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マクロン大統領はなぜNATO東京オフィス開設を「妨害」するのか?

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マクロン大統領がNATOの東京オフィス開設に反対している。Financial Timesが伝え各紙が引用報道している。「中国との関係悪化を恐れているのだろう」とする観測が多い。フランスは国内に経済問題を抱えているため「中国との経済連携を強めたい」というのだ。だがこれはフランスとNATOの関係を知らないからこその誤解に過ぎないのではないかと思える。そもそもフランスとアメリカのNATOに対する姿勢は違っており、これが理解できないとフランスの提案は単に理不尽なわがままにしか聞こえないだろう。

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日経新聞は経済問題を優先するマクロン政権は中国との関係を損ねたくないのではと解説している。朝日新聞も同じような見方をしている。確かにマクロン大統領には「親中疑惑」がある。4月6日には中国を訪問し習近平国家主席と会談した。このときにトップセールスを行い中国から航空機160機の受注を取り付けている。この時にフランス企業のトップ50名を同行させたのも記憶に新しい。

このとき、マクロン大統領はフォン・デアライエン欧州議長と役割を分担していた。マクロン大統領は中国に接近しフォン・デアライエン委員長は中国を牽制する役割を果たしていた。

しかしながらこれだけを見て「マクロン大統領は親中だ」とか「だから日本の邪魔をしているのだ」と決めつけるのは少し早計かもしれない。

主語をアメリカ合衆国とすべきかバイデン大統領とすべきなのかはわからないのだが、アメリカ合衆国はロシアによるウクライナ侵攻を「民主主義対専制主義」の戦いに格上げしようとしている。ウクライナ問題と台湾問題をリンクさせることにより日本を専制主義との戦いに引っ張り込みたいという思惑がある。このところのアメリカの太平洋地域での安全保障戦略の基本である。

このため安倍総理のダイヤモンド構想をヒントに「クアッド」や「開かれたインド太平洋」という戦略に作り変えてアメリカ主導とした上でウクライナ問題と台湾問題をリンクさせようとしている。日本は国益に沿うならばこれに乗るべきだし仮にアメリカに利用されるだけならば抵抗しなければならない。負担を伴う防衛増税もこの延長にある。つまりアメリカの肩代わりを期待されている。これはフリーランチではないということを今一度認識すべきだ。

しかしながらこのNATOの拡大はロシア問題をぼやけさせることになる。ヨーロッパにとってはロシアの脅威こそが重大でありできるだけ早くこれを止めたい。アメリカ合衆国は「対岸の火事」であるウクライナ問題で対立を煽るばかりで解決のつもりはない。だから別の大国である中国を入れてロシアと交渉をしたいのが本音だろう。つまりフランスに取ってNATOは対ロシアの軍事同盟であるべきでありアメリカの国家戦略に乗っ取られては困るという立場だ。

アメリカ合衆国の大統領選挙では「ウクライナ問題はヨーロッパ問題なのだからヨーロッパに勝手にやらせればいい」という議論が出ている。共和党内にモンロー主義を主張するトランプ・デサンティスという候補は今の所共和党では最も有力な候補者である。

では、フランスは単にアメリカの動きにうんざりしているだけなのだろうか。歴史的な経緯を知っている人はもっと古い状況を持ち出してきてフランスとNATOの関係を説明しようとするかもしれない。

フランスは1966年にドゴール大統領の時代にNATOの司令系統から離脱している。復帰したのはサルコジ大統領時代の2009年である。今でもフランスでNATOからの離脱が政治課題になることがあるのはこのためだ。フランスのNATOに対する認識はそれほど単純ではない。

マクロン大統領もNATOの統治機構には疑問を持っていた。2019年に「NATOは脳死状態にある」と言っていたそうだ。

当時のNATOはトランプ大統領の発言に振り回されていた。トランプ大統領の自国第一主義には一貫性がない。一方でフランスだけでなくヨーロッパにとってNATOは「今そこにある危機」に対する備えであってアメリカ合衆国のオモチャではない。ただこのときには具体的な敵はいなかったため「想定される敵はテロだ」としか言えなかった。

おそらくマクロン大統領の気持ちはその時からは変わっていない。またアメリカの政治状況も変わっていない。トランプ氏は今でも有力な大統領候補である。

加えて、フランスはアングロサクソン連合とはライバル関係にある。そのことがよくわかる事件があった。オーストラリアとフランスの間に結ばれていた原子力潜水艦の契約を破棄しアメリカに乗り換えた。結局この枠組みはAUKUS(オーカス)という新しい安全保障の枠組みに移行してゆく。この時のBBCは次のように書いている。

しかし、「AUKUS」をめぐり、つらい真実がもうひとつ露呈した。アメリカはもはや、時代遅れの巨大な怪物のごとき北大西洋条約機構(NATO)について、もうほとんど大した興味を持っていない。NATOを長年守ってきた国への忠誠心も、アメリカは特に抱いていない。

歴史的健忘症にかかっている我々は、ロシアとウクライナの争いはもう何年も続いていて、ヨーロッパとアメリカ合衆国は共に手を携えてロシアや中国といった専制主義の国と戦っていると信じ込んでいる。しかし実はロシアがウクライナに侵攻するまでのアメリカ合衆国はヨーロッパにおけるNATOを軽視してきたという現実がある。

この「脳死」発言の際、ドイツはフランスを非難し、ロシアはフランスの発言を歓迎していた。フランスは形式的には「戦勝5カ国」として安全保障理事会の常任理事国になっている。だが安全保障におけるフランスの地位は低下しつつありマクロン大統領は明らかに焦っていた。こうした中でトランプ大統領に振り回される。さらにAUKUSをめぐるアングロサクソンの「裏切り」にあった。つまり、フランスは「大国」の地位から転落することに焦りを募らせていったのである。

今回のマクロン大統領のNATO東京事務所の報道で日本側がフランスの事情について斟酌しているような報道は見られなかった。日本には日本ならではの事情がある。国連安全保障理事会が行き詰まっており日本はそれに代わる集団安全保障の枠組みを求めている。NATOは明らかにその第一候補だ。だからNATOの内部が「揺れていては困る」のだ。日本人は不確実な体制には乗りたくない。

東西冷戦が終わると、日本は「片務的な」日米安保がやがてアメリカ合衆国から見放されるのではないかと感じるようになる。安倍政権もそのような焦りを募らせており盛んにNATOに接近する。日本側としても「東西冷戦」の代理となる新たな脅威が必要だった。それが「台頭する中国」である。今回の拡大NATO論はその延長線上にあると言って良い。だからそれ以外のストーリーはあえて省かれる傾向にある。

2007年にアメリカ合衆国が主導し日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国を巻き込み「グローバルパートナー」と見なそうという働きかけがあった。このときもフランスはこの「グローバルパートナー」に反対している。今回の東京オフィス反対と基本的には同じことが言える。つまり一貫してフランスやヨーロッパの埋没につながる「拡大」を恐れているのだ。

しかしアメリカは継続的に働きかけを続け、NATOを自由主義陣営の新しい共同体に生まれ変わらせようとしている。ロシアのクリミア半島併合を受けてG8からロシアが排除され代わりに日本はNATOの「パートナー国」という位置付けになった。

このようにして見てゆくとNATOには異なる思惑がある。アングロサクソン陣営に複雑な感情を抱くフランスはNATOをヨーロッパ中心の枠組みにしておきたい。一方でアメリカ合衆国はこれまで単独で担ってきた「世界の警察官」の役割を日本などに肩代わりさせたい。厳しい財政事情がありできるだけアメリカの影響力を保持したままで負担を軽減する必要がある。このため「パートナー」といてももちろんアメリカの言うことを聞いてくれる「協力者」しか選ばない。

それでも面倒な分析は避け、単純に「フランスは中国とお金儲けをしたいから東京に事務所を置こうとしているだけ」でもいいのではないかと考える人はいるだろう。

トルコはスウェーデンのNATO加盟に反対しているがこちらは単なる条件闘争の意味合いが強い。つまり良い条件を提示すれば相手をコントロールすることが可能だ。そもそもエルドアン大統領の選挙対策という意味合いが強くトルコにはもう反対の強い動機がない。アメリカはF16戦闘機の提供などをチラつかせつつエルドアン大統領に妥協をせまっている。

関係筋によると、米政府はトルコに対し、スウェーデンのNATO加盟にトルコが賛成しなければF16売却の議会承認を得ることは難しいと伝えていた。

一方でフランスの問題はそもそも「NATOをめぐる国家戦略の違い」に起因し「感情的な軋轢」もある。実はトルコよりもフランスの方が解決は難しいかもしれない。国連安保理の代替としてNATOに期待する声があるという気持ちはよくわかるのだが、単純すぎる見方は状況分析の妨げになり単にイライラを募らせるだけになるだろう。ここは一旦冷静に状況を理解すべきなのではないだろうか。

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