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軍隊のある「普通の国」で同僚兵士を射殺した兵士はどのように処罰されるのか?

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自衛官の訓練生が指導役2名を射殺し1名に大怪我を負わせた事件が起きてしばらく経った。任期付自衛官は不足しているため今後は多少問題がある候補者でも育てなければならないという時代がくるだろう。当然「失敗」は増えるだろうが、日本社会はその処理の仕方を学んでいない。そこで、徴兵制度のある韓国で同じようなことが起こるとどうなるのかを調べてみた。

ある兵士が同僚を射殺した。軍法会議にかけられて死刑判決が出ている。韓国には「軍」がありそれを裁く軍事法廷がある。二審まで軍法会議にかけられ最終的な判断は最高裁判所が行う。調べていて気がついたことがある。問題は軍法会議や軍規を置くかどうかではない。社会が軍をどう受け入れるかという議論が重要なのである。

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今回の件ではまずアメリカについて調べようと思った。アメリカでは軍事行動の極限状態で市民に向かって銃を乱射するというようなケースがある。だがこれは戦争犯罪として裁かれるべきだろう。また兵隊として優秀な記録を持つ人がPTSDを発症して退役後に銃乱射事件を起こすことがある。これも通常の刑事事件として裁かれるべきだろう。

アメリカのケースはあまり参考になりそうにない。

そこで韓国の事例を調べてみた。日本よりも集団性の強い社会のため上下関係に根ざしたいじめがある。韓国は年功序列と役職序列の二つがある。これが一致しないことがあり社会問題化する場合があるのだ。一方で日本とは大きな違いがある。日本の自衛隊は「例外」であるため社会的な関心がもたれないが、韓国は徴兵制があり多くの人が軍隊に関心を持っている。

この韓国で同僚に対する銃乱射事件が起きている。事件を起こしたのはイム某兵長だ。いじめに耐えていたのだがふとした弾みに気持ちが切れてしまい仲間に向かって銃を乱射した。5名が射殺され7人が怪我をしたという。

イム某兵長は軍事裁判にかけられた。韓国江原道原州市の第1野戦軍司令部普通軍事法院(軍事裁判所)で死刑判決が出されている。兵長には弁護人が付き「軍隊は部隊内でのいじめを認めなかった」として控訴した。軍の都合によって裁かれてしまうので軍が認めたくないものは認定されないということなのかもしれない。軍事裁判にはそれなりの問題があると言えそうだ。

その後、この裁判は韓国大法院(最高裁)まで争われたが、一審・二審の死刑判決が確定した。弁護人は「いじめを受けていた」ことを理由に情状酌量を求めたが認めれなかった。軍人は軍の体系で裁かれるが最終的には最高裁判所のチェックを受けるということがわかる。おそらくこの辺りが「落とし所」なのだろう。

韓国には死刑制度が残っているが実際には死刑執行は行われていない。このためこの兵長は死刑執行されないまま死刑囚として収監され続けることになりそうだ。

聯合ニュースの記事には兵長の名前が出ていないが、東亜日報は「イム某兵長(24才)」と書いている。どうやら当局は実名は公表しないようだ。

韓国は長く軍事独裁国家だった。民主化が行われたのは1988年のオリンピックの頃である。軍が国民を弾圧した歴史があるため軍隊内部の状況に強い関心を持つ国民が多い。一方で軍には軍の歴史があり軍法会議や軍規がある。

ただし日本と韓国では軍に対する国民感情に大きな違いがある。

イム某兵長に対する処罰感情よりも「いじめによる情状酌量が認められないのはかわいそうである」という世論があったと文春オンラインが書いている。徴兵制度があり「軍隊にはいじめがある」と知っている国民も多い。おそらく自衛隊は特殊だと考える人が多い日本で同じようなことが起これば処罰感情が先行するのだろうが、厳しい軍の内情を知っている人が多い韓国はそうならない。

このイム某兵長事件では韓国軍が持っている「闇の部分」が浮き彫りになり韓国社会は大きく動揺した。

恨みを買っていることがわかっている上官は逃げ出し捜索に加わった同僚たちも「自分が殺されるかもしれない」と考えていた。捜索隊に負傷者が出た時には「イム某兵長が撃ったのか」と思われた。だが、そうではなかった。イム某兵長の武器は壊れていたそうだ。つまり報復を恐れる捜索隊がお互いに撃ち合っていた可能性が高い。

「野うさぎの親子が現れた時、気づいたら銃を乱射していて…」韓国軍内銃乱射事件で地獄を見た兵士が語る「兵役」と「いじめ」

産経新聞によると同志撃ちはかなり悲惨なものだったそうだ。捜索に加わっていた小隊長が負傷した。同じ場所にいた兵士たちは小隊長を見捨てて逃げた。さらに「見つけたのに見逃した」ことも問題になった。イム某兵長の武器が機能していたら市街地で民間人に被害が及んでいた可能性がある。捕捉されれば死刑になることはわかっているのだから必死に抵抗してもなんら不思議ではない。

このようなリスクを抱えつつ韓国社会は軍組織を維持し続けなければならない。長い間戦争がなかった日本と違って朝鮮戦争を経験しており現在も休戦状態である。当然、厳しい兵役で問題を抱える兵士も出てくる。

韓国では「関心兵士」といわれるそうだ。

適性検査で問題が発見された関心兵士は実戦投入はできない。精神科治療を受けたりするそうだが、それでも自殺する場合がある。中には「衝動的に誰かを撃ってしまいたい」と考える人もいる。さらに「軍隊不適格」の烙印を押されると後々いじめの対象にもなるそうだ。中央日報は「隠蔽するのではなく根本的な解決をすべきだ」といっている。

日本と韓国の「軍隊事情」は大きく異なる。徴兵社会の韓国において兵役は国民の重大関心事だ。一方で日本の自衛隊は「特殊な人たち」と考えられている。また軍隊のある韓国には軍人の逸脱行為を裁く専用の体系がある。一方で日本の自衛隊員の地位は憲法的にも法的にもあいまいなままだ。

日本のいわゆる「保守」と呼ばれる人たちは、「日本は韓国とは違う」し「自衛隊には愛国心が溢れる人たちばかりがいるはず」だと思いたいだろう。だが実際にはそうはなっていない。採用活動には一生懸命だが「採用不達成」が増えている。任期がない「一般曹候補生」の採用計画は概ね充足しているということなので「いうことを聞かせる側(上官候補)」は充足しているが「いうことを聞く側(一般兵候補)」が充足していないということになる。

今回の岐阜の特定少年某の乱射事件では大人からあまり顧みられない環境でゲームに熱中し「小銃が打ちたい」という理由で自衛隊を志望し「いよいよ銃が撃てる」という高揚感が抑え切れなくなったという可能性が出てきている。周囲はこれを問題行動とは見做さず「気合が入っているようだ」と肯定的に捉えていたようである。

集団としてのマネージメント体制もかなり悲惨だ。おそらく自衛隊の環境はかなり悪化している。女性に対するセクハラは問題になっているが中には男性が襲われたという話もある。五ノ井里奈さんのケースはかなり深刻だ。当初防衛省側は謝罪をしたが裁判を起こされると一転して争う姿勢を見せている。謝罪はタダだが「賠償請求はされたくない」という気持ちがあるのだろう。

そもそもなぜ性犯罪が蔓延しかねない血気盛んな自衛官の中に女性を放り込んだのか?と疑問を持つ人も多いだろう。それを解説した記事があった。

まず少子化で若い自衛官が減っていた。そこで「任期付」で若い時期だけ自衛隊員として活動してもらおうということになった。一生の身分が保証されないのだから当然人は集まらないだろう。任期付自衛官が集まらない。そこで今度は少し高齢でもという話になったようだ。さらに「男性が集まらないなら女性も」ということになったようである。極めて場当たり的に自衛官を採用している。

つまり今後も五ノ井さんのようなケースは起こると考えているのだろう。それでも人が足りないのだから仕方がない。かといって問題を訴えられたたら「いくら金があっても足りなくなる」そんな状況なのではないだろうか。国民の自衛隊に関する関心が薄いため自衛官の処遇について熱心に議論されることはない。

国家を成立させるのに「どうしても軍隊が必要」な韓国はそれなりに兵隊の逸脱行為に対処してきた。しかし、憲法に軍の規定がなく地位も曖昧な自衛隊では「自衛隊員は特殊なもの」だという認識があり本格的な国民議論は避けられてきた。この無関心が隠蔽を生み自衛官の採用が難しくなっている。まさに悪循環だ。

つまり自衛隊で横行するセクハラの問題も訓練期間中の銃乱射も「人手不足に付随した」問題と言える。

今回の一連のリサーチで「日本でも軍法会議を作るべきだ」というような結論は得られなかった。日本は日本の国情にあった選択をすべきだろう。だが、自衛隊の存在を法的に確定した上で「逸脱行為や問題行動にどう対処してゆくべきか」はおそらくずっと以前に解決しておくべきだったのだろうと思う。

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