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「砂の上にお城を立てる」ような岸田政権の防衛費増額議論

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NATOが総合計画を作ろうしているのだがうまくいっていないようだ。このニュースをどうまとめようかと思ったのだが、ここは日本に引きつけて考えることにした。「防衛費の増額議論は一旦立ち止まって考え直したほうがいい」というところに着地させようと思う。世界情勢が急激に変化しているのでおそらく今の議論は無駄に終わるだろう。砂の上にお城を立てても、単に国民に無駄な負担を負わせて終わりになる可能性が高い。議論としてはマイナンバーカードの議論に似ている。「日本陸軍の失敗」として知られる日本の黄金の負けパターンである。

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NATOが「冷戦終結後初となる新地域防衛計画」というものを策定しようとしているがうまくいっていない。トルコがキプロス問題で反対しているとみられているそうだ。ロイターが小さく伝えているがあまり注目されていない。

世界史を習ったことがある人は「NATO/ワルシャワ条約機構」という対立構造を覚えているだろう。ソ連を盟主とするワルシャワ条約機構体制が瓦解するとNATOも存在意義を失った。ユーゴスラビア紛争をきっかけに新しい役割を見つけるのだがその存在意義は曖昧なままだった。

ロシアのウクライナへの一方的にな侵略をきっかけにして「やはりロシアに対峙する仕組みは必要である」ということになり「冷戦後発の防衛計画」を策定しようとしているというのが現在の状況である。

ただしNATOには潜在的な対立構造がある。フランスに代表されるヨーロッパの国はNATOを対ロシアの協力機関にしたい。一方でアメリカは自国の世界戦略のためにNATOを東方に拡大させたい。マクロン大統領がNATOの東京オフィス設立に反対しているのはそのためなのだがアメリカ合衆国は依然として東京オフィスは作るべきだと言っている。

今回の基本計画の策定プロセスを見ていると「トルコが自分達の議席を高く売ろうとしているようだ」ということがわかる。以前別のエントリーで「トルコの抵抗は条件闘争だろう」と書いたのだが、どうも違っていたようだ。アメリカ合衆国はF16戦闘機を渡してもいいと言っているがエルドアン大統領は依然スウェーデンの加盟に反対し続けている。「意外とガチで発言権を拡大しようととしている」ことがわかる。

この問題はアメリカにとっては「取引」だがトルコはそう思っていないようだ。彼らは真剣に「対等だと認めさせよう」としている。

ここまでを整理すると「そもそも欧米の間に潜在的な考え方の違いがある」上にトルコが発言権の拡大を求めていることがわかる。日本人は「国連安保理が機能不全ならそれに代わる「正義のリーグ」を作ってそこに参加すればいいではないか」と考える。だがそんなものは存在しないということになる。国連安保理は常任理事国が強い権限を持ち過ぎているために膠着しているがNATOはその逆である。加盟国の全員一致が原則でありそのために意思決定が遅れることが多い。

そもそもアメリカ合衆国にも2つの考え方がある。一つはバイデン大統領に代表される「国際協調主義」だ。「協調主義」といっても実際には、アメリカが特権と意思決定権を確保したままでアメリカが単独で担ってきた負担をパートナー国に肩代わりさせることを「国際協調」と言っている。いかにもわがままな考え方だが「国益」を守るためにはこれくらいのことはやってくる。

ただこれは「アメリカの考え」ではない。共和党の一部にある「孤立主義」である。トランプ氏やデサンティス氏などの共和党の有力候補はこの立場だ。ロイターが興味深いコラムを出している。

トランプ氏の世界観によると「NATOなどの官僚主義はアメリカにフリーライドしている」ことになっている。「NATOに利用されるのは嫌だ」という発想が基本にあり「だからウクライナの戦争などあるべきではない」ということになる。実際に軍事行動をやめさせる必要はない。単に「あれはロシアとウクライナの揉め事である」と解釈を変えればいいだろうと思っているのである。

トランプ前米大統領は今年3月に自身のウェブサイトへの投稿で、来年の大統領選に勝利すればウクライナでの戦争を終わらせ、ロシアとの対立に終止符を打つとともに「私の政権で始めた北大西洋条約機構(NATO)の目的の根本的な見直し作業を完成させる」と約束した。

つまりそもそも欧米トルコの間に潜在的な違いがある上にアメリカ合衆国のNATOに対する姿勢は定まっていない。こうしたトランプ氏の極端な世界観に賛同する人は多数派とは言えないまでもそれなりの存在感を持っている。

日本の防衛計画はこうした世界情勢の変化を基礎として「どっちに転んでもそれなりに対応できる」物にしておかなければならないということになる。

もともと自民党には二つの考え方がある。日米同盟を基礎として中国に対峙すべきであるという清和会系的な考え方と日米同盟だけではなくアジアとの関係もよくしてゆこうと考える宏池会的な考え方だ。

岸田政権は宏池会的な政権だがこと安全保障・防衛政策だけを取り出すと極めて清和会色が強い。つまり日米同盟依存型の政策である。「日米同盟一点賭け」といってもよいだろう。

よく日本の防衛議論は「予算の話をせずに進んでいる」と言われるのだが、実際には逆である。基礎となる国際情勢についての議論が全く行われておらず「お金と装備」の話しかしていないという印象がある。

国防議論には4つのレイヤーがある。

  1. 基礎となる世界情勢
  2. 情勢を踏まえた上での方針
  3. 持続的な予算確保
  4. これらを踏まえた上での実施計画

実は1の一部と4が完全に抜けている。ロシアの脅威と台頭する中国の脅威については語られるのだがNATO側の話が全く出てこない。出てこないと言っても秘密になっているような話ではなく「ちょっと調べれば出てくる程度」の話が議論されない。さらに4についても「人手不足が進んでいるのにこれ以上装備品を増やして現場を疲弊させてどうするのだろうか?」という議論は全く行われていない。

それは現場が頑張ってどうにかすべきだとみなされている。

日本が1について語ることができないのは、日本の防衛議論が「アメリカとの同盟を維持すべき(保守)」と「アメリカから離れるべき(リベラル)」の二項対立で語られてきたからだろう。それぞれがそれぞれの村を作りそこから抜け出せなくなっている。だから前提となる情勢変化について全国民的な議論が行われないのである。

総論がないまま突き進み、各所で綻びが見えても誰も止められず、最終的に破局したという意味では関東軍の暴走から第二次世界大戦の終了までのプロセスに似ている。

「なぜ日本は戦争を止められなかったのか。戦略的撤退ができないという点で、いまのマイナカードプロジェクトは戦前の日本と同じ組織的な誤謬(ごびゅう)に陥っているように思います。失敗自体は仕方ありません。ただ、その損失が拡大する前に事業撤退すべきでした。マイナンバー自体は社会を効率化できると思う一方、現在のマイナカードは社会に不要です」

今後選挙を経て年末には防衛費の増額と財源の話が行われることになっている。現実的にそれができるかどうかは別にして基礎を議論する時間は今しかない。このまま基礎の議論を蔑ろにしたままで議論を進めればマイナンバーカードと同じような混乱が生まれるはずだ。サイボウズの青野さんが指摘するようにマイナンバーカードの議論も「なぜマイナンバーカードを推進すべきなのか」という議論がないままで各論が決められている。そして実際に地方自治体や各保険機関が作業できるのかについて検討されることなく現場に丸投げされている。構造が恐ろしく似ているのである。

おそらく今のままで「事業」が始まってしまうと失敗は隠蔽される。それどころか「もっとリソースがあれば必ず成功するはずだ」というマインドセットに陥りどんどん予算規模が膨らむことになりかねない。

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