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「ウクライナは秋頃までにロシアと和平交渉に入るのではないか」との報道は泡のようにしぼんだ

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このニュースを最初に知ったのはTBSニュースの短い一文だった。疑い深い性格のため「アメリカが落とし所を探しているのでは?」などと思ったのだが、こういう思い込みは失敗するなと考えてしばらく待つことにした。次にこのニュースを知ったのは産経新聞の記事によってだった。報道はすでに否定されていた。

この間に一体何があったのか。ざっくりと調べてみた。

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TBSのニュースでは「ウクライナは秋頃までにクリミア半島との境界まで前進し和平交渉を始める準備がある」としていた。つまりクリミア半島を奪還しないで停戦する準備があるという含みになる。時期は「秋頃に」だそうだ。

産経新聞も同じことを書いているが、既に「ゼレンスキー大統領がこれを否定した」という文脈で伝えられている。

これに先立ち、米紙ワシントン・ポスト(電子版)は6月30日、ウクライナ側が同月にキーウを極秘訪問したバーンズ米中央情報局(CIA)長官に対し、反攻作戦で秋までに相当の領土を奪還し、クリミアを攻撃射程圏内に収めた上で年内にも対露交渉を始める計画を伝えたと報じていた。

ゼレンスキー大統領は「中途半端な」停戦をやるつもりはなく、あくまでも「ロシアの実効支配下にある南部クリミア半島を含む自国本来の領土を回復した後にのみ可能だとする認識を示した」ということになっている。

そもそもワシントンポストには何が書いてあったのか。

  • ワシントンポストは「CIAの長官は定期的にウクライナの高官と会っている」と書いている。
  • だがプリゴジン氏の反乱には一切関わっていないとバーンズ氏は主張する。
  • 今回の提案はウクライナ側からの「野心的な提案」だったということを強調する。つまりアメリカが主導してウクライナにやらせているわけではないということだ。
  • ゼレンスキー大統領はアメリカ合衆国の強力な軍事支援と「戦後の安全保障の枠組み」を強く要求している。

予断なく読むと次のように読める。

戦線をウクライナ有利に維持しするためにアメリカはもっと強力にウクライナを支援すべきだ。仮に支援があればウクライナは秋までにロシアと交渉を始めることができる。つまり軍事支援には意味があり終わりも見えているがここで支援をやめては元も子もなくなる。さらに「終わり」が見えているのだからアメリカはウクライナの戦後の安全保障についても強くコミットすべきである。それはNATO/EU体制への早期加盟だ。

予断を持ってこのニュースを語る人は「所詮バイデン政権の宣伝だろう」という。バイデン政権は既にウクライナに対する5億ドル(約720億円)規模の追加の軍事支援を発表している。支援をした以上「成果」を求めるのは当たり前だ。バイデン政権には説明責任がある。だが実際にはウクライナはアメリカの有権者を満足させるような成果は出せていない。これではウクライナの支援に消極的な共和党に有利になってしまう。

細かいところはわからないことが多いが、バイデン政権が「ほど良きところ」で事態を終息させたがっていることは確かだろう。ただしゼレンスキー大統領は「クリミアを諦めるつもりはない」とCNNのインタビューで強調しているそうだ。CIA長官はおそらく「クリミアは無理だろう」と考えておりゼレンスキー大統領と意見が違っている。そしてバーンズ長官はゼレンスキー大統領を説得できていない。

CIA長官のバーンズ氏はもともと在ロ米国大使だった人なのだそうだ。このためウクライナの支援よりもロシアの体制転覆の方に興味があるのだろう。盛んに「ロシアが弱体化している」との発言を繰り返す。BBCは20年間プーチン大統領についてみてきたがよくわからないという意味のことも書いている。

こうした事情があるためワシントンポストの記事にはかなり不自然な位置に「自分はプリゴジンの反乱は知らなかった」という情報が差し込まれている。

アメリカの関心がウクライナの支援よりロシアの体制の弱体化にあることは明白だ。だがアメリカの外交は意外と強かである。野心は仄めかしつつも外交上は決してそれを認めないという使い分けをしている。

ただ、その強かさがどこまで保てるのかという点には問題もある。

バイデン大統領がヨーロッパを歴訪することになっている。リトアニアで開かれるNATOの首脳会談に参加するためである。東欧(ポーランドやバルト三国)はウクライナを早期にNATOに組み入れるべきだと考えているが西ヨーロッパとアメリカ合衆国はこの考えに比較的冷淡な態度をとり続けている。

プリゴジンの乱でプーチン体制は弱体化しているぞ!というのは簡単なのだが、NATOはこの単純なメッセージでは満足しないかもしれない。

東ヨーロッパにはプーチン大統領やルカシェンコ大統領に焦りを募らせている国が多い。当然これらの国は「ウクライナの早期NATO加盟」を望むだろう。トルコはフィンランド加盟を認めるつもりはなく、ハンガリーのように親プーチンの国もある。外交的にこれをどう抑えるかが重要なのだがバイデン大統領の発言はやや不規則なものになっている。

スウェーデンではコーランに火がつけられるという事件が発生した。おそらくトルコはさらに態度を硬化させるだろう。

さらにハンガリーの首相は親プーチン色を鮮明にし始めあからさまにプーチン体制を支援している。スウェーデンのNATO加盟についても批准しない考えなのだそうだ。

さらにバイデン大統領は内政上で最高裁判所との文化戦争というもう一つの戦争を戦っている。

発言が不規則化するバイデン大統領を抑えるのが周りのスタッフの役割である。ブリンケン国務長やイエレン財務長官は非常に苦労しつつも懸命にこの問題に取り組んでいる。だが今回のCIAのバーンズ長官の発言を見るとどうやら「そうでない人」もいるようである。

仮に事態が不安定化すれば周囲に不安が拡散する。バイデン大統領やCIA長官はロシアの体制が不安定化すれば民主主義陣営が勝つという単純な図式で世界を見ているようだが実際にはワグネルがベラルーシに染み出して、それがポーランドなどを不安にさせ「核共有を求める」というような「戦争の浸潤」も起き始めている。

この手の話は日本のテレビや新聞ではあまり語られなくなった。

東西冷戦の図式で事態を捉える人が多いため「もはや理解不能だ」という人が多いのだろう。さらに、専制主義との戦いの上に「防衛増税」の議論が載っている。マイナンバーのような炎上が起きればおそらく防衛増税議論は頓挫してしまうだろう。マスコミが主導して炎上を起こすわけにはいかない。

テレビや新聞はあまり伝えないだろうが、次の注目点はアメリカがどの程度NATOをまとめることができるのかあるいはわかりやすい造反が出るのかという点になりそうだ。

ロシアのウクライナ侵攻は明確な国際秩序への挑戦であり、ウクライナの犠牲者が出続けることはあってはならない。だが実際には終息の糸口はまだ見えていないようだ。

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