NATOの共同コミュニケ(声明)が出された。新しい戦前が始まったのだなと思った。第二次世界大戦は侵略戦争なき世界を実現したが、この体制が実上崩壊したことで新しい仕組みが求められている。NATOはその有力候補だが加盟国の意見の相違をまとめることはできなかった。理由を探るとNATOや周辺国が「敵の存在」にどう対処していいのかを悩んでいるという実態が浮かび上がってくる。つまり多くの国が巻き込まれ不安を抱えているのだ。日本について考えると「日本は周辺地域」ということになる。つまり聖域の外に置かれている。軍事同盟のないウクライナやそもそも主権国家として認められていない台湾と比べるとやや安全と言ったステータスだが決して盤石というわけではないことは容易にわかる。
今回のビリニュス共同コミュニケには中国の名前が多く出てくる。中国が世界秩序に挑戦状を叩きつけているという前提で始まり、NATOは慈悲深く対話を呼びかけるとした上で、ロシアへの接近を牽制している。一方で日本について言及した箇所は3か所だ。北朝鮮を非難する文脈だが「日米韓で適切に処理してくれ」といっている。対中国については引き続き検討するとなっている。つまり敵は設定されたが具体的な対処については触れていないということになる。
日本は経済的支援には言及されておりATMとしては期待されていることがわかる。岸田総理は既にアメリカの大統領に防衛費の増額を約束している。あとは国民からどう取り立てるのかが課題になる。日本に中国に対する不安には「後で答えてあげるかもしれないから、今ウクライナの援助に加わってください」と言っている。
ロシアに対してはさらにこの姿勢が明確である。ウクライナのNATO加盟は先送りされ、ゼレンスキー大統領は強烈な不満を表明している。代わりに準備されたのがウクライナをパートナーにする理事会の設置とG7の「支援確約」だった。NATOはロシアとの戦争に自分達が巻き込まれることを恐れているということがわかる。パートナーというのは要するに聖域の外において見守りますよという意味だ。
仮にNATOがウクライナに対して加盟を含む強力な支援を要請していたならロシアの態度は大きく変わっただろう。だがおそらくロシアが見たのはNATOの綻(ほころ)びだった。つまりウクライナの戦争はしばらく続くことになる。少なくとも今回のコミュニケはNATOはプーチン大統領にとって戦争を止める理由にはならない。これが「国連に逆らったら国際社会では生きてゆけない」という強力な国連システムとの一番の違いである。そして新しい国連を作るには戦勝国が必要で、戦勝国を作るためには戦争が必要だ。
国連もNATOも集団での安全保障体制だ。今回問題になっている点は二つある。一つは「NATOの範囲が広すぎる」ことだ。この領域のどこかで戦争が起きると加盟国は自動的に戦争に巻き込まれる。だがその図式は実は国連体制でも同じである。
国連の加盟国は圧倒的多数で敵がいなかった。これは当然だ。国連は戦後処理の結果だからである。一方で現在のNATOには敵がおり、敵を殲滅させる自信が加盟国にはない。だから巻き込まれることを恐れる。つまりNATOは国連の代替にはならない。
もう一つは単純にお金がないことである。アメリカの空軍はボーナスと異動を止めている。命令系統には問題は出ないだろうが士気には影響するだろう。理由は簡単だ。資金不足なのだ。日本から見ると「アメリカはいくらでも軍事費が出せる」ようなイメージがあるが当然これは間違っている。
次の議論は「では今は戦前なのか戦中なのか」である。仮にウクライナの戦争が終われば今回は戦前になる。ロシアと中国を「将来の敵」とみなす体制で日本やウクライナなどの周辺地域をパートナーとして外側に取り残した形で安全保障体制が構築されるだろう。日本には独自の安全保障環境を整備するオプションと今まで通りに日米同盟にしがみつくというオプションがある。さらに中国やロシアには睨み合いを続けるかNATO体制に対抗するというオプションが生まれる。
一方でウクライナの戦争が終わらなければ「2014年のロシアの一方的なクリミア併合」によって新しい戦争が始まったということになる。あとはそれがどう拡大してゆくかの議論だ。混乱は周辺に染み出しやがて隣の戦乱と重なって大きく広がるというような世界である。
中国は当然敵国扱いされて怒っている。ロシアとの仲介役を期待する声もあったが仲介は難しくなったといえるだろう。つまり今回はウクライナを中に入れなかったことと中国を外に押し出したことで、問題解決を難しくしたと言って良い。
今回の首脳宣言には他にも興味深い箇所がある。スーダンの内戦がおさまっていない。おそらくこのままでは内戦が定着し東アフリカに「無政府状態の地域」が生まれることになりそうだ。ステートメントは「気候変動などの影響で問題が起きている」と指摘しているが具体的な対応策には乏しい。
オランダの政権交代について触れた時「移民問題くらいしか問題がない」と書いた。だがこれを逆に捉えている記事を見つけた。オランダのように政治的に安定している国にも移民問題の影響が出てきたのかという筋立てになっている。
気候変動などの影響でアフリカ情勢が悪化すると移民がヨーロッパに押し寄せてくる。これは中南米の移民の脅威を抱えるアメリカ合衆国も同じことである。つまり欧米は軍事同盟で域内の平和を守れる。つまり欧米は聖域化できる。だが周辺には不安定な地域がいくつもあり、その不安てな地域から人が押し寄せるかもしれない。そんな状況になっている。
欧米の選択は、軍事で壁を作りなおかつ国境にもフェンスを張り巡らせ「自分達の安全を確保する」というものである。今回の合意でウクライナは中に入れてもらえなかった。
東京事務所の設置延期から見ると実は日本も外側に置かれていることがわかる。台湾に至っては「国連システムの外」にあり軍事同盟が組めない。つまり、システム上は今最も危険な地域であると言って良い。
国連システムの外といえば主権国家が崩壊した地域もいくつかある。スーダンやエチオピアなど東アフリカにそのような塊がある。
憲法や軍隊(自衛隊)に関しては左右共にさまざまな意見があるだろうが、そろそろ現状認識をアップデートして議論の共通の素地を作った方がいい。
左派が期待する国連も右派が期待する日米同盟も既にそれほど盤石なものではなくなりつつある。