バイデン大統領とマッカーシー下院議長の間で交渉がまとまり債務上限問題が一歩前進した。このニュースによって日経平均は600円ほど値上がりしたそうである。ただこれで問題がすべて解決したと考えるのはまだ早い。マッカーシー氏が議長のポストと引き換えに行った「あるディール」の本当の意味を知ることになりそうだ。債務上限問題はおそらく落ち着くところに落ちくつのだろうが今回の動きを観察するとアメリカの議会の仕組みがよくわかる。
なお今回の話はかなりテクニカルなものなので特に議会政治には興味がなく結果だけ知りたいと言う人は読まなくても良いだろうと思う。おそらくゴタゴタが続いても落ち着くところには落ち着くだろうからである。
日本の議会運営は話し合いをベースにする。悪く言えば「談合風」になりがちだ。だが、アメリカの下院には「規則委員会」と言うものが置かれているそうだ。この規則委員会は議長権限を強化するための仕組みなのだが今回は逆に議長権限を制限する方向に機能する可能性がある。いずれにせよ議会政治のベースにあるのは「対決」である。
今回の債務上限問題はあくまでも政治的なものだ。つまり結果は落ち着くところに落ち着くだろう。だがそれがどのような手続きを経て議会を通過するかを観察することでアメリカ議会の仕組みが少し見えてくる。
ニュースを見ると最初の関門はかなり「さらっと」書いてある。
ただアメリカ国内向けの報道を読むとこの規則委員会について懸念する記事が多い。CNNが今回のディールに関して議会の反応をまとめている。
穏健な共和党員は「ほぼ全ての共和党議員は議長の方針に賛成するだろう」と言っている。CNNではダスティン・ジョンソン氏が穏健派代表として取り上げている。具体的に95%という数字を示しているのがアメリカらしい。「フリーダムコーカス」と呼ばれる共和党系の急進派の人たちは「我々はその他5%ではない」と自己主張したくなる。CNNはこのフリーダムコーカス系の議員としてボブグッド氏とアンドリュー・クライド氏を挙げている。
ただこの人たちは「議場(Floor)」の人たちである。今回注目されているのは「議長の委員会」と呼ばれる目立たない委員会だ。CNNはthe House Rules Committeeと表現しているがWikipediaではUnited States House Committee on Rulesと表現されている。この委員会の権限は絶大で議会はこの委員会の決めた範囲でしか討論ができないそうである。またこの委員会は「法案を差し戻す」権限を持っている。日本語では規則委員会などと訳されている。
9人が多数派(今回は共和党)から4人が少数派(今回は民主党)から出る。少数派は伝統的に多数派の提案には賛成しないそうだ。全部で13人ということになり過半数は7人である。つまり9人のうち3人が離反してしまうと議長の要求は通らない。
この目立たない(low profile)な委員会は通常は議長の権限を確かなものにするために置かれている。だがここで議長が造反されると「議案が沈められてしまう可能性がある」というのがワシントンポストの見立てである。「沈めるか救うかをこの目立たない委員会が決める」というような意訳になる。
CNNが「注目」するメンバーは3人いるようだ。ラルフ・ノーマン議員、チップ・ロイ議員、トーマス・マッシー議員だ。このうちノーマン議員とロイ議員は既に法案に反対の意向を示している。ロイ氏は、我々は5%ではないし「このひどいディールの中身」をまだ知らない人が大勢いるという意味のツイートしている。ロイ氏はこのディールをTurd Sandwitchと表現している。サンドイッチの中にひどい具材が含まれているというような意味のようである。つまり日本語で言うと「闇鍋」と言うようなニュアンスになる。サンドウィッチの中身を開けて具材を吟味しなければと言うような意味になるのだろう。残りのキーマンとされるのはマッシー議員だそうだ。強硬派と行動を共にするか穏健派サイドにつくのかの決断を迫られる。
もちろん「民主党側の委員」が「例外的に」にマッカーシー議長の提案に賛成するということも考えられるそうだ。だが、これまで慣例的にそのようなことが行われた事例はないと言われている。
規則委員会は議長に強い権限を与えて議会の品位を保つために置かれているはずだ。そして、その議長権限は過半数という数の力に支えられている。つまり「民意」が議会を支配すべきだという考え方がある。だがマッカーシー議長は議長の地位を得るためにこの委員会の地位を「本来は一部に過ぎない」人たちに与えた。それが吉と出るか凶と出るかが最初の注目点だ。
アメリカの下院議長選挙では共和党側の造反でなかなか決着がつかず15回の採決が行われていた。確かにこの時のニュースを見ると規則委員会のことは書かれているのだが議会運営の違いがわからないためこの箇所は読み飛ばしていたような記憶がある。
4日夜から5日にかけて、マカーシー氏は実際に、造反組に複数の有力委員会の主要ポストを提示。特に、本会議の議事日程を決める規則委員会での役職は、造反組にとって大きな成果とみられていた。
つまり今回の件で「マッカーシー氏は議長就任時に支払った代償がどんなものだったのか」を人々は知ることになる。強硬派が空気を読んですんなりと議案を通してくれる可能性もあればそうでない可能性もある。
ただ、内外のメディアはアメリカの下院議長が慣例的に強い力を持っているというこれまでの慣例を知っており大統領と議長の決定を「最終合意」と書いている。