ざっくり解説 時々深掘り

インストラクションの構造

カテゴリー:

インストラクションとは

インストラクションは、ゴール、手順、エラー指示から成り立つ

行動の指針を与えることをインストラクションという。例えば「自転車の乗り方」「卵料理の作り方」はインストラクションだ。『それは情報ではない』では、インストラクションは、ゴール(目的)、手順(目的に至る方法)、エラー指示(間違えた時の情報)を含む。
「ニュース」・「ファッション雑誌」も広い意味のインストラクションに含めることができる。たとえば「洗顔石けんを使うとお肌がつるつるになる」という広告では「お肌をつるつるにする」ためには「この石鹸を使え」というのがインストラクションだ。つまりマーケティングメッセージはインストラクションなのである。
しかし人は合理的な情報だけを頼りに行動しているわけではない。敵を発見した猿は警戒音を出す。すると他の猿たちは取りあえず逃げる。こうした情報を「アンビエント」と呼ぼう。インストラクションとアンビエントの違いは、インストラクションが合理的に行動を支援するのに対して、アンビエントは合理性を欠いているところだ。例えば、ジャーナリズムはインストラクションになり得るが、闇雲に危機をあおり立てるアンビエントにもなり得る。アンビエントは合理的な手順を与えないので、人々を不安に陥れることがある。情報が多過ぎると、人は合理的な判断ができなくなる。だからインストラクションをアンビエントとして捉えてしまうかもしれない。

優れたインストラクションとは

受け手のレベルを考慮した情報提供をしよう

優れたインストラクションは、受け手のレベルにあった情報を提供する。例えば、初心者は具体的で明確なインストラクションを求めるが、状況が変わったときに応用が難しい。「右にコンビニが見えたら曲がってください」という指示は具体的で分かりやすい、しかし、コンビニがなくなれば意味をなさなくなる。学習が進むと、頭の中に物事の因果関係をまとめた地図ができる。初心者は地図が白紙のような状態にあるので、関係のある手がかりを具体的に与える必要がある。しかし、地図が作られている人にとっては具体的過ぎる地図は煩雑なだけだろう。つまり、インストラクションを書く時には、受け手がどういう状態にあるのかをできるだけ特定する必要がある。

合理的でないインストラクションも考慮しよう

学習者が持っている地図は必ずしも合理的に形成されない。テレビCMで理想的な体型の美男美女がジーンズ着用しているのを見たとする。そのジーンズを着ても美男美女になれるわけではないのだが、見た人は「なんとなくそれを着るときれいになれそうな」気がする。テレビコマーシャルの多くはこうした連想手法を採用している。こうした可能性も排除せず考慮しよう。

インストラクションを並べてカリキュラムを作る

インストラクションを並べる体系を考えよう

個別の地図を作るだけでは、インストラクションとしては不十分だ。たとえば、水泳のインストラクションは難易度順に並べられている。人はインストラクションを通じて簡単な目標を達成すると、そのことに喜びを感じる。これが次の学習の動機になるだろう。優れたインストラクションは学習の動機が継続するように組み立てられている方がよい。逆に最初から難しい課題を与えると学習者はそこに到達する前に諦めてしまうだろう。学習過程を組み立てたものをカリキュラムと呼ぶ。カリキュラムは学習者の習熟に応じて組み立てられている必要がある。課題が単純すぎれば人は退屈するだろうし、難しすぎれば諦めてやめてしまうだろう。よいインストラクションは、学習者の状況、習熟度、好み、適性などに応じて注意深く組み立てられている。

インストラクションのモジュール化

学習者が一人の場合、その人に相応しいカリキュラムを作るのはそう難しいことではない。しかし学習者が1,000人いたら、それぞれの人に合ったカリキュラムを作る作業はより複雑になるだろう。現実的な対応策は学習プロセスを標準化することだ。公立小中学校は「学習指導要領」を作ってカリキュラムを標準kしている。
もう一つのやり方は学習目標を、ある目的に沿って細分化するやり方だ。たとえば「旅行で不自由しない程度の英語」とか「1年同じ卵料理を食べなくてすむ朝食の作り方」という具合にカリキュラムが組める。目的を設定すると、その目標を達成するために必要な道具立てが決まる。こうしたまとまりをバンドル(束)と呼ぶ事にする。
たとえば革細工を作る「男の革小物入門」という架空のインストラクションを見よう。このやり方は地図の作り方に似ている。最初に目的地を教え、地図を提示して、実際に歩いてもらうのだ。

  • イントロダクション:革は昔から工芸に使われていた。革細工のやり方を覚えると、市販されている高価なアクセサリーと同じようなものも案外簡単に作る事ができる。また、世界に一つだけしかないオリジナルのデザインも簡単に作ることができる。イントロダクションでは学習のゴールが設定される。
  • 概要:革にはいくつかの種類があり、使い分けられている。また、革には塗装が施されている。革の部分によって繊維の伸びやすさが違い…。こうして学習者の頭の中に最初の地図を作る。
  • ツールボックス:まず最初に習得すべきは、革を切る、編む、穴をあける、革を張り合わせる、縫うという動作だ。これを覚えたら、ボタンやスタッズを付けるという作業を覚える。このために必要な道具は…。さらに、学習者が地図を持って歩く方法を教える。

いよいよ地図を片手に歩いてみる。革細工の本は簡単なプロジェクトを提案する。

  • まず、革に慣れるために、携帯ストラップを作ってみよう。携帯ストラップを作るために必要な技能は…。

もちろん全ての人が革のストラップを作りたいと考えているわけではないだろうが、ストラップ用の革ひもは入手しやすいし、必要な技術も少ない。だから、学習者は簡単にストラップを作る事ができる。一回散歩の楽しさを覚えたら次の挑戦は小さなポシェット作りだ。ポシェットは縫い込みの作業が必要なのだが、ボタンを付ける必要はない。ポシェットプロジェクトで学習者は革の側面を磨いたり、縫いひもをロウ引きしたりという基本的な作業を覚える。
こうしていくつかのプロジェクトを通して、学習者は当初の目的である革小物の作り方を覚えて行く。ここに業務用革カッターやミシンを使った作業が出て来たらどうなるだろうか。学習者は学習を継続できず、それ以上の学習を中断してしまうだろう。このようにバンドルは必要なツールボックスを定義するのだが、同時にツールボックスがバンドルを拘束する。だからこの本を読んでも革細工職人として生計を立てて行くことはできない。一方で全ての人がプロの革細工職人になりたいと思っていないのも確かだ。

インストラクションの課題1:サポートシステム

エラー処理は難しい

革小物の作り方は「完全インストラクション」だ。目標と道具立てが明確に結びついている。そして各カリキュラムで実行しなければならない行動も明確に理解できる。これはインストラクションの設計者が地図をつくりながら散歩コースそのものをデザインしているからだ。しかし、いずれ2つの問題が起こるだろう。本に書いてあるプロジェクトを全部こなしてしまって、何か新しいものをつくってみたくなるかもしれないし、問題にぶち当たるかもしれない。
新しいものを作ってみたい人は次のバンドルを探せばいい。しかし、サポートシステムは「想定外」の動作なので標準化が難しい。何が分からないかは学習者によって異なるということは、インストラクションの設計者が地図を持っていないということだ。ある人はツールの使い方に問題があるのかもしれない。またある人は地図が作られていないかもしれない。またある人はバンドルにない作業をやろうとしているのかもしれない。さらにインストラクションを誤解したまま学習してしまった人もいるだろう。エラー処理を定義するのは難しく、個別に覚えて行くしかないのである。
最初に行なうべきことは、想定外の行動をより多く集めることだ。それをまとめて情報として提供する。こうした情報は必ずしも体系化されていないのだから、いくつかの手法で検索用のインデックスを作るか、人力で必要な情報を探してやる必要がある。人によって検索用語が異なっているかもしれない。

インストラクションの課題2:不完全インストラクション

学習環境を全て定義できないこともある。

たとえば、ニュース番組は人々に行動の指針を与えるために提供されている。しかしながら、バリエーションが豊富に提供されると、もともと発信者が持っている地図と受信者が持っている地図がずれてくる。場合によっては受信者はまったく地図を持っていない場合があるのだが、発信者はそれに気がつかない。また受信者はどこで地図を得てよいかが分からない。地図がないのに、散歩コースばかりが提案されるのが「不完全インストラクション」だ。この問題の原因はニュースの発信者がニュース全体のデザインを担っていない事だ。どういう情報を持っていれば、新聞が理解できるのか、つまりどういうツールボックスが必要な情報バンドルなのかをニュースは定義していない。不完全インストラクションは、インストラクションの担い手がすべての情報を管理できないとき起こりやすい。不完全インストラクションの担い手は、受け手が持っている地図や目的地を確認しつつ、できうる限り明確なインストラクションシステムを再構成する必要がある。


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です