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BBCシャープ理事長がジョンソン元首相との関係を疑われて辞任

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BBCのリチャード・シャープ理事長がジョンソン元首相への融資仲介疑惑で辞任した。時事通信によればシャープ氏はゴールドマン・サックス出身でジョンソン元首相の融資に保証人を手配したという疑惑を持たれている。BBCには経営方針を決める理事会と放送業務を担当する執行委員会がある。階級社会のイギリスでは「BBCが中立であるかどうか」は国民の関心事で度々大きなニュースになる。BBCニュースは総括報道で「BBCはBBC理事長を選ぶことはできない」としつつ人選に疑問を投げかけている。放送局の中立性は日本でも話題になった。政治と国民がNHKをどう扱うべきかの参考にもなりそうな事例だ。

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当事者であるBBCはかなり詳細に問題を伝えている。BBCによると問題は2件ある。1件目については否定しているが2件目については謝罪しているそうだ。

  • 1件目は理事長に応募する前にジョンソン氏に応募の意向を伝えていた件
  • 2件目はジョンソン首相に金銭面での援助を申し出ていたサム・ブライス氏と官僚トップのサイモン・ケイス官房長の会合を設定するつもりだとジョンソン氏に伝えていた件。

別のビデオではシャープ理事長・ジョンソン元首相・スナク現首相が同じインナーサークル(日本で言うところの上級国民)である点について触れているのだがこの記事だけを読むと問題意識はあまり伝わってこない。

日本との最も顕著な違いはこうした疑惑に対して一つひとつ独立した委員会が置かれる点である。下院に公職人事コミッショナーがあり新聞報道を受けて調査を開始していた。日本でいえば文春砲を受けて独立調査委員会が発動するような感じである。スナク首相は同じ経緯で「いじめ」の内部告発があった副首相兼司法大臣を失っていることから、イギリスでは独立調査がかなり重要視されていることがわかる。

ただこの「公平性・不偏性」がなぜここまで問題になるのかはよくわからない。

BBC野記事ににも触れられている通り、最近政府の主張に反対意見を表明していたサッカーの元イングランド代表首相のギャリー・リネカー氏の降板問題が問題になっていた。

リネカー氏の問題発言は「政府の新しい不法移民対策は1930年代にドイツが使ったのと変わらない残酷な政策である」と言うTweetだった。当然与党側はこれに大反発する。圧力にさらされたBBCは「SNSの使い方に問題があった」としてリネカー氏の解任を決めた。ところがこれが「リネカー氏はBBCにいじめられていた」と受け取られ炎上した。さらに共演者の中にもBBCには出ないとする人が現れる。そこでBBC側はリネカー氏の降板を撤回するのだが、同時に「政治との癒着はなくSNSの利用方法についても見直す」とした。

日本ではこの程度の「政府への忖度」はよく行われる印象だ。だが視聴者はあまりこれに反応しない。だが、イギリスではどう言うわけかこれが大問題になる。

そもそも理事長とはどのような立場なのか。

イギリスに住む日本人ジャーナリストが「BBC理事長が元首相に借金保証人を手配? – 縁故採用疑惑が広がる、理事長職」という興味深い記事を書いている。

  • イギリスの首相は理事長職人事の決定に大きな影響力を持っている。
  • BBCは経営方針を決める委員会(理事会)と日々の放送業務に携わる執行委員会に分かれている。こちらのトップはティム・デイヴィー会長だ。
  • BBCの理事長は自薦でスタートする。つまり自ら応募しなければならない。
  • シャープ氏はリシ・スナク首相の元上司である。つまり、シャープ氏もジョンソン氏もスナク氏も同じインナーサークルの「お友達」である。

ただしこの小林氏の記事を読むと「たまたま食事の席でブライス氏から提案を受けて仲介しただけ」のようなので、報告さえしていればそれほど大きな問題にならなかったようにも思える。やはり、なぜ国民世論がここまで反発するのかがよくわからない。

日本でもNHKは政府と持ちつ持たれつの関係にある。つまりNHKというのはいろいろ言われていてもやはり政府・与党の広報なのだろうと思っている人が多い。だが、高齢の視聴者も「政府の意向に沿っているからこそ安心して見ていられる」と考える人が多いのではないだろうか。恩賜的な期待のにじむ日本型の民主主義と政府は常に監視対象であるべきだと考えるイギリスでは議会制民主主義のあり方は根本的に異なっており興味深い。

最後にBBCの報道姿勢も興味深い。日本には「身内の恥を晒す」という言葉があり身内の不祥事について大きく報道されることはほとんどない。だが、BBCはまるで自分達には関係がないことのように淡々と報道している。「BBCは変わってまいります」もなく「疑念を生じさせたことにお詫び申し上げます」もない。この姿勢はリネカー氏の降板騒ぎの時にも見られた。BBCニュースはBBCに取材を申し込み、混乱の様子を60秒にまとめてYouTubeに流している。

今回もBBCは5分程度に短くまとめた報道をしている。タイトルは「BBC理事長はなぜ辞任……ひとつの結びつきと未申告が決定的な問題に」である。要約すると次のような感じになる。

  • BBCの理事長はBBCが政府から独立しているかを管理する責任がある。
  • しかしBBCは「リベラル」により過ぎているとの批判があり、シャープ氏も同じ意見を持っていた。
  • 現在の仕組みではBBCは理事長を独自に選任することはできず政府の意向に沿った人が選ばれる。これまでもそうだったしこれからもそうなのだろう。
  • シャープ氏もジョンソン氏もスナク氏も同じサークルの仲間だった。BBCはシャープ氏を「スナク氏の元同僚」と表現している。

戦後特権階級である貴族層が廃止された日本と違いイギリスではいまだに階級社会が残っている。この階級社会のトップと金融市場の富裕な人たちが結びつきイギリス的な「上級国民」が形成されている。結局のところ、今回の問題には上級国民と庶民という日本にはない背景があるということもわかる。

リシ・スナク首相は今回の件については関与を否定した。ただ政治的な関与は行わないという宣言もなかったそうだ。

BBCの特許は10年ごとに更新されるそうだ。前回は2017年でガバナンス改革が行われているとNHKがまとめている。ジョンソン首相時代には「受信料制度を廃止する意向」が喧伝されるなど国民に対する宣伝に利用されることもある。表向きは「受信料をなくしますよ」と言いつつ裏では経営にインナーサークルの支持者を送り込むなどしていたということになる。良くも悪くも支配層と庶民の間に深い断裂と駆け引きがある国であるということがわかる。

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