ざっくり解説 時々深掘り

カホフカのダム破壊からわかるプーチン政権を放置する危険性

Xで投稿をシェア

小麦相場が3%程度上昇した。原因はウクライナにあるカホフカ水力発電所の爆破だった。さらにしばらくして「ウクライナの国土は長期間深刻なダメージを受けるだろう」と伝わってきた。この一連の出来事から世界がプーチン政権を放置することの危険性がよくわかる。プーチン大統領にはおそらく国家統治の意思はない。国家は自分達の身の安全を守るための壮大な道具にすぎない。単なる道具なので「手に入れられないなら壊してしまえ」という破滅的なメンタリティがある。そんな国が核兵器を持っているという点に恐ろしさがある。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






氾濫を繰り返していたドニプロ川にダムが作られたのはソ連時代の1956年だった。ドニプロ川の下流域はそのまま巨大な貯水池となり周辺に電力や農業用の灌漑用水を提供している。このダムが何者かによって破壊された。紛争地域であるため国連などが入って調査活動ができない。安保理ではロシアとウクライナ側がお互いを非難しあっている。トルコが調査の仲介に乗り出している。

だが調査団が入っても誰がダムを壊したのかはわからない可能性がある。4月のウクライナには例年以上の降雨がありダムが耐えきれなくなった可能性があるからだ。カホクカは11月も攻撃されており今回もウクライナ軍の侵入を防ぐために橋だけを破壊した可能性も指摘されているそうだ。つまりロシア側の興味は「今の軍事行動」だけであり、ダムの安全な管理や軍事行動の結果として何が起こるかについては全く興味がないようにしか見えない。

もともと国際的な評価が低いロシアは嘘をついても失うものがない。そのため自分達に対する非難を予想して先に相手を非難するのに使うことがある。さらに地域が手に入らないとわかると焦土化を試みることがある。バフムトがこの焦土化の被害に遭っている。この焦土をめぐってワグネルとロシア国軍が言い争いをしている。つまり単に手に入れることだけが目標であり手に入れたものの状態には興味がない。

今回の攻撃でウクライナは農業用灌漑インフラを破壊された。この結果ウクライナ南部の多くの地域が「砂漠に変わるだろう」と言われている。また浸水した地域にも泥が被っている。石油や機械油などの有毒物質が流れ込んだとする報告もある。地雷が流出したという人もいる。

今回のダム決壊を受けて早速小麦価格は3%上昇した。もちろんウクライナの小麦が取れなくなったからといって小麦の価格がすぐさま壊滅的に値上がりすることはない。小麦農業は産地が分散しており一つの地域で取れなくなっても別の地域が代替している。だが既に北米の冬小麦は旱魃被害を受けておりカナダの春小麦で代替しなければならない状態になっている。旱魃はアルゼンチンでも起きているという。

今回の件で心配されているのは長期的な環境破壊・インフラ破壊である。

ロシアが独自の歴史観を振りかざしてウクライナに侵攻しなければ今回のようなことは起きていない。ただ今回のダム破壊がロシアによる意図的な環境破壊であるとは言い切れない。BBCも指摘するようにロシアの行動は西側のスタンダードから見れば必ずしも合理的なものではない。

ただ全てはモスクワにある体制を守るための捨て石なのだと考えると動機は一貫している。ただその合理性は「常に権力を握っていないと自分が殺されるかもしれない」という極めて強い被害者意識に基づいている。国内でこのようなマインドセットに陥った独裁者は大勢いるが「世界を巻き込んでやろう」とまで考えをエスカレートする人はそれほど多くない。

この極めて非合理的なあるいは破壊的なマインドセットが解析を難しくしている。高橋杉雄さんは「当初はウクライナが仕掛けた可能性はあるかもしれない」と思っていたそうだ。軍事的にアプローチすると「ロシア統治地域」への被害が大きい。突然の洪水で流されたロシア兵もいる。ロシアは兵隊を集めるのに苦労しているのだから「普通に考えると」こんな無茶苦茶なことをするあずがない。だが高橋さんは「ウクライナ説」を早い段階で排除している。

高橋さんが挙げていた可能性は次のようなものだった。

  • 既にボロボロになっていたダムが増水により決壊した可能性
  • ウクライナの渡河をロシアが妨害した可能性
  • 既にロシア側が仕掛けていたものを今回ロシア側が爆破させた可能性

軍事専門家も「周到に準備されていたとは思えず戦略上の効果もない」と首を捻っている状態だ。

ワグネルのプリゴジン氏をみると「ロシアンメンタリティ」がどんなものなのかがわかる。ウクライナ軍を褒め称えロシア軍を批判している。当初プリゴジン氏の発言は「ロシア軍の統制が乱れている」兆候だと考えられていた。だが現在では「とにかく自分を売り込み立場を守る」という一貫した意図があることがわかってきている。つまり軍事行動は単なる自己保身の道具なので必ずしも戦争や軍事作戦としての合理性がなくても構わないのである。

おそらくプーチン大統領は「世界対自分」というマインドセットに陥っている。つまり今後もヨーロッパの安全保障環境を破壊しウクライナの産業インフラや環境を破壊する可能性が高い。あまり考えたくないことなのだがロシアは核兵器も持っている。つまり同じようなことが全く別の地域で行われる可能性がある。これが今ヨーロッパが抱えている危機である。

ヨーロッパは既に「ウクライナ紛争後」の安全保障の枠組みの必要性を議論しようとしている。「ロシアが新たな攻撃に向け部隊を移動させないよう確実にするための取り決め」が必要との立場だ。

一方でアメリカ合衆国はこれを「ヨーロッパの問題」と考える傾向にある。対中国を絡めて議論をする傾向がありこの問題に関して中国を巻き込めない。アメリカのこの対応が「プーチン問題」への対応を難しくしている。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで