NHKなど国内メディアが一斉にフィッチ・レーティングスがアメリカ国債の格付けを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げたと伝えている。ロイターなどはあまりこのニュースを大きく取り上げておらず、Bloombergは「今後どのような条件でデフォルト認定される可能性があるのか」ということを詳しく書いている。問題の本丸は債務上限問題であり格付けはそのサブストーリーに過ぎない。NRIの木内登英氏は今後のアメリカ債務上限問題について「もはや無傷での解決は難しい」と指摘している。フィッチの「ネガティブ」は正確には現在はAAAだが将来マイナスの方向に変更する可能性がありますよという意味になる。つまり格付けは維持されている。逆にプラス方向に変更する場合は「レーティング・ウォッチ・ポジティブ」というそうだ。
このブログでは「いくらなんでもアメリカは最悪の事態は避けるであろう」と書いてきた。過去の関連記事はこちらからご覧いただくことができる。だがその予想は外れつつある。
NHKは「ネガティブ」にはなったがAAAは維持されたと書いている。だがこの情報はおそらく投資家にはたいして役に立たないだろう。単に監視対象になったというだけで格付けが下がったわけではない。つまり条件が整えばデフォルトと見做されるのかの方が重要だ。このブログ記事の最後にBloombergをご紹介するが、Bloombergは2つの格付け会社のデフォルト判断について紹介している。
いずれにせよ財務省が指定した6月1日という期限までに合意に達しない可能性が徐々に高まりつつある。NRIの木内登英氏は今後の解決のシナリオを4つに分けたうえでそれぞれが起こりそうな確率を提示している。木内氏は55%の割合で6月上旬の解決になるであろうと言っている。つまり財務省が提示する6月1日という期限を切ってしまうことになる。
ではなぜそのようなことになるのか。
現在争っているのは議会(下院)と大統領である。この二者が合意してくれれば問題はすぐさま解決されるように思える。大統領は債務上限延長の法案を準備してもらえるし共和党は予算の組み替えと将来の支出の制限という要求を通すことができるからだ。
だが、実際にはこの合意は単なるスタートラインにすぎないようだ。まず問題になるのは下院の「72時間」だそうだ。なぜかイギリスのBBCがアメリカ議会の仕組みと情勢を詳しく書いている。
BBCによると5月29日は戦没将兵追悼記念日(メモリアルデイ)で議会はお休みになる。法案を精査するために少なくとも72時間が必要だ。つまり6月1日に間に合わせようとすると5月26日の金曜日の早朝までに合意を成立させる必要があるそうだ。
さらに上院もこの法案を承認する必要がある。「たとえ一人でも反抗的な議員がいると」採決が遅れる可能性があるなどとBBCは指摘するが「どちらの政党の議員が」「どんな理由で」とは書いていない。議会は均衡状態にあり「知名度を上げるためには手段を選ばない」議員も多いそうだ。彼らは突貫作業で作られた法案の穴を探す。デフォルト回避を優先する議員は騒がないかもしれないのだがそうでない人たちもいる。彼らが「活躍」し出すと事態の収拾はおそらく不可能になるだろう。
さらに法案が通ってもバイデン大統領の署名に向けたプロセスは残っている。数時間でも可能だそうだが仮にここで間違いが見逃すと将来的に大きな問題が起きる可能性が出てくる。瑕疵のある法律でも一旦通ってしまえば支配力を持つのが「法の支配」原則なのだ。
イエレン財務長官は6月1日以降法律が制定するまでの間も何らかのやりくりをすることは可能である。だがそもそも「政府が約束した期限に間に合わなかった」ことも「ある種のデフォルト状態」とみなすことができる。こうなると格付け会社が「何をデフォルトと見做すか」という基準がとても重要になる。
いずれにせよこうなると「なぜもっと早く取り組まなかったのか?」という批判は当然出てくる。
Newsweekによるとマッカーシー議長は72時間遵守の構えである。民主党のペロシ議長の時代にはこうした慣例が破られたことがあり、フリーダムコーカスと呼ばれる共和党の強硬派の中には「スケジュールはなんとしてでも守られなければならない」とこだわりをもつ人が多いようである。
またマッカーシー議長は国会で記者団を前に「演説」し「大統領側が97日間も私に何の相談もしてこなかった」と訴えた。つまり悪いのは大統領だというのだ。マッカーシー議長は「夜通し検討を続ける」とし共和党は一生懸命にこの問題に取り組んでいるという姿勢をアピールし続けている。
政権側にも問題がある。ホワイトハウスの報道官は共和党が福祉予算を人質にしてアメリカ経済を危機に晒していると声高に批判し続けている。報道官の背景に「下院共和党は30%のカットを求めている」と書いたボードを掲げて見せた。ボードには次の文字が見える。
- 教育
- 慈善のための食事サービス(Meals on Wheels)
- 退役軍人の住宅
- 法律の執行
- 空気の安全
- 鉄道の安全
- オピオイド治療
- 労働力開発
民主党は「共和党は富裕層への増税を避けるために福祉予算がターゲットになっている」と攻撃している。下院議長は、政権がお金を使いたがるのは民主党が社会主義者に乗っ取られているからだと応戦する。特にバイデン大統領はバーニー・サンダーズ(左派的な主張で知られる)に操られているとしており彼を制御するのはバイデン大統領の仕事だと言っている。
あとは泥試合だ。
議会民主党とバイデン大統領が取り得る選択肢は若干異なっている。バイデン大統領は憲法第14条を根拠に債務上限を引き上げるという選択肢があるが大統領は今のところこの問題が多い解決策には消極的である。下院民主党全員が「債務上限を強制的に延長できる」免責プロセスにサインした。しかしこの提案が通るためには共和党側から5人の離反者が出る必要がある。結局この強制引き上げは実現しなかった。
- 米債務上限協議、依然多くの隔たりも合意できると確信=下院議長
- 米債務上限協議、24日夜も継続へ=下院議長
- ホワイトハウスが共和党批判、「デフォルト回避は譲歩ではない」
- 米国株式市場=続落、債務上限協議膠着でデフォルト懸念高まる
- ‘Not my fault’: Kevin McCarthy updates debt ceiling negotiations | LiveNOW from FOX(YouTube)
- McCarthy says debt ceiling standoff ‘not my fault,’ as White House warns of economic risks
この議論は各論を見れば見るほど「落とし所なく混乱している」ようにしか見えないが、投資家はそんなことは言っていられない。Bloombergは今回のフィッチレーティングスとDBRSモーニングスターの引き下げについて次のようにまとめている。
要約すると「おそらく最悪の事態は避けられるであろうが」とした上でデフォルトについての見解をそれぞれ述べている。フィッチ・レーティングスはデフォルトとは見做さない可能性が高いのだがDBRSモーニングスターは「何らかの支払いが滞れば選択的デフォルトと見做す」と言っておりこの点で表現が異なる。
フィッチ・レーディングス
- 現在最上位の「AAA」としている米国の長期外貨建て発行体デフォルト格付け(IDR)について、連邦債務上限問題を巡る対立を背景に「レーティング・ウオッチ・ネガティブ」に置いたと発表:つまりAAAではあるが監視対象に入ったと言っている。これがNHKが書いていたAAAは維持したの正確な意味ということになる。
- 将来の格下げの可能性にも言及した。理由は政治的混乱。
- Xデーを過ぎた後もデフォルト(債務不履行)は回避されるとの見解。
- ただ、Xデー以前に交渉が妥結するとの予想を維持。
DBRSモーニングスター
- 米国の「AAA」格付けを引き下げ方向の見直し対象にしたと発表したが格下げはまだ行っていない。監視対象と見直し対象なので行っていることはフィッチ・レーティングスト同じだ。
- 金利か元本の支払い不履行があればでデフォルトと見なし「選択的デフォルト」格付けに引き下げる。
- Xデー前に引き上げられた場合も、債務上限を巡る対立が繰り返される二極化された政治環境はAAA格付けに一致しないと判断する可能性もある。
- 米財務省の資金が尽きる前に議会が債務上限を引き上げると予想。
最新の情報では、バイデン大統領は歳出額の2年凍結案を提示している。バイデン大統領は再選に向けて出馬することになっている。共和党の要求通り6年間予算にキャップがかかると大統領選挙で新しい約束ができなくなる。
一方でマッカーシー氏側は「最終的に全員がハッピーになるとは思わない。それが現在、このシステムの仕組みだ」と言っている。意味するところは定かではないが、バイデン大統領が選挙キャンペーンのために自分の主張を展開すればアメリカ国民が不幸になるであろうと示唆したようにも読み取れる。
NHKの報道を見ると「国債の格付けが下がった」ように見えるのだが、実際には金融機関への影響を避けつつ「監視対象」宣言することで政治側にメッセージを送ろうとしたのだろう。だが下院議長は「自分たちは主張すべきものは主張させてもらう」とした上で「何らかの犠牲が出てもそれは仕方のないことだ、民主主義とはそういう仕組みなのだ」と返答したことになる。格付け会社の訴えは党派対立に夢中になるアメリカの政治家には届かなかったのかもしれない。