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マイナ健康保険証において、なぜ経済産業省は顔認証システムに頑なにこだわるのか?

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マイナンバー健康保険証の問題について継続的に書いている。Quoraなどで話をすると意外と基本的なところがよくわからないという人が多いようだ。そこで今回は経済産業省主導の顔認証システムについて主にフォーカスした。

経産利権である「顔認証システム」を守ろうとすると国民負担が膨大なものになるということが理解していただけると思う。ただ、これは経済産業省が悪いというわけではなく、官僚主導で市場原理が働かないことによる弊害である。受け手に拒否する権利がないためにメーカーは品質についてあまり深く考えなくなる。その結果として粗悪品が出回ってしまうのである。

さらに今回はリーダーシップのない岸田総理と暴走機関車河野太郎大臣の他にもう一人登場人物が増える。それが「経済安保のドン」などと言われる甘利明氏だ。現在は麻生派に寄宿しており河野太郎氏とは同派閥ということになる。

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経済産業省が守りたかった顔認証利権

「暗証番号がないマイナカードを作る」という発表があった。電子キーとしては使えなくなるが顔認証システムは使われると聞いて「あれ、なぜ顔認証システムは残るのだろうか?」と考えた人も多かったのではないだろうか。おそらく政府に何らかの事情があり「電子キーを切り捨てても顔認証システムは残したい」と考えたのだろう。具体的には「顔認証や目視による本人確認を通じ、保険証としては利用できる。」と記事の下の方にこっそりと書いてあるので見逃したという人もいるかもしれない。

まず2022年10月の「「マイナンバーカード」関連株の中でも「顔認証付きカードリーダー」関連の6銘柄に注目! 健康保険証との一体化により、カードリーダー端末の普及が加速!」をご紹介しよう。

日本の顔認証システムは世界的に最先端と言われている。このため経済産業省はこの技術を育てたい。顔認証技術にはいくつかの分野がある。例えば歩いている人の顔の形を瞬時に識別する顔認証システムはNECの得意分野である。今回の「顔認証付きカードリーダー」は顔写真を符号化してカードリーダーにカギの一つとして組み入れようとする技術のことである。大手ではパナソニック、富士通、リコー、キャノンの名前が挙がっている。

河野太郎氏大臣の「健康保険証の廃止」宣言が騒ぎになる一方で喜んでいた人たちもいたのだ。

国家主導で競争がないことの弊害

政府が成長産業を作るのはもちろん悪いことではない。問題は進め方にある。国が「絶対この製品を買わなければならない」と宣言する。国民に拒否権はない。さらに言えば「松竹梅」のようなメニューもない。

二つのことが起こる。

  • 絶対に買わなければならないのだから競争が起こらない。市場原理が働けば単純なソリューションが普及するはずだ。例えばスマホ決済で最初に普及したのは読み取り機が安価なQRコード型だった。品質が悪ければ市場から淘汰されるのだからメーカーはそれでもきちんと品質保証をした。
  • 急激に需要が膨らむので、単純にメンテナンスする人が足りなくなる。

結果的に「国家詐欺」と言えるような品質の品物が出回っている。詐欺は誇張ではない。起訴機能である顔認証がまともにできない。

背景にある党派横断的な経済安保人脈の影と甘利明氏

菅政権下で甘利明氏を座長とする「自民党の推進本部」が将来の健康保険証の段階的な廃止を要望した。これが2020年11月のことだった。甘利明氏は「経済安全保障のドン」などと言われている。半導体などのハイテクからデジタルまで幅広い人脈を党派横断的に固めているとされる。産経新聞が「経済安保、デジタル…重要政策「甘利人事」くっきり」という記事をまとめている。甘利氏は前面に出ず従って責任も取らなくていい体制が構築されている。

プレ運用が始まったのは2021年3月4日だった。この時点で6割の導入を目標にしたが3割程度しか導入できなかった。原因は「補助金より見積が高くなる」ことだった。国家主導のプロジェクトに業界は大いに期待したのだろう。だがこの辺りから既に医療機関や医師会から不満が出ていた。とにかく高すぎるのである。スマホ決済の事例でいうと安いQRコード決済は導入が認められず、クレジットカードのフルセット一式を導入しろと言われているのと同じことだ。

「せっかく高いお金を出して機器を買ってもうちの患者さん高齢者が多いから使わないかもしれない」と医療機関が抵抗するようになる。さらにテスト運用でも不具合が発生する。このため本格導入が10月にずれ込んだ。

マイナンバーカードと保険証の連携は、今月4日から一部の医療機関や薬局で試験運用が始まった。ただ、2つをつなぐシステム上に患者の情報が正しく入力されていなかったことなどから、エラーが相次いでいる。

普及を焦った河野大臣が暴走を始める

ここで政権が変わる。2021年だった。河野太郎氏は総裁候補の名乗りを挙げたことで自民党の広報に回された。デジタル担当大臣になるのは2022年8月なのだそうだ。河野氏はチャンスと思ったことだろう。

紙の健康保険証を手放したくないなら国が取り上げてしまえ

2022年10月13に突然河野太郎デジタル大臣の口から「既存の健康保険証の廃止」の話が出てくる。また岸田総理が「保険証は廃止するがマイナ保険証がなくても受給できる仕組みを作る」と説明している。これが10月24日だった。

2023年3月末までにすべての医療機関はマイナ保険証システムを入れるべきと法律が変わっているのだが実は2022年12月時点での医療機関の機器導入普及率は4割程度だった。

このままでは政府・与党が鳴り物入りで始めた顔認証システム付きの医療機器が売れなくなってしまう。導入担当の河野さんはかなり焦ったのだろう。突然根回しのない発表をして世間を戸惑わせた。5月に発表された骨太の方針では「将来的には現行の健康保険証について「原則廃止を目指す」」だったが、10月の時点では河野太郎大臣が「押し切った」ことになっている。

次にペナルティを画策

河野太郎大臣は2023年の初頭に「資格確認証を有料にする」と言うペナルティを課すことを提案したが自民党から拒絶されてしまった。厚生労働大臣は「そんな議論は最初から存在しなかった」として有料案を一蹴した。

システムの導入費用を誰に負担させるのかについても二転三転している。当初は利用者に負担させるつもりだった。2022年4月の診療報酬改定でマイナ保険証に対応できるシステムを導入した病院や診療所に対して、通常の医療費に加えて、マイナ保険証関連の加算が付けられることになったと説明されている。ところがこれではマイナ保険証を持っている人のペナルティになってしまうと気がついた政府は逆に利用していない人からお金を取る制度に変えた。つまり資格確認証での受給者に罰を与える方針にしたのである。

経済産業省としても岸田総理としても河野大臣が悪者になってくれれば助かる。だがその裏で誰もやらなかったことがある。それが製品の品質保証とオペレーション品質の確保だ。

「どうせお客は拒否できない」のだから品質は二の次になる

おそらく当初経済産業省は海外で通用できるイメージング技術を日本でテスト運用できるプロジェクトを探していたのだろう。そのために選ばれたのが健康保険証なのだろう。海外の輸出を本プロジェクトとすると日本市場はβ(ベータ)テストということになる。

ところが岸田政権になると骨太の方針に加えられ「将来的な健康保険証の全面廃止」になった。だが牧島かれん大臣の元では遅々としてプロジェクトは進まない。そこで自民党広報に下がっていた河野大臣が起用される。この河野さんの暴走によって「全面廃止を2024年の秋までにやる」ということになった。河野太郎大臣が表に出ているが省庁横断的なプロジェクトなのだから河野さんが勝手にやっているとは考えにくい。

この顔認証システムが適切なものだったのかは疑問が残る。資格者番号照会をするのであればQRコード読み取り装置で構わない。おそらく松竹梅のように選べるならば簡単な仕組みから普及したであろう。

だが医療機関はスペックを選べず国が決めたものを導入するしかない。このために競争が起こらず価格が下がらない。価格が下がらないと医療機関は製品を導入しないのでセールスマンである国は法律を改正するなどしてどんどん強引なセールスを始める。このようにして顔認証システムを含むマイナカードプロジェクトは次第に「デスマーチ型炎上プロジェクト」に変わってゆく。

兆候は早い段階から出ていた。少なくとも2022年の年末ごろには問題が表面化している。どこに問題があるのかがよくわからない。OS、アプリとOSの相性、読み取り機(ハードウェア)、回線、オペレータの影響が考えられる。だが識者たちが盛ん声を上げても問題が特定されることはなかった。

現象も多岐にわたる。まず読み取りが難しいと言う問題がある。次に読み取った結果「該当者なし」で戻ってくる場合がある。最も深刻なケースは「別人なのに認証が通ってしまう」ケースである。これもオペミスなのかシステムの不具合なのかがわかっていないのだが、そもそも認証ができないのだから「詐欺」の類と言って良い。

東京、千葉、京都の各保険医協会から報告があった。21日に都内で会見した保団連幹部によると、千葉県のクリニックでは、カードリーダーの顔認証ができない状態が続き、休診日にスタッフの1人がマイナ保険証をセットし、別のスタッフが顔をカメラに向けると認証されたという。

複合型・炎上・デスマーチプロジェクトに昇格

最初にシグナルが出ている時点で問題を解決していればよかった。だが、状況は複合汚染の様相を呈し始め収拾がつかなくなる。

マイナポイントを使って紐付けを急ぎすぎた。もともと手作業が介在せざるを得ないというマイナカード独特の仕様の制約があり「紐付けエラー」と言う別の問題が発生している。さらに「回線がうまく結ばれていない」問題もあるようだ。回線はNTTグループが独占していると言われているのだが、枝葉になってしまうのでここでは取り上げない。通信は経済産業省ではなく総務省の「ナワバリ」だ。おそらくまた別のストーリーがあるのだろう。

問題を解決するためにはまずプロジェクトを解決可能な塊に分解しなければならない。だが、そのためにはまず立ち止まる必要がある。立ち止まらないとまた別の問題が立ち上がり収拾がつかなくなる。しかし政府はそれをやらず、「本丸」である顔認証システムを守るための「取引」が始まった。

最初に国民が異変を感じたのは暗証番号のいらないカードの導入だった。「なぜ政府は頑なに紙の保険証を嫌がるのか」と疑念を持った人も多いだろう。認知症対策という触れ込みだが頑なに「顔認証はやります」と説明している。だが総務大臣によれば「具体的には今から検討する」と言っている。顔認証システムありきで対策は走りながら考えるというわけだ。

この時にはすでに保険証の廃止が法律化されている。撤回には法律改正が必要で国会を開いた上で岸田総理が野党に陳謝しなければならなくなる。立憲民主党は今このシナリオを狙っているようである。

雪だるま式に膨らむコスト

コスト1:既存の健康保険証を廃止して新しい「紙の保険証」システムを作る

次に公明党が騒ぎ出したことで「プッシュ型で資格確認証を送付する」ということになった。だれかがマイナカードの発行状況を確認する必要があるが地方自治体には無理である。おそらくこれから制度を一から作り直すことになるだろう。この新しい仕組みは河野さんの突然の廃止宣言のフォローをした(つもりの)総理大臣の「第4の仕組みを作ります」答弁が元になっている。当然新しい仕組みの構築にはお金がかかる。

すでに鳴り物入りで医療機関に高い買い物をさせている。今更「顔認証システムをやめました」とは言えない。事実上マイナ健康保険証システムは破綻したと言っていいが、政府は「玉音放送」を出していない。ただ「玉音放送」が出ないと「国体」である顔認証システムの維持のために制度がどんどん複雑化することになるだろう。

コスト2:総点検の人件費

今、地方自治体が心配しているのが総点検費用の負担だ。少なくとも人件費がかかることがわかっていて地方自治体はそれを国に追わせようとしている。ただ健康保険組合はテストのたびに問い合わせをかけると10円が加算される。医療システムだけでなく通信でもお金をとって儲けようとしている。

コスト3:テストのためのサーバー利用料

コスト4:将来は機械を買い替え

ここまで負担が膨らんでも経済産業省とデジタル庁は大した罪悪感は感じていないようである。2026年中を視野に導入を目指す新しいマイナンバーカードは仕様が変わるために、医療機関は今までの投資を捨てて新しい機材を買い直す必要があるかもしれない。。医療機関としてはマイナンバーカードを新しくしてから導入を義務化してくれと言いたくなるだろう。

見えない岸田総理のリーダーシップ

繰り返しになるのだが、今回は単に報道されている内容をそのまま並べた。政権批判の意図はない。この政権をどうしたいかは読んだ人が決めればいい。

だがどうしても岸田総理のリーダーシップについてだけは一言確認をしたいと思う。

当初このプロジェクトは岸田総理のデジタル田園都市構想の一環として始められた。岸田総理は「2023年3月末までにほぼ全ての国民に行き渡らせることを目指す」という目標を掲げていたし、2022年10月の岸田総理の所信表明演説でも「概ね全ての国民への普及のための取組を加速する」としていた。だが2023年の施政方針演説では「運転免許証を超えた」とはいうものの「概ね全ての国民への普及」については触れられなくなったという。

プロジェクトが暴走を始め岸田総理はプロジェクトから距離を置き始める。だがこれは「私自身」の内閣の問題なのだから岸田さんが最終責任を負わなければならないはずだ。

国会が終わってから秋にも内閣改造をやるのではないかと言われているが、読売新聞は早くも「河野さんの処遇が問題になる」といっている。さらに、総点検本部の本部長を河野さんに押し付け「とにかく早く結果を出すように」とだけ指示している。

岸田総理の役割はおそらく自分の出口を模索することではなく「ブレーキ役」になることだろう。

現在の仕組みは暴走機関車のようなものである。現場の悲鳴はレールの軋みだ。この音を聞いて冷静にブレーキを引けるのは運転手である総理大臣だけなのだ。だが、岸田さんは運転台からこっそりと降りようとしているように思えてならない。

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