「ウクライナのカホウカでダムが破壊されたらしい」という一報があり昨日の午後はちょっとした大騒ぎだった。一夜明けて少し落ち着いたので情報を整理したい。
最初は軍事ブロガーたちの発信だったようだがそのうち英語系のメディアが追随し、現在では日本語の記事が出揃っている。おそらくそれらの記事を読み大体のことは知っていると言う人が多いだろうと思うので、このエントリーは主に背景情報をまとめた。
当初心配されたのはザポリージャ原発の水冷だった。水の供給がなくなればメルトダウンの危険もある。現在のところ原発の安全は保たれている、だが、下流域で浸水被害が出ている。ロシアとウクライナの双方はお互いを非難しあっており問題解決の糸口は見つかっていない。
今回のダムの件について概観する前に前にウクライナとロシアの状況について全体を整理する。
- 現在話題になっているエリアは3つある。ヘルソン、カホウカ、ザポリージャなどの南部、バフムトなどの東部、さらにベルゴロド州などのロシア側地域である。今回の問題は南部に関するもののだ。
- 現在ウクライナによるロシアへの反転攻勢が行われている。ロシア側はウクライナの被害をより過大に「盛って」報告する傾向がありどの程度の押し返しがあったのか分かりにくくなっている。
- 戦争犯罪行為が横行しており(おそらくはロシアがそれを隠蔽するために)相互非難が繰り返される。西側メディアは取材ができないため映像で判断するしかない。このためロシア側の言い分を否定できない。ロシア側は(自分達が行った可能性が高い)戦争犯罪行為を「テロ」と説明することが多い。
- アメリカ合衆国はロシア内部の体制撹乱を支援しているが「表向きは」主権侵害はあってはならないと言い続けている。このため高官の発言には「裏読み」が必要だ。
- ロシア側に侵攻している人たちの構成は多様で実際にロシア人第一主義の暴力的な組織も含まれている。つまり民主主義を回復する運動の一環であるとは言い切れない。背後でウクライナ側が破壊工作員を養成しているという情報もある。つまりロシア内部の動きとウクライナの防衛は連続している可能性が高い。
- ロシア側にも正規軍とワグネルの対立が見られる。ただしこちらも「言ったもの勝ち」という極めてロシア的な情勢があり実際に何が起きているのかはよくわからない。
- ロシア側の軍事ブロガーやウクライナ側のSNS発信の情報が飛び交っており欧米メディアが後追いしている。日本の有識者はこれらの情報をワイドショーなどで説明するが、それぞれの立場「滲んで」いる。つまり後から出てきたものだから正確とは言い切れない。
- なおこの報道ではウクライナ語の表記とロシア語の表記に若干のずれがある。ドニプロ川(ドニエプル川)、カホウカ(カホフカ)、ザポリージャ・ザポリッジャ(ザポロジェ)といった具合だ。同じことを行っているはずなのに表記が異なる場合があるのはそのためなのだがどれも厳密には間違いではない。
実際に何が起きているのかを知りたい人はこの辺りを読みこむ必要がある。さてここから「本題」に入る。
ロシアとウクライナは国連安保理事会の開催を求めているが非難の応酬を見せつけられるだけになりそうだ。ダムは2022年11月にも攻撃されている。ダムを狙って民間人が住む地域に被害を出す行為はジュネーブ条約で禁止されている。つまりこれは戦争犯罪であり断じて許されてはならない。だが現在の国連安全保障理事会は機能不全を起こしておりこの犯罪を抑止する具体的かつ有効な手立てはない。
ウクライナでドニプロ川の地図を見ると川幅が広い地域が多く確認される。もともと秋に降雨があり春には雪解け水が流れる地帯である。今でもドニプロ川には氾濫原があるそうだ。これを制御するためにソ連時代の1956年にダムが作られ計画的に発電や農業などに利用されてきた。このためドニプロ川は巨大な貯水池としての役割を担っている。
今回破壊されたダムはカホフカ貯水池の南端にあり水力発電所として利用されてきた。中流域にはザポリージャ原発がありダムからも水が供給されている。またこのダムは北クリミア運河経由でクリミア半島にも水を供給している。
BBCはウクライナがドニプロ川を越えて越境してくるのを防ごうとしているのだろうと推測している。つまりロシアにとってメリットが大きいのだからロシア側の仕業であるとの立場だ。そもそもウクライナにはヘルソンの街を犠牲にする動機はない。なおロシア側もクリミア半島が被害を受ける。ロシア側の犯罪行為だと仮定すると「解放してあげた」はずのクリミア半島を捨て石にしていることになるが、ロシア側が「ウクライナがクリミアを破壊しようとしている」と批判する根拠にも利用されかねない。
多くの人が当初心配していたのはザポリージャ原発の安定性だった。水の汲み上げは可能で冷却水は供給されているようだ。だがダム破壊は原発に甚大な被害を与えかねない。甚大な被害はおきていないがIAEAが状況を注視しているという状態だ。氾濫後数時間で甚大な被害が出るとされていたが最悪の状態だけは防がれている。ウクライナ側の報道では8つの村が水没しヘルソン市にも水没被害が広がっている。
ロシアとウクライナの間の紛争は制御が難しい状態に突入している。
モスクワにはドローン攻撃が行われており、モスクワから逃げ出す人が出ているという話や要人の退避場所として病院に防空壕が作られているなどの話が連日飛び交っている。CNNは「アメリカ製の兵器さえ使われなければ」との立場で問題を整理している。どうやらロシアの体制転覆を向けた動きをアメリカ合衆国は容認している。CNNは政府の立場を擁護しつつ報道しているようだ。ベトナム戦争などの教訓から「都合の悪い情報を隠すと後で反動が出かねない」と言うことを学んでいるのではないかと思える。イギリスもウクライナを支援する立場だが「ロシア側に侵入した人たちの中には色々な人たちが含まれている」ということを適度に抑制つつも隠さずに報道している。
表向き、高位の米当局者らはロシア国内での攻撃を非難。戦争を激化させかねないとして警鐘を鳴らしている。しかしCNNとの私的な会話では、米国および西側諸国の当局者らはウクライナからの越境攻撃について、賢明な軍事戦略だと指摘。これによりロシアは資源を自国の領土の防衛に振り向ける可能性があるとしている。
確かにアメリカの立場はわかる。また「ロシアを絶対悪」としたい日本人の立場からは多めに見たいところである。だが、おそらくこの動きは「内政干渉」を嫌う中国など複数の国を刺激するだろう。またロシアとの対立を「今ここにある危機」と考えるヨーロッパもこの動きを歓迎しないはずだ。
またロシアの東部ベルゴロド州にも進軍がある。ロシアは250人のテロリストを殺したといっているが「話を盛る」傾向がありどの程度の規模で侵攻があったのかはよくわからない。なお全体では「ウクライナ側は3700人の兵士を失った」と一方的に主張している。
頭部も混乱している。ウクライナは東部戦線で前進しておりバフムト近郊で一部地域を取り戻したという話がある。
最も気になる動きはワグネルがロシア軍の将校を拘束したというニュースだ。プリゴジン氏は「ロシア軍から発砲された」といっている。個人的な敵意があり酔っ払って発砲したという説明だ。
結局のところ「全体像はよくわからない」という状態になっており、この状態がしばらく続く可能性がある。さらに西側にとって都合が悪い情報も出始めている。これを隠すとロシアの言い分を正当化することになりかねない。また西側にいる支援懐疑派を刺激しかねない。このためCNNやBBCは「小出しに」ではあるが「都合が悪い」情報も流している。
最も懸念されるのはロシアの破壊的かつ破滅的なマインドセットだろう。ロシア側は形成が不利になると大規模なインフラ破壊や焦土作戦を展開し国土の破壊行為に出るという傾向が見て取れる。つまり「手に入れられないなら壊してしまえ」と考えている。ロシアは核兵器を持っており「最終的には最も極端な手段に訴えるのではないか」と言う懸念がどうしても拭えない。
さらにこの紛争をめぐるアメリカとヨーロッパの対応は微妙に異なっている。おそらくはロシアの脅威を感じている東欧、ロシアにシンパシーを感じている中欧、経済復興のために紛争を早く止めたい西欧にも微妙な温度差はあるはずだ。このように不確実性は幾何級数的に高まっている。