安保法制の議論が下火になって来た。ほぼ議論のポイントが出尽くして二極化が完了したからだろう。壊れたテープレコーダーのような論説が繰り返され、目新しいニュースがなくなれば、マスコミの注目度は下がる。
論争の中心には、これが戦争法案なのか、平和安全法制なのかという問題がある。
いわゆる「現実派」と呼ばれる人たちは、憲法9条を「単なる信仰だ」と批判し、日米軍事同盟こそが安全を保証すると主張する。いわゆる抑止力論だ。いっけん正しそうだが、同盟強化が抑止力になるというのは、確立したセオリーではないらしい。ヨーロッパでは幾度も同盟関係が作られたが、対立をエスカレートさせただけで戦争の抑止には役に立たなかった。ヨーロッパで戦争がなくなったのは徐々に国境をなくして域内の交易が緊密になったからだ。
ひんぱんに情報をやり取りしているネットワークに所属している点Aに打撃を与えるためには、その点をネットワークから排除してしまえばいい。確かにその通りなのだが、排除された点Aは、別の排除された点と結びつき、独自のネットワークを作るかもしれない。ネットワークが完全に切り離されてしまうと、監視は不可能になる。すると抑止力は0になる。
一方、点Aをネットワークに封じ込めた場合、点Aがネットワーク全体を撹乱するような動きに出るチャンスは減るだろう。なぜならば点Aは自らネットワークから得れるはずの便益が失われてしまうからである。ネットワークに依存すればするほど裏切った時の損害が大きくなる。これがネットワークの持つ抑止力だ。
ここから得られる洞察は簡単だ。つまり、同盟を作って囲い込むよりも、ネットワーク内に封じ込めておく方が安全であり、かつ得られる利益は最大になる。また、ネットワークの中央にいた方が安全だという洞察も得られるだろう。中心を攻撃するとネットワーク全体が混乱する可能性が高まるからだ。
軍事同盟は、当座の抑止力はあっても、より大規模な衝突を引き起こす可能性が高い。そもそも、戦争の懸念があるから軍事同盟を組むのだ。アメリカの同盟国が戦争から守られているのは、これがたまたま経済ネットワークの中心の形成しているからに過ぎない。安倍首相はこの点を正直に話し、法案を「戦争準備法案」とでも説明すべきだろう。
それでもこれは「平和安全法案」なのだと言い張るならば、中国との軍事協力の可能性を考えるべきだが、安倍首相の支持者たちがこれを許容するとは思えない。彼らの願望は「中国を囲い込み、できれば殲滅させる」ことだ。多分、可能性を示唆しただけで「売国奴」とか「反日」のレッテルを貼られるだろう。
このネットワーク抑止論には「穴」もある。ネットワークを破壊することなく争奪戦争を行えばよいからだ。このため21世紀の戦争は、アフリカや中東などネットワークの末端で行われることが多い。末端は消費市場が発展していない資源輸出国だ。こうした戦争は外部からの支援を得て行われるので、どちらも消耗せず紛争が長期化しやすい傾向がある。