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バイデン大統領はなぜ広島で「絶対に謝らない」のか

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毎日新聞が「バイデン氏の広島訪問 原爆巡る「発言機会はなし」と米高官」という記事を出している。バイデン大統領が広島で原爆に関して言及することは絶対にないということをあらかじめはっきりさせたというのだ。日本のメディアは広島にアメリカの大統領を呼ぶことの難しさを意識しつつ「原爆資料館を見て何かを感じてほしい」と期待を表明しているが、アメリカでは全く異なる調子で報道されている。謝罪は「弱さにつながる」と考えられているのである。

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今回の訪問でアメリカが何を考えているのかをCNNとFOXで調べてみた。

CNNは重要日程のキャンセルはアメリカ合衆国が内政的にかなり危ない状況に陥っているという間違ったシグナルを送る可能性があったと指摘している。一方で訪問してもアメリカ合衆国が政治的にかなり危険な状態に陥っているという事実は消えないとも言っている。CNNの報道はG7のような重要な予定をキャンセルしてしまうと「アメリカが弱く見られかねない」という不安の裏返しになっているように思える。ただ実際に問題がなくなるわけでもないという不安もあるようだ。

FOXニュースの指摘は日本人にとっては考えさせられるものがある。「バイデン大統領は広島で謝罪するつもりがあるのか?」ということを熱心に聞きたがった記者たちがいるのだという。彼らが懸念するのは「これまでもアメリカの大統領は日本から謝罪の要求をされてきた」からなのだそうだ。日本人はアメリカに対して複雑な感情を抱き謝罪要求を抑制してきたという気持ちがある。ただ仄めかし程度であっても彼らには「謝罪要求」に見えているということになる。この認識の差がどこから生まれるかはわからないがキリスト教的な罪悪感もあるのかもしれない。

FOXの記事によるとホワイトハウスの反応は「犠牲者は敬意を払うが訪問の目的は未来志向のものである」とというものだった。最後にFOXは「オバマ大統領は謝らなかった」と結んでいる。つまりバイデン大統領が謝れば「弱腰」の証明になるということなのだろう。

FOXニュースを見るとサリバン米大統領補佐官の発言意図が見えてくる。ロシアによる核攻撃を牽制したいアメリカは各国と協調姿勢は取る。だがアメリカがやったことに対して謝罪して自分達の弱さをみせるようなことは絶対にやらないと言っている。

当事者である被爆者の心情はかなり複雑なものだろう。その複雑さは大きく分けてアメリカに対するものと日本に対するものに分けられる。

日本では徹底した平和教育が行われており、広島と長崎の惨状についての認識が浸透している。ただそれを引き起こした主語は曖昧にされておりアメリカに対して直接謝罪を要求する人は多くない。はっきりと要求を口に出すよりも「相手に察してほしい」という気持ちがあり、アメリカに防衛を依存する以上はアメリカの機嫌を損ねたくないという恐れもあるのだろう。

おそらく記者たちの心配は杞憂に終わるだろう。高齢のせいなのかあるいは元々相手にあまり興味がない性格なのかはわからないがバイデン大統領には失言が目立つ。今回は岸田総理に対して「大統領」と呼びかけたそうだ。おそらく謝罪の気持ちを滲ませつつアメリカの立場を守るというような複雑な外交には対応できないだろう。日本としても下手にバイデン大統領に何かを喋らせてしまうと外交惨事に発展しかねないというリスクがある。広島サミットをどうにかして成功させたい岸田総理もおそらくはバイデン大統領にはあまりこの話題には触れてほしくないはずだ。スナク首相はこの辺りをうまく「こなしている」印象である。読売新聞のスナク英首相が寄稿「核の危険、60年で最も高い」…原爆投下は「人類の悲劇」によると核保有国でありながら核の不使用にも言及している。質問ではなく「寄稿」として文章をまとめたところもポイントだろう。

BBCの視点も冷静だ。オバマ大統領の広島訪問について「広島県民は謝罪を望んでいるのだろうか?」という記事を書いている。つまり説明の仕方によっては(たとえ英語圏であっても)この複雑な心情を書き表すことはできるわけである。

記事は「安らかに眠ってください」という記念碑の文章が主語を明確にしていないというところから始まっている。BBCは共同通信が生存者に対して行った調査を引用する。78.3%が「謝罪を要求することで大統領がくることができないなら謝ってもらわなくても構わない」と答えていると紹介されている。

だ本人は広島と長崎という惨劇を経験しつつも「アメリカに守られている」というもう一つのと現実と折り合わせるためにどうすればいいのかということを長年考えてきた。結論は人によって違うのであろうが謝罪を要求するよりも核兵器の断絶に向けて継続的に努力すべきだと考えている人が多いのではないかと思う。さらに言えば大国が核兵器を手放すことができないということもよく理解されている。

だが、被爆者たちが戦わなければならないのはそれだけではない。実は岸田総理にも疑念を持っている人が多いようだ。

被爆地広島選出の総理大臣という平和のイメージを使って実は安倍総理も成し遂げることができなかった大胆な一歩を踏み出そうとしているという認識があるようだ。ロイターは被曝生存者の複雑な思いを紹介しているが、中に「宣伝」と言っている人もいる。

実際の変化がなければ、広島のG7は岸田首相のパフォーマンスだけを宣伝するような会議で終わってしまう、と家島さんは語る。

こうした認識を持っているのは何も被曝生存者だけではない。悪人顔の岸田総理の表紙で有名になったTIMEには原爆サバイバーであるサーロー節子さんのこんなコメントが書かれている。岸田総理は核なき世界を作ることが自分の優先順位だと言っていたが、実は「我々を騙そうとしているのではないか」と指摘している。やはり広島というイメージを利用しているのではないのかという疑念があるのだ。

The bombings of Hiroshima and, three days later, Nagasaki claimed some 170,000 lives. Japan’s more aggressive military posture under Kishida makes Thurlow “alarmed,” she says. “[Kishida] said his top priority was to work toward a world free of nuclear weapons. But right now, I realize he was deceiving us.”

おそらく日本の総理大臣がアメリカに対してやるべきことは「日本人はこれまで正面から受け止めることが難しい現実と直面してきた」ことを説明しつつ「謝罪が対話の妨げになるのであればそれは求めないものの核兵器は本来的には廃絶されるべきものである」ということをアメリカにきちんと説明することなのだろう。だが岸田総理にはそれができていない。

TIME誌は亡霊を引き合いに出しつつ比較的長い記事を構成している。亡霊をさほど恐れず軍事的に大胆に歩みを進める岸田総理に対して冷静な視線を注いでいるといえるだろう。

おそらく岸田総理は「広島というレガシーを宣伝材料に使い自分のやりたいことをやろうとしている」総理大臣なのだろう。欧米のメディアは意外とその辺りをわりと冷静な視線で見つめている。

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