お昼に「自衛官が札幌の射撃場から小銃を持っていなくなった」という速報が出た。しばらくして「単に迷子になっただけだ」ということになったのだが、どうもおかしなことが多い。事前の騒ぎと「単に迷子だった」という結論が乖離している。背景にあるのはうっすらとした自衛隊に対する疑念だろう。単に国民が自衛官に疑念を持っているだけならいいのだが、あるいは自衛隊が自衛官に対して疑念を持っているということなのかもしれない。
報道が少ないこともあり、おそらく明快な結論が出るわけでもないのだろうが違和感をできるだけ言語化してみた。
ニュースそのものを知らない人も多いかもしれない。全国紙レベルではこのような扱いになっている。「見つかってよかったね」というような書き方だ。
だが、このニュースは速報の入り方が変だった。お昼のTBSのニュースの終わり頃に「自衛隊から小銃を持った人がいなくなった」という速報が入った。銃弾は持っていないが「小銃に弾が入っていないかどうかはわからない」という。ほどなくして「どうやら見つかったという情報がある」という速報が入りニュースの時間は終わった。次のワイドショーではこの話題は扱われなかった。誰ががギリギリに「差し込んだ」のだろう。
記事を調べたところ「警察が近所の小中学校に注意を呼びかけていた」という。つまり「誰かが」岐阜で起きた候補生銃乱射事件を想起したことになる。ただ、この疑念を持った人が誰なのかが不明だ。後になって記事を調べると伝言ゲームになっている。
- まず自衛官が失踪する。後になって迷子になったことがわかっている。
- 念のために自得体は北海道警に伝える。
- 北海道警は幼稚園や小中高等学校に注意を呼びかける。
- おそらくこれが保護者経由で地元マスコミに伝わる。
- それが何らかのルートで在京キー局に伝わる。
自衛隊が道警に伝えた理由はわかる。近隣には公園やゴルフ場などがある。ひょっこり小銃を持った自衛官が近隣のゴルフコースに現れたりしたら大騒ぎになる。
また「迷子になった」理由も説明できる。レンジャー訓練だったそうだ。GPSなど持たせていないのか?と思ったのだが、自分の居場所が容易にわかるようでは「訓練にならない」という理由付けなのかもしれない。ただマネジメント側だけが読めるGPS発進装置をつけるという工夫はできたのかもしれない。
どうやらレンジャー訓練生は西岡地区の射撃場で迷い隣の有明地区に迷い込んでいたようだ。真駒内では「クマが出没した」というニュースが出ている。範囲としてはそれほど広くないが迷える程度には広かったのかもしれない。疲労困憊していたということでかなり焦ったのだろう。もちろん故意に失踪したという可能性はあるがここでは触れないでおく。確たる証拠はない。
「疲労困憊」自衛官 レンジャーになる訓練中に自動小銃持ち一時行方不明 北海道大演習場西岡地区
問題はおそらく「伝言ゲーム」なのだろう。
夜中に行方不明になり訓練を中止し750人体制で捜索していたそうだ。この時に念の為にということで道警察に連絡がゆく。ちょうど訓練生が指導員を打ち殺し「射場の外に出ようとした」という事件の記憶がある。自衛隊に聞いたところ「銃弾はきちんと管理されている」とはいうが「小銃の中に銃弾がないかどうかはわからない」と曖昧だ。念の為に道内の幼稚園と小中高校に注意するように連絡が回る。ただ「何を注意すべき」とされていたのかはわからない。
ポイントになるのは警察と自衛隊のどちらが「不測の事態」を予想したかである。学校に注意を呼びかけているということは道警が疑念を持っていたことは明らかだ。仮に自衛隊が「不測の事態もあり得る」と考えていたとすれば自分達が管理している自衛隊員に対して疑念を持っていたことになる。この辺りについてはまったく追加取材がない。単に「見つかってよかったね」という話になっている。
いずれにせよ「伝言ゲーム」の先にいた保護者は騒然となったはずであるがこれについても追加取材はない。「見つかってよかったね」で終わりになっている。
情報が入っている以上全国ニュースでも流さないわけには行かない。そこで中途半端な情報が流れ「もしかして岐阜の事件と同じようなことが起きたのでは?」という類推が働いた。ネットでニュースを調べられる人はいいのだろうが、そうでない人は「それであれからどうなったの?」ということになってしまう。TBSの時間表記は11時56分で「学校に注意を呼びかけている」となっているが実際にはすでにこの時間までには見つかっていた可能性が高い。
【速報】男性自衛官が小銃を持ったまま行方不明 北海道・札幌市
仮に自衛隊に事故広報機能があればここまで大きな騒ぎにはなっていなかっただろう。自衛隊は憲法枠外の存在なので「一切問題を起こしてはいけない」ことになっている。憲法に規定がないため問題が起こらない前提で運営されている。このため問題に対処する広報が置けないのだ。仮に広報があればお昼の時点で「もう見つかっているから安心してよい」と記者に答えることができたはずだ。
よく考えてみると宮古島近海のヘリコプター墜落事件もまだ納得がゆくまとまった説明がない。岐阜の射場乱射事件についても雨垂れ式に容疑者の特定少年の情報がでてくるだけであり訓練体制にどんな問題があったのかが伝わってこない。今回の「事象」もまた然りだ。自衛隊が故意に隠しているとは思わないのだが「問題に対処し伝える機能を作る」という発想がないのだろう。
仮に自衛隊が日本の防衛にとって必要不可欠だというのなら、どのような存在なのかを早急に位置付けた上で「何かあった時にどう対処するか」を検討すべきだろう。
付け加えていうならば「これまで迷子事案は起きていなかったのか?」という点にも疑問はある。レンジャー訓練で迷子事案がなかったから「ゲームオーバーになった時にゲームマスター側から探せるようにしておこう」という発想がなかったのではないかと思う。
レンジャー隊員は自衛隊の8%で一目置かれる存在なのだそうだ。精鋭なので事故は起こらないという想定なのだろうが、これは宮古島近海で墜落したヘリコプターも同じことだ。まさか幹部を乗せたヘリコプターが墜落するとは誰も思っていなかったのではないか。
命令には逆らえず返事はすべて「レンジャー!」 陸上自衛隊の精鋭“レンジャー隊員”とは
確かに精鋭なのかもしれないが「ロストしたら一晩かけて750人体制で探す」というのはいかにも効率が悪すぎる。これでは実戦対応などできないはずだ。予期不能な状況が続く実戦において全く間違えないし事故も起こさない兵士などいない。
これまで自衛隊は「決して問題が起きない」前提で運営されてきた。だがおそらくそれはもう無理なのではないだろうか。仮に実戦も意識した体制にシフトしているのなら「間違いや過ちを前提とした」現実に即したマネジメント体制を構築すべきなのではないか。
仮に当事者たちが「国民は自衛隊が間違えるという事態を容認しないのではないか?」と考えているとすればそれは誤解なのではないかと思う。国民が求めているのは実効性のある安全のはずだ。
これが漠然とした「違和感」をつきつめた結果得られた当座の結論だ。