ギリシャで総選挙が行われた。1回目の投票で右派与党が躍進したが過半数を獲得できなかった。右派与党は連立政権を組むという選択肢があったがこれを選ばず再選挙を行うことになっている。選挙結果は6月25日に出る予定だ。今回の選挙は比例代表の得票通りに票が分配されるのだがやり直しを選択すると「勝った政党が50議席もらえる」というボーナス制度が復活する。ゲームで言えば「チート」のような気がするのだが、ギリシャではこれが合法なのである。
ギリシャ危機の後でまず政権を取ったのは左派のチプラス政権だった。政党名はSyriza(急進左派連合)である。だがSyrizaは次第に有権者に離反され2019年には新自由主義のND(New Democracy)が政権を奪取した。代表はミツォタキス氏だ。現在はこの2つの政党が争う構図になっている。つまり新自由主義と急進左派との対立構造がギリシャ政治の基本である。
年初に国家情報局がSyrizaを盗聴していたというスキャンダルがあった。また2月に痛ましい脱線事故が起こると政府の責任を追求するデモが起きた。このためNDはいったん支持率を落とす。だが、選挙が始まるとどういうわけかSyrizaが支持を落としていった。Politicoが各政党の支持率を追いかけている。背景にはSyrizaに対する根強い不信感があるようだ。
Syrizaはギリシャのデフォルト危機の後で反EUを掲げて躍進した。ところがこれが却って政治的混乱をもたらした。結局ギリシャはEU主導で経済危機からの脱却を図る。この辺りの経緯は「霞が関埋蔵金があるから増税はしない」と言いつつ最終的に消費税増税を主導した民主党に似ている。つまり日本人にはこの「左派に対する不信感」は理解が容易い。とはいえNDに対抗するためには他に選択肢がない。そんな状況である。
なぜ左派のSyrizaの支持率が落ちたかについて詳しく分析したメディアはない。かろうじてアルジャジーラが分析「チプラス氏の選挙戦略がまずかった」と書いている。
第一に「右派の台頭」と「左派の失敗」は分けて考えるべきだという。ヨーロッパではどの国も「右派的傾向」が高まっている。将来不安が広がっており未来よりも既得権の維持の方が重要だという人が増えているようだ。つまり安全保障に重きが置かれているのである。左派が政権を取るためにはギリシャ国民に「新自由主義よりも左派的な政策の方が良い」と納得させる必要があったがSyrizaにはこれができなかった。分配しようにも原資がないのだからこれは当然かもしれない。
それどころかSyrizaは「左派アイデンティティ」を隠すことを選択した。中道派の取り込みを狙ったようd。例えばトルコ国境にフェンスを設置するという動きに対してチプラス氏は明確な姿勢を示さなかった。これで既存の支持者たちが離反したようだ。
政府の経済政策はそれほどうまくいっていないのだから有権者が野党に期待するのは当然だ。また「野党間を分断する楔」も見当たらない。選挙に参加した人々は何よりも「安全保障」での成果を選んだ。「2015年に見られたような移民の流れが止まっている」というのが右派の成果だというわけである。ヨーロッパの右傾化は2015年の移民ショックの後遺症と言って良い。
それでも与党の支持は40.79%にとどまった。単独過半数には6議席が足りない。選挙直前に支持が盛り上がったとは言え次に選挙をやって6議席多く稼げる保証はないのではないかと感じた。
ただ、今回の選挙で政権を維持するためには45%の得票が必要だった。だが2回目の選挙では37%を獲得すれば政権が取れるようだ。ギリシャは比例代表制であり得票率に応じて議席が配分される。さらに次の選挙からは2回目の投票で「勝者に最大50議席」のボーナスが与えられるという。CNNが伝えている。
第一生命経済研究所がこのボーナス制度が再導入されるに至った経緯を書いている。ボーナス制度は与党に有利な制度だがSyrizaのチプラス政権が2015年に廃止した。2019年にNDが政権を奪還したときに再導入を目論んだが即時導入は見送られ「次の次から」にしようということになった。つまりここでSyrizaが勝てばボーナス制度は無くなる可能性があった。だが選挙戦略の失敗のためにSyrizaが政権を取ることができなくなり「次の次」の選挙が実施されることになった。おそらくこのままNDが優位な政治状況が維持されることになりそうだ。
この「チートな制度」の被害を受けているのは若年層である。選挙に有利な政党が選挙制度を決めてしまうのだから当然今既得権のない人たちが損をする。まだ既得権を持たない若者には不利な制度なのである。
ギリシャでデフォルト危機が起きたときにすでに若者の海外流出が始まっている。EU圏なので国外逃亡が容易だという事情がある。日本の若者には逃げ場がないがギリシャ人は逃げられる。
今回の選挙について伝えるアルジャジーラには気になる記述がある。若者が選挙に行かなくなっているそうである。与党優位が伝えられるとデモやソーシャルメディアを通じて怒りを表明するだけにだったようだ。つまり既得権を保護する新自由主義政党が勝った裏には「選挙に参加しない若者」という理由もあったのだ。
既にギリシャ政治は将来世代から見限られている。離脱できる人は海外に離脱し、国内に残っている人たちもSNSで文句を言うだけだった。この政治に対する無関心と絶望もまた日本とよく似ている。唯一にして最大の違いはギリシャ人にはEUという逃げ場があるという点だ。つまり日本の現役世代が政治に絶望しても逃げ場はない。