パリ郊外の警察官が交通検問を無視した少年(ナエル・M)を殺害した。この時点では「ああまたか」と思った。アメリカではこの手の事件が頻発しているためなんとなく慣れてしまっている。しかしあれよあれよという間に暴動へと発展しフランス全土に広がっていった。外国のメディアは「背景にあるのは深刻な人種差別問題」だと断定する。だがフランス国内のメディアを見るとその原因はかなり複雑なようだ。フランスは問題を扱いかねているように思える。
パリ近郊のナンテールで停止信号を無視した一人の少年が警察に射殺された。当初警察は少年が向かってきたから撃ったなどと言っていたのだが、ソーシャルメディアで警察の主張と違ったフッテージが出てきたため騒ぎになった。フランス政府は冷静な対応を呼びかけているが騒ぎは広がり続けている。
大体ここまでが一般に伝わっている内容である。
少年が殺されたナンテール地区で抗議運動が起こる理由はわかる。当初警察側は「ナエルさんが向かってきたから撃った」と説明していた。だが後にそれとは異なる映像がSNS上に投稿されている。警察はおそらく保身のために嘘をついたのだろう。ただ、フランスの他の地域に拡大する理由がわからない。アミアン、トゥールーズ、リヨンでも抗議行動が起きている。実はAFPは「肌の色」を無視した報道をしている。背景は人種問題なのだ。
イギリスのBBCは最初から「殺された少年はフランスアルジェリア系」であると伝えた上で「警察の銃撃事件の犠牲者になるのは主に黒人とアラブ系だ」と言っている。アルジェリア系は外見が違うため社会に溶け込むのも難しい。ロイターも「容疑者は北アフリカ系」と書いている。つまり背景にあるのは人種差別だと指摘する。
アルジャジーラは事件の背景を次のように説明する。17才のナエル・Mには完全な運転免許資格がなかった。17才では免許証は取れないようだ。ナエル・Mは以前にも停止命令に従わなかったことがあると知られていた。フランスの報道がこれを「殺された側にも落ち度がある」と指摘すれば人種差別であると言われかねないがアラブ系メディアのアルジャジーラはこの辺りは冷静に伝えている。
少し古い記事になるが、NHKがアラブ系移民の実態についてまとめている。情報は2019年当時のものだ。移民がフランスの人口に占める割合は9%程度である。なかにはアルジェリア、モロッコなどの旧フランス植民地からの移民が多い。フランスには570万人のイスラム教徒がいると言われている。EU加盟国の中では最大の人口規模なのだそうだ。
フランスは世俗主義(ライシテ)を取り政教分離を謳っている。だが世俗主義はキリスト教の伝統や常識が元になっているためイスラム教徒の間には潜在的な不満がある。アルジャジーラも指摘しているが2005年に北アフリカ出身の移民の少年が警察に追われ変電所に逃げ込んだ事件があった。変電所で少年たちは感電死してしまう。結果フランス各地で暴動が起きたそうだ。アルジャジーラも今回の件が2005年の再来になるのではないかと懸念している。
また2022年末のワールドカップではモロッコチームが躍進しフランス各地やベルギーのブリュッセルで暴動が発生した。日頃押さえつけられている民族意識がアラブ系チームの躍進によって解放された結果だ。
フランスの多様性推進は日本のリベラルのお手本だと考えられることが多い。だが、フランス政府はバランスを取るのに大変苦労している。このことは知っておいても良いだろう。さらにメディアもなかなか「背景に人種差別がある」ということを認められない。どちらにもそれぞれの言い分があるからだ。
AFPはナエル・Mの母親の「息子はアラブ系の顔だから殺された」という主張でようやく人種について触れた。ここでは「無免許運転だった」ことも触れられている。
ではなぜフランスのメディアは単純に「人種差別が背景にある」と認められないのだろうか。単に自分達の過ちを直視できないのか。どうもそうではないようだ。France 24の英語の記事を見てみよう。
2022年に検問破りで13人が亡くなっている。警察は危険運転が増えているから事故が増えたと説明しているがどうやら理由は「安全保障法」にあるようだ。この法律はパリ同時テロとそれに続く非常事態宣言の後にできた措置を恒久化したものである。2015年に起きたテロでは130名がなくなっている。
この法律は銃器の使用を拡大する一方で正当防衛に厳格な基準を設定している。つまり警察は二律背反(アンビバレント)な状態に置かれている。結果的に警察の暴力的な措置も増えており国連から批判されているそうだ。
「移民が増えて伝統的(つまりキリスト教的な)フランスの価値観が揺らぐ」ことに対する恐れがありそれが「対テロ戦争」という形で正当化されている。フランスの警察にはもともと人種差別感情やイスラム教徒に対する差別感情がありそれが助長される。さまざまなものが混じり合い問題を複雑なものにしている。
多くの資本主義国には経済競争があり勝者と敗者が存在する。だが通常は敗者の存在が巧みに隠されている。だがフランスの場合はこれが「人種」によって顕在化しているようだ。移民たちは「自分達は不当に搾取されているのではないか」とうっすらとした不満を募らせてゆくがヨーロッパ系の人たちはイスラム系の移民が社会を破壊してしまうのではないかと恐れている。この分断が時々このようにして顔を出す。
暴動は今も広がり続けている。記事によって拘束者の数は違うのだが、最新の記事によると875名が拘束されたそうだ。
この問題は次の大統領選挙にじわじわと影響を及ぼすかもしれない。2022年の大統領選挙ではマクロン氏が得票率58.55%、極右「国民連合」の下院議員マリーヌ・ルペン氏(53)が同41.45%だった。北アフリカ系の人たちの暴動が広がれば広がるほど「やはりフランスはフランス第一主義で行くべきなのではないか?」と考える人が増えるはずである。
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