安倍首相の拙い説明を聞いたサポーターたちが、安倍首相を応援するために法律の意図を「分かりやすく」説明しはじめた。彼らによると、日本政府は中国の台頭を意識して日本近海のシーレーン防衛の枠組みを整理しようとしているのだという。その通りであれば問題はなさそうなのだが、悩ましい問題もある。当の安倍首相がそれ以上のことをやりたがっているようなのだ。
いずれにせよ、集団的自衛権についての政策議論の為には共通の物差し作りが欠かせない。そこでできるだけ各者の主張を網羅的にまとめてみた。
平和主義
急進的な憲法第九条擁護派の主張。国家は戦力を放棄しても立派に存在ができるのだという。反対派からは「お花畑だ」とか「ディズニーランドだ」と非難される。日本はアメリカに防衛力を依存しているからだ。
夢物語のような平和主義だが、戦争が絶えない世界では切実な問題だった。ヨーロッパでは何度も国際的な枠組みが検討され、後の国際連盟や国際連合の結成につながり、日本の平和憲法は国際連合が機能することを前提に作られた。しかし、実際には国連の枠組みは充分に機能しているとはいえない。
日本は平和主義の憲法を持っているが、これを世界的な運動にして戦力放棄を訴えようというリーダーは現れていない。
専守防衛・個別的自衛
現在の状態。自衛隊に違憲の疑いがあるものの、概ね国民から受け入れられている。一般的な憲法第九条擁護派もここに位置するものと思われる。
安倍首相の「戸締まり論」は日本本土の防衛を意味する。だから、戸締まりを強化するなら専守防衛・個別的自衛でもよさそうだ。日本を防衛するのにわざわざ海外に出かけてゆく必要はないからだ。
オバマ政権は軍事費の削減を進めており、日本政府に対して自衛力を強化すべきだと要請している。
専守防衛反対派やアメリカの知日派は「一国平和主義」だと非難する。日本さえよければ他の国がどうなってもよいのか、という非難の含みがある。
現在の防衛費は5兆円程度。政策的にGDPの1%以内にするという上限が設けられている。憲法学者の半数程度がこのラインをぎりぎり合憲だと見なしている。
専守防衛・集団的自衛
安保法制賛成派が説明するレベルで、オバマ政権からもこのレベルの協力を求められているようである。専守防衛の範囲は南シナ海、東シナ海、日本海、西太平洋までを含む。米軍とオーストラリア軍との共同行動が前提なっているようだ。ただし、このレベルではシーレーンを全て防衛することはできない。
これを「戸締まり」と呼ぶのは無理がある。実際に自衛隊が海外(ただし他国の領土でも紛争地域でもない)に出かけて行くからだ。
オバマ大統領が日本に「積極介入主義」を勧めないのは、自身が2013年に「アメリカは世界の警察官ではない」と国民に訴えたからだ。アフガニスタンとイランの戦争で疲弊し、アメリカ財政はデフォルトの危機に陥った。(ニューズウィーク)このため、アメリカ国民にも厭戦気分が広がったのである。
賛成派は概ねこのラインを容認しているものと思われる。また、安倍首相の「火事論」から見ると、政府はこのレベルであれば国民が受け入れるだろうと考えているようだ。
しかし、このレベルであれば日米ガイドラインの地域的限定を外す必要はなさそうだ。単に「極東」としておけばよいはずである。
維新の党はこのレベルの対案を出したが、衆議院通過の段階では自民党から擦り合わせを拒否された。民主党は専守防衛を唱っているが、集団的自衛権を認めるかについては態度を明確にしていない。
積極介入・集団的自衛・米国追従
ブッシュ大統領時代に見られたアメリカ合衆国の政策に追随するといいうもの。アメリカが世界の警察官として積極的に世界平和に貢献しようという考え方。
ブッシュ時代のアメリカは日本に「地上軍を派遣せよ」とプレッシャーをかけた。また保守派であるヘリテージ財団も日本にこのレベルの貢献を求めているものと思われる。ヘリテージ財団はレーガン大統領時代にレーガンドクトリンと呼ばれる政策を提案・支援した。これは世界各地の反共勢力を支援するものだった。
積極介入による自衛戦争は、アメリカの利益のための侵略戦争であるという批判もある。アメリカが介入するのは自国権益のある地域だけで、資源のない地域の国際紛争にはほとんど興味を示さないからだ。また、アメリカの介入は現地の勢力バランスを崩す。結果的に民主主義が破壊され、テロリズムの温床になっている。
今回の安保法制を批判する人たちが積極介入政策を「戦争」と見なし、この法案を「戦争法案」と主張するのは、積極介入を戦争と見なすからではないかと思われる。
例えば、イラク戦争では、イラクが大量破壊兵器を保持しているからアメリカ側陣営が攻撃される怖れがあるというのが開戦の名目になった。この際イラクからの先制攻撃はなく「先制的自衛権」が行使された。しかし、後に大量破壊兵器は発見されなかった。
平和主義への極端な反論に「積極介入・集団的自衛主義」でなければ「武装解除なのだな」というものがあるが、実際にはグラデーションがあり、護憲派がどのような主張を持っているかは分からない。雑誌やメールマガジンを売りたいためにこのような極端な批判をする人がいる。
「戦争法案派」への反論は、オバマ政権が積極介入主義を取っていないから、日本がアメリカの戦争に巻き込まれることはないというものだ。一定の説得力がある。一方で懸念もある。まず、アメリカで政権が変われば、政策も変更される可能性がある。さらに、日本はオバマ政権に次のような申し出をしている。
日本の国会議員と政府情報筋は「特別措置法を作ることなく、ホルムズ海峡の機雷掃海をしたり、日本近隣を越えてアメリカ軍の兵站をサポートできるような恒久法の整備を目指す」と語った。(ロイター(英語))
これが安倍政権が「積極介入主義」つまり「戦争」に加担しようとしているのではないかと疑われる理由だ。このホルムズ海峡の例は「例外」と説明され、衆議院での議論を混乱させる要因となった。
なお「ホルムズ海峡」の例は第3次アーミテージ・ナイレポートを引き合いに出したものだという説がある。アーミテージ(共和党)・ナイ(民主党)は、中東が日本の利害地域だと主張し、この利権を守るためには中東まで出かけて行くべきだという論を展開しているようだ。
積極介入・集団的自衛・日本主導
現在の覇権国家はアメリカだ。アメリカに代わって日本が積極的介入を主導しようという政治家はいないものと思われる。しかし、アメリカが「世界の警察官」を降りてしまったので、地域の大国が「警官代理」を果たさなければならなくなる事態は考えられる。
第二次世界大戦前の日本は資源確保(つまり自衛)の為に戦線を拡大した。これを個別的自衛と見なすことはできる。大東亜共栄圏は地域の集団的自衛圏を構築しようとしたという見方は可能である。ただし、この見方は戦勝国から否定され、第二次世界大戦は近隣諸国に対する侵略戦争だと見なされる。これを東京裁判史観と言う。
東京裁判史観を反対する保守層の中には、戦前地域軍事大国だった日本の再興を願っている人たちもいる。安倍首相はこのような思想との関与を疑われており、自衛隊の役割強化はゆくゆくはこうした野望に利用されるのではないかと考えている。
従って「戦争法案反対派」の一部は、法案に反対しているというよりも、安倍首相の思想に疑念を持っているものと考えられる。
しかしながら、こうした思想に関与している人たちは安倍首相以外にもおり、自民党以外にも広がっている。