安倍首相によって傷つけられる人たち

人類は進化の過程でいくつかの知能を発展させてきた。群れのメンバーの相互関係を読み解く能力は150人ほどを記憶できるそうだ。もう一つの能力が嘘を見抜く能力である。今回の安保法制が短い時間で多くの国民の反感を買ったのはそのためだろう。
一般的に「分かる」とは論理的な構造を理解することだと思われがちだ。だが、この安保法制の場合「分かる」とは、安倍首相の提案が「信頼できるか」どうかが焦点になっている。安倍首相は小さな隠し事を積み重ねたために、国民の信頼を得ることができなかった。
嘘の始まりは2007年の論文だ。2007年の論文(セキュリティダイヤモンド構想)でインド洋から太平洋まで続く「対中防衛」を想定した。日本が対中防衛網に積極的に関与するという意思を表明したのだ。念頭にあるのは、日本、オーストラリア、インドとの協力体制の構築だ。2015年にはアメリカの議会で日米同盟の強化を約束している。
第一の嘘は安倍首相が自分自身についたものだ。軍事評論家の小川和久さんによると、日本は米軍と一緒でないと行動できず、単独で作戦行動を取れるほどの実力はないそうである。もちろん憲法上の制約から軍として行動することはできない。ところが、安倍さんは日米豪印があたかも「対等な軍」であるかのように思い込もうとしている。嘘という言葉がまずければ「安倍さんのロマン」だと言い換えてもよいだろう。
このため、支持者には「対等さ」をアピールしながら、実際にはアメリカ軍の下請けしかできない中途半端な法案ができた。ところが聞き手の中には安倍さんの言葉だけを聞いて「自衛隊がアメリカ軍と肩を並べるほどの実力を持とうとしているのでは」という疑念を持つ人が現れて、大騒ぎになった。
さらに、安倍さんは「中国を刺激する事なく」話を進めたいと思ったようだ。ところが、議論の中で全体像が明かされなかったために、受け手側は現在の状況(日米同盟)と過去の戦争(イラク戦争やアフガン戦争など)を引き合いに出した。だから、噛み合ない議論が続いた。
また、維新の党の出した対案にも乗れなかった。対案は日米同盟を念頭に置いている上、集団的自衛権の容認についての判断を避けている。実質的な軍事同盟を結成するには、集団的自衛権の行使容認は避けて通れない。ここから橋下さんにも「本当のこと」は言えなかったのではないかと思われる。
次の嘘は費用に関するものだ。少なくとも米国議会は安倍さんの演説を聞いて「安倍さんはアメリカの負担を一部肩代わりしてくれるのだな」と思ったはずだ。ところが、日本の国会で安倍さんは「防衛費は増えない」と言っている。
こちらの嘘は有害だ。朝日新聞の報道ではある自民党の参議院議員が「国民生活に関係がないので、この法案のことはすぐに忘れるだろう」と言っているそうだ。身内ですら負担が増えないという言葉を信じているのだ。しかし、この約束は矛盾しているので、誰かが裏切られることになるだろう。
今は「たいした法案ではない」と思っている議員も防衛費の増大に歯止めが利かなくなれば慌てるはずだ。有権者の批判に晒されていることは目に見えている。一方で、日本政府にはGDPの200%を越える債務を抱えているので、これ以上は軍事費を出せないという意見もある。
安倍さんのついた嘘は、むしろ賛成派を苦しめている。ネトウヨのような人たちは何も分からずに酔っているだけなので良いのだが、「自衛隊が国を守る崇高な仕事をしているのだ」と考えている人たちにとっては、自衛隊が戦争屋のように扱われることは耐え難い屈辱なのではないかと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。