米韓首脳会談の日本での報道は「尹錫悦大統領のカラオケは意外に上手だった」というものが多かった。だが、欧米系のメディアの論調は全く異なる。アメリカの対北朝鮮政策が破綻し韓国人は何らかの対案を必要としているという分析が一般的だ。BBCは「【解説】 韓国はなぜ核兵器を欲しているのか 国内で製造への支持広がる」という記事を書き、市民の間に広がる自前の核武装論について紹介している。そんな中韓国の政権に批判的な聯合ニュースが「事実上の核共有」という尹錫悦大統領の主張は誇大であったとして「事実上の核共有」 韓米間で早くも食い違い=韓国は「立場は違わない」という記事を出している。
順番に見てゆく。
日本では尹錫悦大統領の訪米は成功したようだとする記事が多く見られる。中でもカラオケが上手だったとするものが目立つ。「芸は身を助ける」というが、歌が上手いのは確かにいいことだ。
韓国の尹大統領、米名曲をカラオケ バイデン氏「多才な男」称賛
一方で。、韓国人の間に「アメリカは自国に被害が及んでも韓国を助けてくれるんだろうか?」という懐疑論が広がっているとBBCは書いている。「ランチタイムの秘密会議で話題」となっているが、これは「お昼ご飯を食べている人たちの間ではこの話題で持ちきり」という意味なのだろう。
つまり「世間話の一環」として核武装の話題が出ているのである。
もちろんBBCは自前で核兵器を持つことが韓国の国際的な地位を大きく毀損することはわかっているが、あくまでも「ランチタイムの秘密会議」なので韓国世論はそのようなことは考慮していない。とにかく「アメリカは何もしてくれないのでは?」「だったら核兵器を持った方がいいのでは?」という話である。
確かに思慮のない話ではあるのだが、この懐疑論の根は意外と深い。トランプ大統領は「アメリカから在韓米軍を引き上げる」などと仄めかしノーベル平和賞欲しさに板門店を渡り金正雲氏と握手をしてみせた。バイデン政権になると対話が途切れ北朝鮮の実験はどんどんエスカレートしていってしまう。韓国は常に共和党と民主党の大統領に振り回されて不安になっている。さらに徴兵制のある韓国では「お昼の秘密会議」参加者には基本的な国防に対する知識がある。
だからこそアメリカ側も「このまま何もしないわけにはいかないのだろうなあ」と感じ始めているのだ。
このニュースを読んでいると、もう一つわかることがある。それが日本の不安である。日本も北朝鮮のミサイル実験に直面する当事国の一つだ。だが日本ではこうしたアメリカ懐疑論は聞かれない。理由は2つある。
第一に親米保守の人たちはアメリカの影響力が相対的に落ちているということを認めたくない。故に「アメリカが当てにならないのでは」というようなことは決して言わない。一方で左派リベラルの人たちは「日本はいかなる戦争にもコミットすべきではない」と考えている。アメリカのプレゼンスの低下の議論は当然「重武装」論につながる。だからそんなことは言い出せない。
この2つに加えて「アメリカのような大きなものを刺激すると祟られるのではないか」という日本独特の怯えもある。日本の政治言論が基本的には第二次世界大戦当時の東西冷戦構造を維持しており、また旧来持っていた「空気」や「祟り」と言った原始的な信仰にも影響を受けていることがわかる。つまりアメリカは日本にとって「カミ」なのだ。
このため日本の報道は尹錫悦大統領はカラオケが上手だったというような話に収束してしまうのだ。
ただし表面的な和やかさとは裏腹に早くも米韓には齟齬が生まれている。韓国側の大袈裟な主張はいつもながらだがアメリカ側は「そんな事実はない」として否定しているそうだ。
「事実上の核共有」 韓米間で早くも食い違い=韓国は「立場は違わない」
韓国の政治は保守と革新に分かれるとされている。尹錫悦大統領は保守系に支持されている大統領である。当然保守系の新聞は「民意の勝利」を喧伝し保守の勢力拡大を図りたい。一方で聯合ニュースのような革新系はできるだけこの成果を低く宣伝したい。
要するに「尹錫悦大統領は事実上の核共有などと誤魔化しているが実際には何も変わっていないんですよ」と表現したいのである。つまり、今回の合意は「誇大広告だった」と言いたいのだ。
結局、今回のディールがどうなるかは全て全国津々浦々で開かれているこの「お昼の秘密会議」にかかっていることになる。韓国は民意が非常に重要な国家である。この「お昼の秘密会議」の決定は韓国政治に大きな影響を与えアメリカの対中国戦略や我が国の安全保障にも少なくない影響を与えることになるだろう。