ジュネーブ条約と自衛隊

ツイッター上で岸田外務大臣のジュネーブ条約についての答弁が話題になっている。

岸田文雄外相は1日の衆院平和安全法制特別委員会で、海外で外国軍を後方支援する自衛隊員が拘束されたケースについて、「後方支援は武力行使に当たらない範囲で行われる。自衛隊員は紛争当事国の戦闘員ではないので、ジュネーブ条約上の『捕虜』となることはない」と述べ、抑留国に対し捕虜の人道的待遇を義務付けた同条約は適用されないとの見解を示した。
ただ、拘束された隊員の身柄に関しては「国際人道法の原則と精神に従って取り扱われるべきだ」と語った。辻元清美氏(民主)への答弁。

「自衛隊員は戦闘行為に参加しないので、戦闘員として扱われない」「故に、ジュネーブ条約上の捕虜としての扱いが受けられない」という解釈なのだそうだ。そもそも敵に捕まる想定になっていないので、もし仮に捕まった場合、日本政府は自衛隊員を捕虜として扱うように、相手国に対して要望できない。だから、捕まった自衛隊員は見殺しにされてしまうかもしれない。
ただし、ツイッター上には異論もある。国際的には後方支援という概念はなく「兵站」と呼ばれる。兵站は戦闘行為なので、故に自衛隊は戦闘員として扱われるという説である。
自衛隊非戦闘員説の危険性は明白だ。第一に想定外の出来事が起きた時、自衛隊員の身の安全が確保できないかもしれない。
自衛隊戦闘員説にも危険性はある。国内議論では自衛隊は戦争に参加することになっているのだが、国際法ではこうした内輪の議論が通用しない事が明白になってしまう。国内議論の整合性が取れなくなってしまうだろう。
いずれにせよ、岸田外務大臣は自衛隊員が捕虜になる可能性を答弁することはできない。なぜならば、自衛隊が戦闘行為に参加する可能性があることを認めてしまうことになるからだ。そこで知らず知らずのうちに思考に壁を作ってしまうのだ。この思考の外側にあるのが「想定外」という世界だ。だから、私達が見ているのは「安全神話」が作られる現場なのだ。
政府答弁では、自衛隊は武力行使に加担することはないので、従って紛争の当事国にはならないという論が展開される。ただし、これが国際上の合意になるかどうかは分からない。政府が安心しているのは、日本がアメリカなどの先進国連合に追随することが前提になっているからだろう。国際世論を形成する側にいるという安心感があるのかもしれない。これも一つの「想定外」を作り出している。
 

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