということになったのではないかと疑ってしまう。だがこのようなやり方は副作用も大きい。
ネットニュースを見ている人は既に「損保会社の中には実は必ずしも被害者とは言えない会社もある」ことを知っている。このニュースを熱心に追いかけている東洋経済の記事は既にご紹介したが、週刊誌も注目している。つまり「損保会社もいろいろ」でありネットは既にそれを知っている。
だが、テレビ報道ではここまで丁寧な対応はできないかもしれない。つまり、この問題は単純化されて「損保全体」に広がりかねない。こうなると今回は全く関係がないネット損保を含めた業界全体が疑われることになる。
例えば、マイナンバーカードの問題とマイナンバー制度の問題がごっちゃに語られるような状態を見ると「報道は意外と乱雑に事件を扱う」ことがわかる。現在はマイナシステムもマイナカードもマイナポータルもごっちゃに報道されており「とにかくマイナには問題がある」という印象だけが再生産され続けている。ウクライナ問題でもテレビでは「悪のプーチン大統領」と「キャラの立ったプリゴジン」に多くの時間が割かれているが、ウクライナの状況が膠着している問題などはあまり語られない。複雑すぎる上に変化に乏しいために「テレビ的にキャッチー」ではないのだろう。
厳密には一部の損保会社とそれ以外の損保会社では対応が分かれるはずだ。だが、テレビは「叩いていい」と対象は極めて雑に扱う。そうやって叩かないとネット世論から「スポンサーを庇っているのではないか」などと言われてしまうからである。そして高齢の視聴者に伝わる段階では「とにかく何か面倒で厄介なことが起きている」という印象しか与えなくなる。
このためテレビ局は「損保会社は無関係ですよ」という証拠作りを始めている。東京海上HDの会長にインタビューして「この件については全く知りませんでした」と言わせているのだ。
ただどうも会長の反応が薄い。「想定外のことが起こっていてよくわからない」というあやふやなコメントになっている。共同通信では「批判した」ということになっているのだが、テレビニュースでは「本当に今何が起きているのかピンときていないのであろうなあ」と思える。この年齢の人は自分でネットニュースなど見ないだろうからおそらく世間にどれくらいニュースが拡散しているかはご存じないのではないだろうか。
既にネットニュースの人たちは先行してビッグモーターと「一部の会社」の関係を知っている。あとはこれが事件化されるかどうかである。普段から対象物を叩く報道を行なっているため、一旦空気が変わるとテレビ局は損保会社を批判せざるを得ないだろう。そして、それは「損保CMの自粛」につながってしまう。テレビ局に勤めている情報感度の高い人はここまでは予想できているはずだ。
FNNは朝から損保トップ「ビッグモーター」を批判というニュースを流しているがこれは正確ではない。永野会長は正確には1つの会社であって業界全体を統轄しているわけではない。また「何が起きているかわからない」と言っているだけで批判はしていない。
ただ、このヘッドラインには問題があるが批判する気にはなれない。テレビ局としてははっきりと「我々は無関係であり、このような問題は許し難いから断固とした措置を取る」と言って欲しかったのだろうが、さすがに取材対象者を振り付けて誘導するわけにはいかない。
だが、ここで「損保は知らなかった」ということにしておかないとテレビは大口の顧客を自ら糾弾せざるを得なくなってしまうだろう。さもなくばネットから「テレビ局はスポンサーに忖度している」という批判にさらされることになりかねない。ただこうした「細かな演出」が視聴者にどれくらい伝わるかは疑問だ。
もともと空気によるざっくりとした報道を作り出してきたのはテレビ報道だ。だが、テレビ局は時にその「ざっくりとした理解」の被害者にもなりかねない。