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「絶対に間違えないから対応窓口を作らない」という政府の方針でマイナンバー健康保険証被害者がたらい回しにあう

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マイナンバーカードに紐付けられている健康保険情報が違っているという被害が出ている。他人に情報を盗み見されたという人も出てきたようだ。7,300件の誤登録があり5件が情報を閲覧されている。この中で特に問題視されているのが「たらい回し」である。政府はマイナンバーカードは絶対に安心だと説明している。だから官僚は何かあった時の対策を考えることができない。絶対に問題が起きないのだから対策を講じる必要はないということになってしまうからである。ここでは「たらい回し被害」をみた後で、Amazonという補助線を引き具体的な対策を考える。対策は実は意外と簡単である。何かあった時のことを考えればいいのである。

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テレビ朝日の独自取材によるとAさんは姓が違っている保険証を見て問題に気がついたようだ。「姓が変わった」ということなのでおそらくは結婚などをきっかけに変わったのだろう。また名前も読み仮名だけが同じだったそうだ。つまり厳密には同姓同名ではなかった。

総務省で「そんなことはあるはずがない」「そんな話は聞いたことがない」と言われた。問題を否定されたことが最もストレスになったものと思われる。だが苦行はそれでは終わなかった。対応窓口を自分で探さなければならなかったのである。

まず総務省に連絡した。総務省は「カードが発行された後だから」という理由でデジタル庁を紹介した。デジタル庁はマイナンバーカードの電話番号を紹介した。テレビ朝日によると「総務省かデジタル庁に」つながる窓口だったそうだ。しかしその窓口にかけると「ご意見を承ることはできるが対応できるところがどこになるのかはわからない」と返答されたそうだ。法律上、何かあった時の対応権限が付与されていなかったようだが、そもそも問題が発生した時に誰が責任を持つかを考えずに法律と制度設計をしているのだ。

結局最終的に誰が対応したのかは記事には書かれていない。厚生労働省はシステムを運営している『社会保険診療報酬支払基金』または『国民健康保険中央会』に問い合わせてほしいと言っている。おそらくメディアやSNSが騒ぐまで国は対策を取らないだろう。

加藤厚生労働大臣も他人事である。当事者意識がまるで感じられない。「徹底してもらう」と言っている。

加藤大臣は、「こうしたことが起こらないよう入力時に十分配慮することを徹底してもらう」としています。

メディアは「失敗は絶対あってはならない」という態度だ。おそらく責任を取らせるということになれば「誰の首が飛ぶのか」という議論につながってゆくものと思われる。

産経新聞もミスは絶対に許されないという。

住民票の誤発行の原因について河野氏は住民票交付の処理が増えた際に、別人の住民票情報を上書きすることがあると説明。富士通ジャパンのシステムの問題だと強調したが、こうした姿勢には「政府の責任逃れだ」など厳しい声も聞かれる。マイナ保険証の問題について厚労省は、加入する医療保険の運営側が住民基本台帳を参考にしたため、誤った番号を登録したことによる事務的なミスと強調。対策としてシステム改修を進める考えだが、本来、保険証の情報など機密性の高い情報に関してはミスは許されない。

ではこの産経新聞の態度は正しいのか。「あるべき論」に沿って考えればこれは正しいと言える。だが実際にシステムは導入されてしまっており今後もミスは起こる。そう考えるとこの態度は全く正しくない。だが日本の仕組みだけを見てもこの辺りが見えてこないので、視点を広げてみよう。

Amazonは置配の仕組みを導入した。同時に盗まれたり濡れたりした時にすぐに対応できるようにコンタクトセンターを増強しているようだ。つまり「問題が起こること」を前提に投資をしている。配送費が値上がりしており「事故のコスト」を考えても配送費の節約の方が安上がりだと計算したのだろう。Amazonのクレーム処理の仕組みは徹底しており「出品者が返品に応じない」ときや「そもそも連絡が取れない」時には何も聞かずに返金に応じてくれる。品物は取っておいてもらっても構わないと言われることもある。電話は比較的すぐにつながる。

いっけん極めて親切に見えるのだが「信頼されるメリット」や「経費削減のメリット」と「事故対応のコスト」を合理的に計算している。そして段階的に仕組みを導入している。総論で見れば実店舗がない方が人件費や店舗運営費のコストは安い。つまりある程度コールセンターに投資をしても元が取れてしまうのだ。

Amazonは間違える。だが「間違いを是認しているから」という理由でAmazonを見限る人はそれほど多くない。顧客の関心は自分の買い物だ。さらにAmazonも「どうせミスは起こるんですよ」などとは言わない。できるだけミスは減らすが例外的にこぼれたものは救済するという立場である。これが信頼につながる。

日本の場合はこれが真逆になる。銀行の事例を見てみよう。人件費高騰や一等地の店舗維持に悩みできるだけ費用を削減したいと考えている。そこで目をつけたのがオンラインバンキングである。

高齢者を中心に金融詐欺が増えている。これに対応するためオンラインバンキングには「但し書き」が増え、セキュリティ上の配慮から操作が面倒になる。事故が起きるのを極端に恐れているからだ。仕組みを複雑にすると高齢者が使えなくなるのでコンタクトセンターに問い合わせが増える。するとコンタクトセンターはチャットなどにお客さんを誘導しようとする。また自動音声による通話先の切り替えも面倒だ。お客さんは「なかなか電話が繋がらない」と怒り出す。こうなると感情に火がつきクレームの電話は1時間も2時間も続く。そこでコールセンターのコストがさらに上がり……という悪循環が起きている。

例えば三菱UFJ銀行はATMと窓口にくるお客さんを減らそうとしておりオンラインバンキングの振込手数料を優遇している。だがおそらく懲罰的に振込手数料を引き上げたからといってオンラインバンキングに多くの人が流れることはないだろう。

日本とアメリカでは「事故」に関する考え方が違っている。日本は事故はあってはならないと考える。確かにそれはその通りなのだがやはり人の手が関わることなので事故は起こる。そしてありとあらゆる手段でそれを防ごうとし防げなくなるとそこで諦めてしまうのだ。

産経新聞を例に挙げたが、日本の報道姿勢は「二度と起こらないように再発防止に努めるべき」とするものが多い。だがおそらくこれは不可能である。

事故を前提に問題を解決できる窓口を作るということを決めない限りは同じようなたらい回し被害は起こり続けるだろう。日本の官僚組織は「絶対あってはならない」のだから「対策は考えない」ということになりがちである。「あるべき論」で議論が進んでしまう。そもそも行政デジタル化の目的の一つは事務処理の簡便化で経費削減を目指すというものだったはずでありこれでは本末転倒と言えるだろう。

前回、コンビニの住民票問題の時にはITガバナンスの不在について考えた。通貨にしろ水にしろ「流れる」ものは全体としての安全管理が非常に重要だ。そして、それはコストをかけて政府や地方自治体が担う必要がある。だが、今のところデジタルガバナンスについて体系的に問題提起し伝えるメディアはない。間違いは起こらないはずだからと考えて対策を講じないのである。

今回も、健康保険証の件では「不安だ」とか「縦割り行政の問題は解決されていない」などと言った感情的な感想は聞かれるが「事故は起こるものだからきちんとした体制を作るべきだ」という論調は見られない。

日本社会はそれくらい「デジタル」と「合理化」に慣れていないのだ。日本にはマイナンバーカードを使った健康保険の導入は少し早過ぎたと言えるのかもしれないが、それでも前進してゆかなければならない。

印鑑証明書でも問題が起きているそうだが総務省も「システム会社に対応させる」という考えのようだ。この答弁でも対応センターを作るべきだと質問する人はおらず、また政府側にもそのような発想はないようだ。少なくともリリース前にシステム監査をするような仕組みを作らなければ同じようなことが起こるのだろうがそもそも窓口さえない現状では問題の発見すらできないということになってしまいそうである。

松本総務大臣は、「事案が立て続けに発生したことは誠に遺憾だ。総務省としてもシステム運営会社から直接、原因や再発防止を確認し、システムの総点検や改善の検討を進めている」と述べました。

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