NATOは11〜12日にリトアニアのビリニュスで首脳会議を開く。この首脳会談を前にアメリカが「ウクライナ処理」をどう考えているのかがうっすらと見えてきた。ある程度の膠着状態を作った上でロシアに介入し抑え込む装置にしたいようだ。問題は当事者のウクライナがこれに不安を感じている点とヨーロッパから反発が出始めているという点である。アメリカ合衆国としては伝統的な国益維持の手法だが、進め方によっては周辺国から表立った反発があるかもしれない。
なお具体的に戦争が始まっているわけではないのだから「戦後処理」という表現には問題があるのかもしれない。
バイデン大統領がなぜか「ウクライナはNATOに入る準備ができていない」と強調している。また、ウクライナのNATO入りに対してコンセンサスはないともいっており慎重な姿勢を崩さない。「相手の準備ができていない」とか「みんながそう言っているわけではない」という言い訳は「自分が反対している」という時に多用されるのだから、アメリカ合衆国が反対しているのだろう。
少なくともアメリカに「巻き込まれ不安」があることはわかる。アメリカは好きな時に介入し好きな時に離脱できるようなモデルを狙っている。だが、細かな狙いや思惑についてはよくわからないところが多い。
なぜかNHKの英語版が「アメリカはイスラエルモデルの戦後処理を望んでいる」と書いている。仮にこれが本当だとするとこれまで推進してきた多国協調型のモデルを放棄しトランプ型の単独モデルに回帰したことになるのだが他に記事を見つけることができなかった。
ある程度の膠着状態を作りロシアを抑え込むツールにしたいのだと考えると色々説明できることは多い。CIA長官が「秋までにクリミア半島の境界まで行った上で交渉に入りたい」とゼレンスキー大統領の「見通し」をリークしていた。問題解決ではなく交渉が重要だとすれば、交渉は長引けば長引く方がいい。問題が解決するとロシアを経済制裁する根拠が失われる。
また決定的な兵器の供給は遅れている。代わりにアメリカが提案しているのは国際的な批判が多いクラスター弾の供与だ。状況を膠着させ戦闘を長引かせることができる。悪い言い方をすれば泥沼化を狙っている。アメリカ合衆国は「普通の砲弾がなくなりかけておりつなぎとしてクラスター弾を送る」と説明しているが、狙いは別のところにあるかもしれない。
朝鮮半島処理を見ればわかるようにこれはアメリカの伝統的な国際戦略である。継続的な緊張状態を作ればそこに介入する口実が生まれるとアメリカは考える。国際協調ではなく単独で契約を結んで有利に交渉を進めるというやり方もアメリカの国益には叶っている。
問題はそれを他国が認めるかである。
ゼンレンスキー大統領はかなり焦っているようだ。トルコに接近している。トルコはウクライナのNATO加盟を支持した。
またゼレンスキー大統領はクリミア半島の不可分性についてもエルドアン大統領に説明をしたようである。CIA長官の「リーク」はかなりゼレンスキー大統領を刺激したようだ。交渉を有利にするためにはギリギリまでゼレンスキー大統領はお芝居を続けるしかないという見方もあるのだが、仮にお芝居であればここまでしつこく自己主張はしないのではないだろうか。
武器の供与を渋る西側の大国に対して不信感を募らせているのは間違いない。かといって支援を打ち切られるのは困る。反転攻勢はあまりうまく行っているとは言えずかなり厳しい状況に陥っている。供与の遅れは「大型兵器」なのだから大手支援国の狙いは明白だ。ゼレンスキー大統領は自国が置かれた状況にすでに気がついているだろう。
エルドアン大統領はNATOの中の「隠れプーチンシンパ」などと言われることもある。NATO拡大には反対を表明しても良さそうだ。だが「どうせアメリカが反対するだろう」という見込みがあれば賛成しやすい。ヨーロッパには恩を売ることができるし、ロシアには「どうせアメリカが反対する」といっておけばいい。エルドアン大統領はスウェーデンのNATO入りについてはまだ態度を決めていない。交渉は週明けになりそうだ。
フランスはわかりやすく2つの動きを打ち出した。まずウクライナのNATO加盟には支持を表明した。巻き込まれ不安があり長い間慎重な姿勢だったたのでアメリカの抵抗で実現しないだろうという見込みがあるのかもしれない。さらに東京オフィスへの反対も再び強調して見せた。アメリカが対中国のためにNATOを転用することを恐れている。国内向けに「フランスはヨーロッパの安定を第一に考えている」と説明しやすい政策セットである。
イギリスはクラスター弾の提供に反対するようである。
- クラスター弾供与に反対 英首相(時事)
バイデン大統領が共和党に配慮して「転向」したのかあるいは従来からウクライナを単なるツールとして見ていたのかはわからない。またトルコやフランスといった国が本気でウクライナをNATOに迎えようとしているのかもよくわからない。
だが一つ言えることはバイデン大統領が「ウクライナはNATOには入れない」と主張すればするほど他の国はアメリカを悪役にして「ヨーロッパの安全を守るためにはEU/NATOの結束が重要だ」といえるという点だろう。非倫理的な武器の供与を決め単独主義に走るアメリカ合衆国の国際的な地位は低下するのかもしれないがバイデン政権にそこまで配慮する余裕はなさそうだ。
アメリカ合衆国は、どうにかしてこの対立をプーチン大統領の特別軍事作戦以前の「管理可能な」対立に戻したいようだ。だがそもそもロシアを潜在的な脅威として煽りつつ手は出さないという手法が「管理可能だった」のかはよくわからない。おそらくヨーロッパはそれよりも確実な体制を求めているのではないかと思う。ヨーロッパがNATO首脳会談においてどのような提案をするのかにも注目したい。
さらに今回の動きを中国に当てはめると「台湾有事」は揺れ続けているからこそ意味があるということになる。アメリカ合衆国は台湾を助けるつもりはなく台湾は単に中国を牽制する「道具にすぎない」ということである。いうまでもないが優先されているのは日本の保護や地域の安全ではなくアメリカの国益だ。つまり今NATOが抱えている潜在的なジレンマ(アメリカを巻き込みつつも地域の安全保障の優先順位を上げる)を日本単独で経験することになるのかもしれない。
いずれにせよ、日米同盟の根幹に関わるような疑念を日本のテレビ局が流すことはないだろう。あくまでも民主主義を守るためにアメリカが日本に助力しているという図式は堅持しなければならない。
その意味でNHKの英語版がこっそり「イスラエル型安全保障モデル」について触れているのは面白いと感じた。あくまでもCNNの引用だが国際政治をやっている部局の人はこれを抜き出したいなんらかの動機があったということになる。あれこれ想像してみるのは楽しいが「正解」は導き出せそうにない。