ざっくり解説 時々深掘り

プリゴジンの乱に見るロシアの危険なメンタリティと「弱腰プーチン」の今後

Xで投稿をシェア

プリゴジンの乱から一夜が経った。アメリカは事前に動きを予測していたようだが急速な展開にやや混乱気味だったようだ。最終的にロシア内部の亀裂が原因で起きたと言う分析になっており「そもそもロシアのウクライナ侵攻には無理があった」と強調している。一方で日本では意外と「政局と心情」に焦点を当てた分析も多お。日米の興味の違いが伺える。

プリゴジンの乱からは二つのことがわかる。極めて危険なロシア指導部のメンタリティとロシア市民の期待である。日本人から見ると「あれはなんだったんだ?」と思えるが、意外に戦国時代と比べるとうまく説明ができる点が多い。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






BBCのスティーブ・ローゼンバーグ氏は「今のは一体なんだったんだ?」と言っている。今回のプリゴジンの乱の最も素直な感想だ。西側の感覚では全く説明ができないためさまざまな分析が行われている。

ブリンケン国務長官は「ロシア内部に権力的な亀裂が生じている」と分析している。だが実際の急展開にかなり慌てていたようだとCNNは分析している。いずれにせよアメリカ合衆国にとって最も重要なのは「自分達の陣営が勝つか負けるか」である。

「亀裂が生じた」のか「元々こうだった」のかはわからないのではないかと思うが、自分達の支援は役に立っていると議会に思わせる必要がありこう言う言い方をせざるを得ないのかもしれない。

今回の件で分かったことが一つある。それがロシア人指導部に見られる極めて破滅的なメンタリティだ。他人を巻き込み大騒ぎを起こし自分の要求を受け入れさせようとする。

プリゴジン氏はもともと「出口」を探していた。このためショイグ・ゲラシモフ両氏を盛んにSNSで攻撃する。元々ロシア政府が「ワグネルの愛国性」を称賛していたこともありプリゴジン氏の人気は高まっていた。検索数でプーチン氏を上回り「次期大統領が狙える」という話までてきている。逆にこれが「プーチン氏の地位を脅かす」として粛清の理由になっていたと言う分析まである。

プリゴジン氏はSNSで騒ぎを起こしたが、バフムトから逃げ出すことには失敗した。逆にロシア軍から攻撃されていたようだ。次に見つけた出口戦略は「まず逃げ出したい人たちの方に向かって大きな騒ぎを起こす」というものだった。そしてその騒ぎは「モスクワを刺すか刺さないか」寸前のところまでゆく。

我々の常識から見れば無茶苦茶だが、結果的にこの作戦は成功しプリゴジン氏は「とりあえずの出口」を見つけた。ルカシェンコ大統領がプリゴジン氏の仲介に成功したことからこうした「メンタリティ」を少なくともルカシェンコ氏は理解している。

今回の件についてプリゴジン氏ははいっさい責任を問われずに戦線からも離脱することができる。モスクワに向かったワグネルの一部は単なる道具だったことになる。彼らはチェスをやっており、兵隊はコマなのだ。おそらくウクライナの戦争自体がそうなのだろう。痛ましい限りである。

ロシア人指導部のメンタリティをあえて一言で説明するならば

  • 何かやりたいことがあったら大騒ぎを起こして周りを巻き込む

ということになる。世界の安定にとっては極めて大きな脅威であり傍迷惑な話だ。

この行動原理がプリゴジン氏個人のものであるならば「プリゴジン氏は危ない人だ」と言うことになる。だがプーチン大統領の無謀な行動やメドベージェフ前大統領の核の脅しなどもこれで説明ができてしまう。ルカシェンコ大統領もこうしたメンタリティがよくわかっているようだ。ウクライナのゼレンスキー大統領も度々民主主義の危機を煽っている。「プリゴジン氏の個人の特性」と考えるより、ある程度共有されていると考えた方が自然だと思えてくる。

「民主主義」がキエフからモスクワに攻めてくるのを恐れたプーチン大統領はあえてそこに突っ込んで行った、メドベージェフ前大統領も「いざとなったら核兵器を使うぞ」と盛んに状況をエスカレーションさせようとしている。

背景にあるのは絶え間ない権力争いである。彼らは「いつ誰に刺されるか」を怯えており一時も休まる暇がない。戦国時代と同じような保障のないメンタリティに支配されていると考えると彼らの行動に説明がつく。つまり「なんらかの出口」を用意してやらない限り世界はロシアの脅威にさらされるのだろうということになる。

彼らは長い間モスクワに引きこもっていた。モンゴル、ヨーロッパ、トルコなどの脅威から距離を置かなければ安心できなかったのだろう。だがグローバル化の時代にそんな逃げ場所はない。だから西側は「彼らにとって安心できる出口」は提供できないかもしれない。そう考えるとこの状態はしばらく続くことになるといえる。

アメリカ合衆国は自分達の戦略的関心からロシアを追い詰めようとしている。これはロシアの不安定なメンタリティを考えると極めて危険だ。戦争犯罪でプーチン氏を追い詰めるのも危険だ。身の危険を感じれば感じるほどロシア人は極端な行動に出るだろう。「極端な行動」には当然のことながらザポリージャ原発の破壊や小規模な核攻撃などが含まれる。

興味深いことに、日本では今回の動きについて「政局的な」関心を持つ人がいる。政策よりも人間関係に重点を置いた報道がなされることが多いがことロシア分析に関しても同じような傾向が見られるのだ。日本人は軍事に関しては巻き込まれ不安を持つ。つまり当事者として関与したがらない。だが人間関係については詳しく知りたがる。

例えばプリゴジン氏は単に逃げ出したのではなく「一定の評価」を得たと指摘する人がいる。毎日新聞が小泉悠さんらの分析を紹介している。小泉氏はプーチン氏が弱腰のリーダーだと見做されれば今後の権力基盤が揺らぐかもしれないと指摘している。

となるとベラルーシのルカシェンコ大統領はプーチン氏に平伏して核兵器を受け入れたように見えて実はかなり有力な「対プーチンカード」を手に入れたのかもしれない。ワグネルの主流メンバーは国軍に合流するものと見られる。つまりプリゴジン氏の応援勢力が国軍内にばら撒かれることになる。南部の司令本部がさほど抵抗しなかったことから「モスクワに対して不信感を持っている人たちがいる」こともわかっている。

こうした構図は日本人には極めて馴染みが深い。まるでNHKの大河ドラマのような構図が展開されている。戦国時代は日本人が大好きなテーマで視聴率が良い。さほど身分が高くなかった人が武功を挙げて権力の座に上り詰めたり、お互いがお互いを信頼できず身内を人質に送り合っていたと言うような時代である。

プーチン大統領はあれほど讃えていたワグネルを反逆者扱いし、都に迫ってきたと見るや一転して「恩赦」を口にした。体制を守るべき兵は遠くに出払っている。頼りになるのはごく少数の近習と近衛兵だけ。戦国ドラマでいえば「天皇」の境遇に似ている。

ただし戦国時代との違いもある。

ロシア国民はSNSを通じてこの戦いを「非当事者」としてみている。これは関ヶ原を遠くから見物する農民と同じである。政治は他人事であり遠くから眺めるものである。だから自分達が革命を起こしてその状況を変えようとは思わない。ただし彼らには投票権がありプーチン大統領が権力の座に留まりつづけるためには国民の支持が必要だ。仮に、今後プリゴジン氏が戦争を離れSNSなどで軍部批判を強めればおそらくプーチン政権にとっては大打撃になるだろう。

現在プリゴジン氏の消息はわかっていないそうだ。

出口を見つけてホッとしたところを襲われてしまった可能性もあれば、まだ気を緩めることができないとして居場所を明らかにしていないのかもしれない。日本の戦国時代に例えると京都まで攻め上った「軍事の天才」も天下を統一することはできなかった、誰が天下統一するかはそれぞれの「戦(いくさ)」の勝敗によってほぼ偶然に決まる。

もちろんロシアが日本の戦国時代にどれくらい似ているのかはわからない。あるいは無理なこじつけだと言う人もいるかもしれない。だが、今回の件を戦国時代的に捉えるならば「結末は江戸時代」と言うことになりそうだ。ロシア正教の権威によって均衡が成立し外国に対してほぼ門戸を閉ざすと言う世界である。

ただそうなるにしてもおそらくかなり長い時間がかかるだろうし、情報が開かれた21世紀にロシア人がそれを望むのかはわからない。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで