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鏡の国の経済政策

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ヨーロッパで面白い動きが出ている。中央銀行のマイナス金利が常態化しつつあるのだそうだ。経済が不安定化してデフレへの懸念が増す中で、先進国通貨建ての資産への人気が高まっている。人気が高まると民間投資が抑制され、通貨高になる。中央銀行はそれを嫌い金利をマイナスにしているのだそうだ。投資家たちは「手数料を払ってもよいからお金を借りてください、使ってください」と国に頼んでいることになる。今までの常識が反転する鏡の国の世界である。お金を使ってもらうのに支払いが必要という世界だ。
企業や個人に投資するよりも国にお金を貸し付けた方が安心だという認識があるのだろう。こうして金利は下がり続け、ついには0を割り込んでしまったのだ。
先進国の中央銀行は経済を減速させない為に通貨の供給量を増やし続けてきた。ところが発行したお金は必要な人たちのところには回らず、一部の人に滞留し、安定資産に向かう。オックスファム・アメリカの調査によると、1%の富裕層が世界の富の半分を抱えており、その額は年々増えているそうである。「1%の最富裕層、世界の富の50%余り保有へ-オックスファム」
投資の不振は日本でも起きている。ここ数年のアベノミクスで企業の儲けは随分増えたといわれているが、企業は儲けを投資に回さない。流通されずに死蔵されている通貨は単なる紙切れにしか過ぎない。実際には紙切れですらなく、電磁的に記録された記号のようなものだ。企業が蓄えている利益余剰金(内部留保)の総額は300兆円を越えるそうである。
日銀の当座預金にもお金が積み上がっており、日銀はそれに利息をつけている。その額は2015年3月時点で200兆円だ。いわば電磁的な記録の桁が増えているだけなのだが、それがどうしてインフレ期待を引き起こすことになるのかはよく分からない。
円高で国民の資産や給与はドルベースで40%減価した。その一方で企業と銀行は500兆円を越える金額を死蔵している。これは日本のGDP1年分に相当する。蓄積された富の量は増えた一方で、企業の投資は伸びず、給料も増えない。人々の消費意欲も縮小したままである。
本来、お金は使われない限り利益を生まないはずだが、デフレが予想される世界では現実世界に投資をしても損をするだけだ。だから企業は現金を保有する。利息はほとんどつかないが損をすることはないだろう。銀行も現実世界に投資するよりも日銀に預けた方が(わずか0.1%ほどの利息のようだが)儲けが出る。リスクを冒してベンチャー企業に投資するようなことは起こらないだろう。
企業は自己保身のために現金(もしくは債権かもしれないが)を貯め込む。給与や投資として市場にお金が回らないので、消費者も消費を控える。すると市場はますます縮小し、悲観的になった企業はますます利益を貯め込むようになる。政府は将来を悲観する企業の頼みを受け入れ、法人税ではなく消費税から税収を得ようとする。すると、消費はますます冷え込む。
まともに考えれば、通貨供給量を増やしてインフレを期待し、将来の税収アップを目指す政策はすでに破綻しているといえる。オックスファムの統計を見ても(あるいは見なくても)トリクルダウンが起こらないのは明白だ。
鏡の世界でも、投資や消費を活発にし、インフレを起す為に必要な政策はいくつもある、という識者もいる。Bloombergのウィリアム・ペスク氏は富を蓄積した企業に課税する方法を提案している。(Japan Needs to Think Different) いわゆる「内部留保」に課税し投資(これは給与支払いを含む)を促進するという政策だ。このアイディアは政府でも検討されているらしいが、政府は「さすがに社会主義的過ぎるだろう」と逡巡しているようだ。
ペスク氏は投資に回らない形で直接消費者にお金をばらまくという制度も提案している。日銀が資金提供者となるデビットカードを作って直接消費者にばらまくのだ。このカードは消費には使えるが、貯蓄はできない。1年経つと消えてしまうからだ。この提案は常識はずれで実現性が薄いように思えるが、形を変えて実現している。
政府の地域振興券は政府支出が原資になっていて、一定期間を過ぎると紙くずになる仕組みだった。政府はプレミアムを支払って「今すぐお金を使ってください」と国民に頼んだわけだ。国民はそれに熱狂し各地の引換所では長い列ができた。一部では奪い合いのような騒動も起こったようだ。
そう遠くない昔、政府は国民に「貯蓄をするように」と説得していた。預貯金は開発の資金になったからだ。ところが現在では政府は「お金をあげるから消費をしてください」とお願いしなければならない状態に追い込まれている。そればかりか税金を徴収するのではなく、政府が(正確には中央銀行だが)が国民にお金を払うべきなのではないかという議論さえ起こるようになったのだ。

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