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マスコミの「卒アル漁り」で浮かび上がる陸自射場乱射事件容疑者の複雑な生育環境とそれでも採用されてしまう事情

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陸上自衛隊の日野基本射撃場で銃乱射事件が起きた。予想通り「容疑者の逸脱した行動」という線で世論形成が進んでおり「安全管理とマニュアルの徹底」という線で解決が図られようとしている。そんななか既に週刊誌の「卒アル漁り」が始まっている。浮かび上がってきたのは複雑な家庭環境と大人たちに対する根深い反発だ。このような環境で育った人が全て問題行動を起こすとは思わない。だがそれでも「絶対服従」というストレスのかかる教育を三ヶ月も受けた後で「目の前で銃が撃てるのに上官に阻止された」ことに対して憤ってもなんら不思議ではないのだろうなと感じた。

マスコミが卒アルを漁っただけで容易にわかる程度の情報をなぜ陸上自衛隊は知らなかったのかという疑問が湧く。背景事情はおそらく「深刻な人手不足」だ。

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日野基本射撃場で2名がなくなり1名が負傷した事件は「銃と銃弾が想定されていなかった場所で所持されていた」ということがわかりつつある。通常は待機場所で銃弾を持つことはないそうだが4発の銃弾が命中したことがわかっている。つまり受け渡されたかあるいは勝手に盗み取ったかして手元に持っていたということだ。

通常では考えられない運用だったため「安全対策を徹底しマニュアルを見直す」という方向で議論が進みそうである。

当初は「脚を狙ったから殺すつもりはなかった」という報道もあったが、警察から漏れ伝わる供述によると52才の教官(菊松さん)に怒られたことに腹を立てて行動に及んだようだ。この教官との間に亡くなった25才の指導役(八代さん)がおり「邪魔だから」という理由で排除されている。いよいよ射撃ができるとなった時に「まだ撃つな」と言われたことに反発した可能性がある。

現在は特定少年として扱われているのだが「殺人となれば実名が出てくるだろう」ことを見越して週刊誌による「卒アル探し」が加熱している。既にこれらの情報がYahoo!ニュースにのってネットで飛び交っている。家庭環境が複雑で大人に対して食ってかかることがあったなどという要素が共通している。

記事をまとめるまでもなく「両親から放置されて育ち大人に対して根強い不信感があった」ことがよくわかる。Yahoo!ニュースなので「こういう人を採用するのはまずいよなあ」というような空気が一気に広がりそうだ。

今回の事件では「大した恨みはなかったが菊松一等陸曹に怒られて逆上したらしい」ということがわかっている。そもそも大人に対して強い不信感がある上に「上官に対して服従するように」という訓練を3ヶ月受けていたということになる。おそらく強いストレスがかかっていたはずだ。

一方で「本来ならば銃弾は厳しく管理されているはず」だが「効率化のために運用が簡略化されていたのだろう」ということもわかっている。つまり今回の事件の背景には二つの要素がある。「大人や権威に反発芯のある少年がなぜ陸上自衛官に採用されたのか」という点と「なぜ安全運用が簡略化されていたのか」である。

そしてどちらも答えは「人手不足だったから」に行き着く。そもそも自衛隊の人手不足はどのような状態にあるのだろうか。

任期付自衛官の成り手が減っている。採用活動をしても訓練まで行き着く人の割合が減っているそうだ。さらに現場の人手不足もかなり深刻なようである。ワイドショーでは「訓練では徹底した安全管理が行われている」ことが強調されつつ「人手不足」の問題も等しく扱われていた。

任官者が少なくなっている理由は複雑だ。少子高齢化、イメージと現状のギャップ、待遇の悪さ、ウクライナ情勢と結び付けられることで「危険な仕事だ」との認知が進んでいることなどが挙げられる。これが悪いスパイラルを形成している。

政府のいう「ウクライナの次は台湾」は一般の人たちが防衛費増額も止むを得ないと考える根拠になっている。だが「当事者」になると話は全く異なる。やはり「あんな危険なことを子供にさせられない」ということになりつつあるようだ。

日本でもウクライナの戦争で兵士が置かれた過酷さについての報道が増えてきた。真剣かつ具体的に自衛隊への入隊を考える人はどうしてもこのような情報を探すことになるだろう。

入ってからも問題は続く。日本の自衛隊は「憲法枠外の存在」であるため国民感情を考慮して実力部隊であるという側面は隠されてきた。このため自衛隊員は「災害などで頼りになる存在」として好感度が高い。故意にそのような演出されていると言っても良いだろう。しかし自衛隊は災害ボランティア組織ではない。東日本大震災のイメージで「災害救助の訓練ができる」と考えては言っても災害救助の訓練などは一切行われないそうである。このため「思っていたのと違う」として体感してしまう人が多いそうだ。

人助けがやりたい人が人を殺す訓練をさせられるのだから当然と言えば当然だろう。つまり「憲法にきちんと書き込む」だけでは不十分で、それが何なのかをきちんと国民に説明し理解してもらう必要がある。単に条文が改正されれば終わりということにはならない。

こうした状況で密室化が進むと別の問題が出てくる。人手が足りなくなると職場環境が悪化しハラスメントが横行する。元々は五ノ井里奈さんの告発をきっかけにしたハラスメント疑惑もいまでは疑惑が語られるようになった。いったんハラスメント気質が根付くとこの体質に合わない人も外に出てゆかざるを得なくなるだろう。逆に内部にはハラスメントを容認する人しか残らないということになりかねない。

さらに待遇の悪さが語られることも増えている。

なんでも政治のせいにするなといわれそうだがやはり政治の果たす役割は大きい。この問題は学校の先生の問題に似ている。

学校の先生には「聖職」というイメージが付与されているが、「定額働かせ放題」という経済搾取状態に置かれているという実態がある。このため「先生は大変な仕事だ」というイメージが定着し志願者が減っている。

政府は「学校のIT化を進める」などとIT機器を普及させようとしている。結果的に「定額働かせ放題」で働いている教職者をさらに疲弊させることになる。さらに文部科学省からの指示として書類の雨も降ってくる。

同じように自衛隊もアメリカ合衆国の要求に従い防衛装備品を増強させようとしている。「ただでさえ人数が減っているのにさらに訓練をやらされるのか」などという不満が出ているそうだ。

政治は自分達の都合で現場にさまざまなものを押し付ける。だが、官僚も政治家も現場で働く人たちの待遇にはそれほど興味がない。先生と自衛官という全く異なる2つの職業で同じような問題が起きている根源にはやはり国の方針とマインドセットがあると考えて間違いはないだろう。

自衛隊の置かれている環境は激変している。日本に配置されている陸上自衛官は台湾有事の際に南西諸島に展開可能になるように運用が変わった。これを「機動運用」というそうだ。台湾有事の際に南西諸島に展開した人たちを「マニュアルによる安全管理」で縛り付け続けるのは不可能である。

「そういえば」陸自のヘリコプターが墜落した事件もまだ総括が出ていない。4人が行方不明になっているが政治的総括もないまま「不幸な事故」として追悼式をやって終わりにしようということになっているようだ。自衛隊の側からは色々と言いたいこともあるのだろうが政治が自発的に動くまで「憲法の枠外」にある彼らは声を上げることができない。

仮に今回の件を「1人の特定少年の特殊な事情」と考えれば、こうした複雑で面倒なことは一切考えなくても良い。単に名前を晒し処罰すればいいからである。だが背景にある問題はかなり複雑である。本当に1人の問題だと決めつけて良いのだろうかという気がする。

マスコミは日々のコピーを売るために「卒アル漁り」で問題を終わらせることもできる。一方でここから問題点を抽出して人手不足をどう解決するのかという政治的なアジェンダセッティングを行うこともできる。どちらに向かうのかは働いている人たちの意識次第といったところだろうが政治は世論に応えてしか動かないということを考えるとマスコミが果たすべき役割は大きいように思える。

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