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脚本組合と俳優組合の同時ストライキでアメリカのエンターティンメント業界は終わりの見えない混乱に突入

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ハリウッドの俳優組合(SAG-AFTRA)がストライキに入った。既に脚本家組合(WGA)は5月からスト入っておりアメリカのエンターティンメント業界は大混乱している。両方の組合がストを決行するのは63年ぶりなのだそうだ。損失額は4000億円から5500億円程度になるものと見られている。原因として挙げられるのが配信の台頭と制作業務のAI化である。日本はAI化に注目した報道が多い。

アメリカのエンターティンメントが作品を供給できなければ日本や韓国のスタジオの枠が増える可能性もある。一見日本にとってはチャンスのように思えるが「単に下請け化」する可能性もあるだろう。鍵になるのはIP収入の確保とクリエイターへの分配だ。

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ストの理由は大きく2つあると説明されている。それがストリーミング配信の利益分配と人工知能(AI)の台頭だ。日本ではこの人工知能の問題が大きく取り上げられ「AIであなたの仕事がなくなるかもしれない」という文脈で伝えられることも多い。

だが実際には配信が増えたことによって制作会社が俳優や脚本家にこれまでのような分配ができなくなっていることの方が問題としては大きいようだ。配信業社が情報を開示しないためにどれくらい儲かっているかがよくわからないのだという。ただ結果として、俳優の側は「明らかに儲けが少なくなった」と怒っている。

普通に考えると「配信者側が儲かっている」のではと思えるのだが、実はそうではないそうだ。配信は過当競争にさらされておりユーザー獲得のために多額の広告宣伝費を支払っている。つまり配信側もそれほど儲かっていない可能性がある。

アメリカがインフレに悩まされるようになりライバルも増えたことでNetflixは会員数の減少に悩まされた。特にZ世代と呼ばれる若年層と女性の離反が多かったようだ。Netflixは広告付きのプランを導入しこの危機を乗り切ったとされている。結局「値下げ」が最も効率的な拡販策だった。スマホのサービスはクリック一つで解約できてしまう。

これまでエンターティンメント業界は映画の興行収入、DVDなどのパッケージの売上、テレビの広告宣伝費(コマーシャル収入)などから収益を上げてきた。これを投資家と作り手にどう分配するかが重要という業界だ。配信サービスはこの生態系を全てぶち壊してしまった。配信は再生回数などの数字を独占することで着々と知見を蓄積している。知見が貯まれば誰にどんな関連商品を売ればいいのかや次に何を作ればいいのかがわかるようになるだろう。だが配信会社は自分達で知財そのものを作り出すことはできない。

業界全体としてあまり良い流れだとは思えない。制作側に「良い作品を作ろう」というインセンティブがなくなる。多数の作品がひしめき合う配信事業では手軽にセンセーショナルなものを作った方が楽に稼げる。既に日本のクリエーターは問題を感じている。Netflixはテレビよりも高く作品を買い取ってくれる。ただし作品がヒットしても制作会社に追加のリターンはない。このため「ヒット作を作ると負け」という謎の状況が生まれているという。

今回のストでアメリカ作品の提供が滞れば日本や韓国のアニメやドラマが売れるようになるかもしれない。だが作品の多くは買い切りだ。単に日本や韓国の制作会社は配信会社の下請けになってしまうだろう。

配信会社はどの作品がどれくらい放送されたのかを公表しない。このため映画会社が俳優に分配することもできない。次の作品の制作費用が捻出できなくなった映画会社は「脚本家や俳優の稼働を減らせばいいだろう」と考えた。既にAIの導入提案は脚本家を怒らせている。さらに俳優の姿をスキャンして「1日の稼働料金」でそれを使い回すことができるという提案をして、俳優組合を怒らせた。

おそらく製作費が捻出できなくなっていることからくる制約なのだろう。だがこれではクリエーターも俳優も生活できない。すでに日本のアニメーション産業は強すぎるテレビの影響で「やりがい搾取」という砂漠化を経験しているが、アメリカも同じような状態に陥りかねないわけだ。

影響は既に出始めている。秋のテレビの新番組は大半が中断され、巨額の予算を投じる映画の製作もストップしているという。俳優たちはカメラの前で演技をすることもできないし、カメラのないところでナレーションを取ることもできない。さらにPR活動も禁止されるそうだ。ただし監督は稼働できるのでPRは監督中心になるだろうと言われている。

現在アメリカのエンターティンメント産業が被る被害総額はメディアによってばらつきはあるが4000億円から5500億円程度になると言われているそうである。

5月の脚本組合のストの時にバイデン大統領はストライキを支持していた。資本家ではなく労働者の味方であるという姿勢を明確にした形である。だが、ストライキ収拾のための政治提案はしていない。あくまでも当事者同士の問題であり政治は介入すべきではないと考えているようだ。今回のストの原因の一つが高すぎるインフレの影響だと考えると政治にも責任があるように思えるのだが、バイデン政権はインフレ対策はうまく行っておりリセッションなどあり得ないという姿勢を貫いている。

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