地上波テレビがウクライナ情勢についてあまり伝えなくなった。どちらかというとロシア側が優勢であり「勝っている」という実感が伝えづらいからだろう。このため情勢がよくわからなくなっている。ひさびさに「ウクライナ側が5月に反転攻勢に出る」というニュースがあり一部メディアで伝えられている。すでにクリミアで大規模な火災が起こり一部作戦が開始されているものと考えられている。この攻勢は紛争を終わらせるのに役に立つのかという視点を持ちつつ周辺情報を調べてみた。
ウクライナのゼレンスキー大統領が反転攻勢を計画しているという。「なぜ今なのか」という疑問が湧く。
- ウクライナ 近く大規模な反転攻勢の構え ロシアは備え強化か(NHK)
- ゼレンスキー大統領「主要な戦闘控えている」…式典で演説、大規模な反転攻勢を示唆
- (読売新聞)
- ゼレンスキー氏、反転攻勢は「行われる」 時期は明言せず(CNN)
興味深いのは反転攻勢に当たって欧米とのすり合わせが行われたという点である。ウクライナの兵站は欧米に依存している。このためスポンサーとの綿密な打ち合わせが必要なのだ。
つまりこれは「スポンサー付き戦争」である。「広告付き戦争」と言って良い。CMのテーマは「民主主義が権威主義と戦っている」というものである。これが現在進行形のさまざまな紛争との一番の違いだ。
日本の地上波はウクライナ問題をあまり扱わなくなった。「WBCで活躍した日本人が大リーグで大活躍している」というニュースが多く扱われていることから「勝っているものを応援したい」というニーズがあることがわかる。今のウクライナ情勢はそれに合致しないのだろう。
ではなぜ今なのか。さまざまな媒体を総合すると次のような理由があるようだ。
- 西側が供与する武器に対応する訓練に時間がかかった。
- 秋から冬にかけての泥濘化がおさまるのを待っていたウクライナやロシア南部には秋から雨が降り、冬に凍結し、春になると雪解け水で当たりがドロドロになる。これを「泥濘」と言っている。秋と春に泥濘化が起こるため戦争ができる時期が限られているのだ。
- ロシアの兵力の消耗を待っていた。
BSフジの番組では5月攻勢について扱っている。「なぜ今の時期か」ということも一部伝えられているが、どちらかといえば戦術的な話が多い。特に攻勢の最終目的があまり語られないのが気になる。終わりが見えない戦いなのだ。
すでに攻勢は一部で始まっているようだ。それがロシアが実効支配するクリミア半島のセバストポリの石油備蓄施設の攻撃である。
遠くから見ても煙が上がっている様子が確認できるため「ロシアのクリミア半島実効支配は必ずしも盤石でない」ということが一目瞭然である。中国製の無人ドローンを10機飛ばして2機到達したとのことである。オデーサから300kmを飛行したものとされているそうだ。ロイターも遠くから立ち上る火災の様子を伝えているが、5月反攻の文字通り「狼煙」の役割がある。言い方は極めて乱暴だが「メディア映え」する絵が必要なのだ。
BSフジの番組でアナウンサーが「なぜ大々的に反転攻勢を宣伝するのか?」と疑問を呈していた。プレゼンテーションの中に正面から答えた人はいなかったが否定的な情報を打ち消す狙いがあるのではないかと感じた。
アメリカ国防省から機密文書が流出している。おそらくは劣化コピーも多く出回っていると考えられるが、反転攻勢ができたとしてもウクライナが奪還できる領土はあまり多くないだろうとするアメリカの見解が含まれているそうである。アメリカ側もウクライナ側もこれを否定しているとNewsWeekは書いているが、今回の「反転攻勢」のニュースを探しても「これがロシアの撤退につながるだろう」とする報道はない。つまり、今後もしばらくは紛争状態が続くと見る人が多いのだろう。にもかかわらずウクライナ側は「成果」を出し続ける必要がある。
これまではウクライナと西側の視点から「これは広告付き戦争である」という例えをした。だが、ロシア側も極めて混乱した状態になっている。戦争に参加している人たちが「自分達の貢献がなければもっと大変なことになるぞ」とSNSを通じて情報発信している。
これを紐解くためにはそもそもロシア側の「狙い」がどこにあるのかを整理する必要がある。もともと東ドイツで市民革命の恐ろしさを知ったプーチン氏はソ連の崩壊を目の当たりにし市民蜂起にトラウマのような感情を持つようになった。このためウクライナのオレンジ革命とマイダン革命を止めようとするのだがうまくゆかない。ついに軍事侵攻というオプションを選択する。
Newsweekによるとプーチン大統領は盗聴を恐れ電話ボックスのような装置を持ち歩いているなどと言われている。暗殺も怖いがコロナウイルスも極端に恐れているという。強気の態度は怯えの裏返しなのである。
高橋杉雄氏は、ロシアの攻撃は分散していると指摘している。優先順位がつけられないというのだ。軍事作戦だと考えると当座の目標があるはずだ。だが今回の侵攻にはそれがない。
優先順位がつけられず「とにかく自分の身の安全」を確保したいプーチン大統領はありとあらゆる手段で自分を守ってくれる兵隊をかき集めようとしている。ワグネルだけでなく25も軍事会社があり「戦闘員を派遣」しているという。正規軍人に比べて補償が安く済むので便利だというのである。NHKはロシアにおいて民間軍事会社は違法だがプーチン大統領と何らかのつながりをもっている会社がいくつか確認されていると伝える。
ロシア側にも広告要素がある。つまり「我々を支援しなければお前はもう終わりだぞ」というのがそのメッセージである。
特にワグネルの代表者であるプリコジン氏はことあるごとに「もう終わりだ」と叫んでいる。例えばワグネルが消滅したらそれは官僚のせいだとして官僚を責め立てた。さらに、ロシア軍が弾薬を送らなければバフムトから撤退するぞと脅している。ロシア軍の発表は大本営発表であるとしロシアは大惨事の瀬戸際にあると言っている。
こうしたメッセージにはおそらく効果がある。ロシア軍は兵站の責任者を更迭している。これまでの国防時間はマリウポリの残虐者と言われていた人物だった。ロシア軍はなんとか苦労して兵站を維持していたが反転攻勢が予想されるためにそれに備えた人選にしたものと考えられている。
では怯えた指導者をいただくロシア人はどのような状態に置かれているのだろうか。
あくまでもアメリカの発表だが、ロシアはこの5ヶ月で2万人の戦死者を出したとされている。さらに8万人の負傷者が出た。彼らはロシアに帰還し戦争の悲惨者の生き証人となるはずだ。ロシアのような広大な国土で2万人の死者くらい大したことはないと感じられるかもしれないのだが、実は人口は日本を少し上回る程度だ。いくら「死者の非正規化」を図ったとしてもその影響を隠し通すことはできないだろう。アメリカではこの数字は大きなインパクトを持って伝えられた。イラクやアフガニスタンの戦争で2万人規模の死者が出ている。また帰還兵の自殺も相次いだ。アメリカでは大きな社会問題になっている。アメリカは20年かけてこの数字だったが「ロシアはたった5ヶ月でこれを超えた」というとそのインパクトが伝わりやすいのだ。
さらにロシア西部では貨物列車が爆発した。読売新聞は「爆発が相次ぐ」としており親ウクライナ派の攻撃が活発化しているようだ。
このように、ウクライナ・西側から見る景色とロシア側から見る景色は全く違っている。ウクライナは単なる国土防衛のはずが定期的に成果を出し続ける必要がある。ロシア側が軍事侵攻したはずなのだがなぜかロシアが「追い詰められている」ように見える。もともとはプーチン大統領の怯えから始まった軍事作戦だったからだろう。
とはいえウクライナ側が完全勝利するというシナリオも聞かれない。
NHK|【兵頭慎治さん解説】 ロシア “新たに40万人志願兵を募集” “オンラインの召集令状” 戦勝記念日を控えた国内で何が… ウクライナの大規模な反転攻勢を分析|サタデーウオッチ9(YouTube)は今回の反転攻勢について「東部と南部を分断し兵站を無効化する」か「それができなければ一部地域を奪還する」のが目標になるだろうと分析している。
この状態を戦争と呼ぶか紛争と呼ぶかはそれぞれの立場によって異なるのだろうが、いずれにせよとてつもなく理不尽で不毛なことが行われている。