ゼレンスキー大統領のG7訪問と時を同じくして「ロシアによるウクライナ侵攻」が新しいフェイズに入った。The Liberty of Russia Legionと呼ばれる集団がロシア領内に侵入したのである。ベルゴロド州知事はこれをテロと断定し非常事態態勢に入った。これまではロシアからウクライナへの一方的な侵略だったが今回の一件でわずかながらロシア国内に衝突が飛び火したことになる。ベルゴロド州はモスクワから600km弱のところに位置するロシア連邦の州である。現在の人口は150万人程度だそうだ。今回は自由ロシア軍団の背景について記事を読み、今後の展開についても考える。
そもそもどんな人たちがロシア領に侵入したのか?
現在Googleで「What is the Liberty of Russia Legion?」と検索すると最初にラジオ・フリー・ヨーロッパというサイトが出てくる。ロシアの最高裁判所が自由ロシア軍団をテロ組織に指定したというニュースである。自由ロシア軍団は元ロシア議員のイリヤ・ポノマリョフ氏がロシアのウクライナ侵攻後すぐに創設したと短く説明されている。
イリヤ・ポノマリョフ氏についてはWikipediaに日本語のエントリーがある。ソ連崩壊後にロシア共産党に入った。プログラミングに素養のあるコンピュータの専門家でロシア政府の電子化にも参加している。最近ではクレムリンの無人機攻撃の映像のニュースで「犯行声明」を出している。この時にCNNはクリミア半島併合に反対した唯一の国会議員だと紹介している。
自由ロシア軍団には反プーチンのボランティア(志願者)だけでなく兵士などなどさまざまな人々が加入しているようだ。あまりにもブラックなロシア軍や準軍事組織の待遇に耐えかねて「こちらの方がマシである」と考えて寝返った人もいるようだとHistory with HillbertというYouTubeチャンネルでは解説していた。現在どれくらいの規模がいるのかはわかっておらず、またこの運動がどれくらい広がりそうなのかもわからないようだ。
今回、このニュースを考える上で「今後ロシア国内でどんなインパクトを残すか」が気になる。ロシアは70名程度を殺害し残りは国外に追い出したと主張している。共同通信は100人規模と伝えている。つまり侵入は極めて局所的なものであり全体から見るとそれほど大きな影響はなさそうである。ただし「これほど大規模な攻勢」がロシア領内で起きたという象徴的な意味合いは大きい。ベルゴロド州はまだ「テロ対応体制」を維持している。
ウクライナ政府と西側の関与は?
次の問題はウクライナの関与である。つまり、これまで一方的に仕掛けられていたウクライナが国境を超えて押し戻しているのか?という問題だ。これについては当然ながらロシアとウクライナで見解が異なる。
ロシアは今回の件をウクライナが仕掛けたテロだと宣伝している。ロシアによると「キエフ政権」は本来存在すべきではなく西側がスラブ社会を破壊しようとしている企みの一つなのでこの説明はロシア国内では整合性がある。一方でウクライナは反プーチン勢力が自主的に仕掛けていると宣伝している。プーチン大統領はロシア国民を無謀な戦争に巻き込んでいるというのが西側の見方なのだから「ロシア人が自ら蜂起して解放に向けて戦っている」という見方になる。
以下、西側の見方としてCNNの紹介を読む。
CNNによると自由ロシア軍はベルゴロド地区の攻撃への関与を認めた。さらに、ウクライナは自由ロシア軍の存在を認めた上で「防衛・治安部隊の一部であった」というところまでは認めている。だが、今回の作戦はウクライナの防衛とは別系系統であったとも主張している。
つまりウクライナ領内での「防衛」とロシア領内での「反乱」を分けている。
自由ロシア軍団には政治部門のアレクセイ・バラノフスキー(Aleksey Baranovsky)氏は今回の行動の目的はプーチン大統領の独裁からロシアを解放することだと説明している。CNNは自由ロシア軍は「ウクライナ軍の一員として自国民とと戦う筋金入りのロシア人志願兵が含まれている」と説明している。ロシア側から離反者が出ているという事実やロシア領内であっても必ずしも安全ではないという事実がロシア人の士気を弱めることを期待しているようだ。
BBCは自由ロシア軍に加えてロシア義勇軍(RVC)という組織がベルゴロドの作戦に参加したようだと伝えている。つまり反プーチン勢力は1つではないという含みがある。
つまりウクライナの公式見解によればこれは「反転攻勢」の一環ではない。
自由ロシア軍団の次の目標は?
自由ロシア軍団の次の目標はロシア各地にシンパがいることを示すことである。
真偽は確認されていないそうだが、ロシア国旗から赤を除いた青と白の旗がモスクワ大学に掲げられているビデオを公開したそうである。旗やバルーンを示すことによってモスクワなどのロシア各地にも反プーチンの動きが広がっていると示す狙いがあるのだろう。創始者のポノマリョフ氏はコンピュータネットワークに強い。Wikipediaによるとロシア版金盾(インターネット検閲)の創設にも関与しているということなので、ロシア国民に対するサイバー宣伝は彼らの得意分野と言えるのかもしれない。
これまでの情報を総合すると今回のロシアによるウクライナ侵攻を押しとどめるような大規模な作戦ではなさそうだ。だがサイバー宣伝を通じて「ロシア国内にも反プーチン派が存在する」という作戦が展開される可能性がある。これが体制をどこまで動揺させるのかが一つの注目ポイントになりそうだ。
ロシア側は当然「西側がロシアの破壊を狙っている」とこれまで通りに宣伝するだろう。「プーチン体制は必ずしも盤石ではない」と考える人と「西側がロシアの破壊を狙っているのだからプーチン体制を支えなければならない」と考える人が出てくるだけなのかもしれない。
今回のロシア領内部への展開が「いいことなのか」「悪いことなのか」ということになる。結論から言うと「この善悪を判断する枠組みがない」と言うことになる。便宜上はウクライナの戦争などと言われるが、もともとロシアの宣戦布告なき一方的な「特別軍事作戦」が収拾不能になった状態に過ぎない。さらに最終的な判断を下す国連安保理は分裂状態にあり審判(ジャッジ)がいない状態になっている。
今回の衝突が2014年のクリミア併合で始まったものだとすると状況は徐々に我々の想像を超える速度で拡大しつつあるといえる。もともとは緊密な関係を持つスラブ系のウクライナとロシアが一地域を巡って衝突するという事案だった。だが、プーチン大統領が一方的に状況をエスカレートさせウクライナ全域が巻き込まれた。西側諸国が積極的に関与し「民主主義対専制主義」と言う対立構造がつくられるようになっている。
ロシアは「NATOが戦争に参加している」とみなしている。今回のベルゴロドへの侵攻も「西側のスポンサーシップによるロシアの体制の破壊である」との主張だ。もちろんNATOはそれを否定しているがG7での積極的な関与を見ると少なくともコミットメントは強まっていると言って良い。誰か一人のリーダーが積極的に関与しているというよりはそれぞれの思惑が合成されコミットメントが大きくなっているという印象である。
2014年のクリミア半島併合からの流れを一つのものとみなすと、徐々に紛争の境界が曖昧になり当事国が増えている。この構図にあえてG7広島サミットを組み入れると「グローバルサウス」と呼ばれる国々に対して「こっちに残るのか相手につくのか」の踏み絵をふませようとしたと言うような意味づけさえできてしまう。つまり既に世界は分断されつつあると言ってよく、それを超える調停者は今の所現れていない。
今回のベルゴルド侵入は軍事作戦という意味ではそれほど大きなものではないのだが「エスカレーションの次のステップである」と位置付けることもできそうだ。今回の衝突では「ワグネル」という準軍事組織が注目されていたが、今回は自由ロシア軍団という新しいプレイヤーが加わったことになる。