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青木政憲容疑者に猟銃所持の許可を出したのは適切だったのか

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長野県中野市で警官を含む4人が殺害された事件が起きた。週刊誌でいろいろな報道が出ているのだがどうも媒体によって書き方が異なる。芥川龍之介の短編小説「藪の中」のような状態になっているので。この問題は「承認欲求を満たそうとした例外的な性格の人が起こした事件」として処理されようとしているのだがどうもそうではないと思える点がある。そしてそれを考えてゆくとどうしてもある問題につきあたる。それが「猟銃所持の許可」問題だ。

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週刊誌を中心にさまざまな情報が出てきたが驚くほど言っていることが違っている。おそらくこれが「世間の目」というものなのだろう。周囲は意外と他人の状況に関心がないということがよくわかる。ただ、何が起きているのかわからないと言う意味では家族もまた同じ状態に置かれていた。今回はまず以下の記事を読み共通点と相違点を拾った。

ポイントは「周囲の人は何かおかしい」と言うことには気がついていたと言うことだ。ただその「おかしさ」にはラベルがない。

小学校の頃は優秀だったが「あまり積極的に話すタイプではない」という点までは各紙・各誌で共通している。周囲は「どこか変わった子だな」と思っていたようである。だが野球という居場所がありそれなりに受け入れられていた。

  • 小学校では「不思議ちゃんキャラ」だったがキャッチャーでレギュラーだったこともありそれなりに認知されていた。(集英社オンライン)

一人で取り組める勉強や作業は得意だが付き合いは苦手だった。

  • 偏差値だけは家族の誰よりも高いが塞ぎ込みがちな性格だった。(FLASH)
  • 進路面談で「推薦入学は難しい」と言われた。(信濃毎日)

しかしながら学校の先生も「結局この状態が何なのか」はわからなかったようだ。この時点で特性に名前がついていれば問題は回避された可能性がある。とにかく推薦は難しいと言うことになったのだろう。だが、入学試験には対応できるのだから大学受験には成功する。問題が起きたのはそのあとだった。

  • 東海大学に入学し、個室付き・食事付きの寮で生活したが「他の学校の学生もいる環境に馴染めず一人暮らしを始めた」(信濃毎日)
  • 連絡が取れなくなったので家族が駆けつけると「部屋は盗聴されていて」「監視カメラが設置されている」と家族に語った。病院の受診も勧めたが「俺は正常だ」と拒否した。(信濃毎日)

東京の大学に進学したがうまくゆかず帰ってきたと言う点も各社共通しているのだが「うまくいかなかった」中身を詳細に書いているのは信濃毎日だけだ。つまり信濃毎日は家族に話を聞けているのである。だが、それでも「集団生活に馴染ませよう」としたところから、家族は状態を正確には理解できなかったようだ。さらに信濃毎日も特にこの問題を精神医学や発達医学の専門家には当てていないようだ。つまり実際にそれが何だったのかという分析はない。

  • お父さんは無理矢理自衛隊に入隊させたが長続きせず戻ってきた(ポストセブン)

その頃の心情も取材されているが各社で言っていることが驚くほど違っている。周囲の目の「解像度」にはやはり限界がある。

  • 親の跡を継ぐ中で思い悩んでいたようだ(ポストセブン)
  • 戻ってきてから会っても挨拶しないので「何かの病気かと思った」(週刊女性)
  • アルバイトでもコミュニケーションが取れなかった。(FLASH)
  • 「仕事を手伝っていた人が俺のことを一人ぼっちだとバカにしている」と怒りをあらわにしたことがあった。だがこっちにはそんな認識はなかった。(信濃毎日)

何かおかしい点はあったようだがあまり深くは考えず何となく説明ができそうな解釈をしてやり過ごしている。

一方でメディアは今回の件を「突出したローンウルフ型の犯罪」とみなそうとしているようだ。その代表的な識者が出口保行さんである。テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」でこの問題を安易に捌いてみせていた。周囲はあまり納得していなかったようにも見えたが専門家を論破するような根拠があるわけでもない。

容疑者は両親を苦しめるために反抗に及んだのではないかと出口保行氏は分析している。出口さんは「承認欲求が強い無敵の人による破壊的な犯罪だった」と言う立場だ。というよりショーを円滑に進めるためにそちらに話を持ってゆこうとしているようにも感じられる。

さらに「合理的でない行動をすることで周囲を撹乱しようとする可能性もある」と指摘している。「辻褄のあわなさが一貫しているのだから、容疑者が演出している可能性が高い」というわけだ。「羽鳥慎一モーニングショー」は視聴者が求める処罰感情を安易に満たすために容疑者が異常な人物であったことにしなければならない。そこで「これは容疑者のお芝居である」という説明を導入しているということになる。

だが、報道を丹念に読むと両親は異状に気がついていたようだ。だが、現実を受け止められずに東京の大学で寮に入れようとしたり自衛隊に入れようとしていた。つまり「訓練すればどうにかなる」と思っていたのだろう。「人間は普通に暮らしていれば集団生活に馴染めるはず」であり「それができないのは甘え」だと考えるのは昭和としては普通の感覚といえる。

だが、現実には彼の「特性」は次第に集団生活と合わなくなり状況は悪化していった。特に母親は「何か」には気がついていたようだ。集英社オンラインに次のような記述がある。

実際に2人の被害者から「ぼっち」と言われたかについて問われた母親は「幻覚だと思う」と答えている。

集英社オンラインの記事はかなり壮絶だ。捕まれば絞首刑になることを容疑者は知っていた。「だったら一緒に死のう」と母親は言うのだが「それはできない」と拒んだ。母親は「だったら自分が撃つ」と言ったがそれもできずに現場を離れたという。

母親は取り乱して混乱したのだろうか。それとも普段から薄々何かを感じていたのだろうか。集英社オンラインの記事からはそれは読み取れない。これを整理するためにはおそらく専門家の助けが必要であり、その専門家は事件の前に母親と会っている必要があった。

これまでの経歴を冷静に読むと(少なくとも彼の頭の中では)周りから一人ぼっちと罵られ続けていたと「認識」していた可能性が高い。すると彼は「嘘はついていない」ことになる。実際に言われていた可動かは問題ではなく「彼がどう認識していたか」が問題だからである。つまり外型的な情報をいくら重ねても「実相」は見えてこないのかもしれない。

特にもっとも注目されるのが「家族もうっすらとしか状態がわかっていない」という点である。おそらくこのような状況に置かれている家庭は多いのではないかと思う。辞職した中野議長の父親も「周囲にはあまり息子のことは語らなかった」そうだ。こうして一見社交的で成功していたかに見えた家族は閉ざされてゆく。

ただ「ショーとして成立させる」のだけが目的であるならば、このような面倒な問題には踏み込まない方がいい。「青木政憲容疑者は社会に一方的に恨みを募らせる迷惑な人でした」で終わりにした方が簡単にカタがつけられる。あとは大谷翔平の活躍などを伝えれば視聴率が稼げるだろう。

背景に何かあったと考えると事件の複雑さが一気に増してしまう。これはテレビのワイドショーとしては退屈であまり面白くない。例えば猟銃所持の是非という問題がある。

青木容疑者はきちんと県の公安委員会からの認可を受けて猟銃所持許可を持っている。

猟銃所持の許可を得るためには座学と実習が必要だ。コミュニケーションとしては複雑ではないためこの程度の「社会生活」には対応できたということになる。ただし「精神科医の診断が必要」という要件は緩和されている。

正面から捉えると、この問題は直ちに「社会問題」になってしまう。過疎化の問題と社会福祉の問題だ。

特に農村部では獣害が増えており猟銃所持のニーズが増しているという。しかし過疎化が進んでおり精神科医の人数が足りない。そこでかかりつけのお医者さんでも診断書ができるように要件が緩和されている。さらにいえば青木容疑者が抱えていた苦しみのもとが何だったのか相談できる機会はまったくなかった。知識がきちんと行き渡り相談できる人が長野県中野市近辺にいればそもそもこんなことになっていなかった可能性もある。

結局事件は「突出した本人の異常行動」ということにされ「育てた家族が悪い」と言うところに落ち着いてゆくのだろうが、本来それはあってはならないことなのだろうと思う。

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