アルゼンチンの経済がまた破綻寸前になっている。普通このような状態になると「国家デフォルトの危機」が囁かれたりするのだがアルゼンチンにはその不安はない。そもそも海外で起債ができないからだ。
だが国民生活は混乱している。インフレ率は100%を超えた。つまり1年で価格が倍になるという状態だ。中央銀行の利率は91%になっている。元本と同じ程度の利子をつけないとお金が借りられないという状態である。2020年の状態で既に国民の半数が貧困層になっている。
アルゼンチンはドルの流出を防ぐため人民元決済を導入すると発表している。中国は「世界がドルに代わって人民元を採用し始めている」と大喜びだが、国際通貨への道のりは遠いようだ。こうした代替経済に引き寄せられる国はどこもそれなりの事情を抱えているからである。
アルゼンチンの通貨ペソが暴落している。そもそも外為市場は破綻しており人々は闇ルートで決済している。今回は闇市場でのペソの下落が止まらないのが問題になっている。そこでアルゼンチン政府は「ありとあらゆる手段を使って対策を講じる」としている。その一環としてアルゼンチン中央銀行は金利を91%にすることを決めた。
アルゼンチン政府のこれまでの場当たり的な政策は国民経済を破綻寸前に追い込んでいる。2020年の段階で既に約半数の国民が貧困状態にあるという統計もある。コロナで世界経済が減速した影響は非常に大きかったようだ。これに気象災害が加わる。日経新聞は大旱魃が影響を与えていると書いている。中米のパナマ運河も水不足で航行制限を行なっており中南米が広く異常気象に覆われていることがわかる。
市場では「現在のアルゼンチンの為替政策は維持不可能」とみなしている。このためにはもはや通貨切り下げを断行するしかないという状態だ。政府は「ありとあらゆる政策」と言っているが実はもっとも重要で有効な対策は為替レートを実情に戻すことである。今の政府はこれができない。
政権が変われば状況は改善する見込みがある。事実アルゼンチンでは10月に総選挙が行われる。
アルゼンチンのフェルナンデス大統領は10月の大統領選挙に出馬しないと表明している。中道右派のマクリ氏も次の大統領選挙には出馬しないという。与党正義党(ペロン党)は中道左派ということになっているが実際は財政規律を無視したポピュリズム政党にすぎない。つまり金融に対する知見がない。現職の不出馬表明でポピュリスト左派が勢いづくと考えられている。状況はかなり絶望的だ。
IMFの救済プログラムを見直すという選択肢もあるそうだが不透明感が漂っている。
ペロン党の「急進左派」は要するに財政規律を無視して支出を増やせという主張だ。急進左派を代表するのがクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領だが、アルゼンチンの債務再編を主導したグスマン財務大臣に離反され、かつ自身も汚職裁判を抱えている。既に汚職で禁錮6年の判決と公職追放を言い渡されているのだが、不逮捕特権があり拘束を免れている。キルチネル副大統領は大統領選挙には再出馬せず司法闘争で無罪を勝ち取ると宣言しており裁判が決着するまでには長い時間がかかる可能性があるそうだ。
急進左派の主張とは外国からお金を借りてばらまきを続けるということだ。IMFがこのような「政策」を許容するはずはないので「不透明感が漂っている」という表現になる。
ありとあらゆる選択肢の中には脱ドル化も含まれている。中国からの輸入品に対する決済をドル建てではなく元建にすることを決めたそうだ。中国メディアは大喜びで「世界が米ドルから人民元にシフトしている」と主張するが実際には破綻した経済が人民元を頼っているに過ぎない。
人民元はこれまで中国でのみ使われてきた。だから政府が舞台裏で辻褄を合わせることができる。仮に中国の望み通りに海外で人民元が通用することになればこの管理通貨制度は立ち行かなくなるだろう。つまり「闇人民元」の価値が人民元の実力ということになりかねない。ロイターは人民元の国際利用が増えているとは認めつつも国際的に信任される通貨にするのはなかなか難しいのではないか?と言っている。
ブラジルのルラ大統領もドルに依存しないBRICSの共通通貨創設を支持すると言っている。ただしルラ大統領はアルゼンチンとの間でも共通通貨を作り経済統合すべきだと主張しており、どこまで経済を理解しているのかはよくわからない。とにかく米ドル経済から独立できればもっと自由になれると夢想しているようだ。
ただ、人民元の拡大には見逃せない要素もある。産油国が徐々に米ドル経済からの離脱準備を進めている。アメリカ合衆国にとって石油で生じた利益が米ドルとしてリザーブされている意味はとても大きい。産油国の経済的実力をあたかも自分達の実力のように利用できるからである。これが人民元に流れれば現在流通している決済通貨としてのドルの需要だけでなく過去に蓄積した富が中国に流れることになる。あくまでも所有権は産油国が持っているのだからアメリカ合衆国はこれを管理できない。アメリカ合衆国ではまだこの問題はほとんど意識されていない。
さらにアメリカが主導する経済制裁も思うような効果を出していない。ロシアは産油国や世界一の消費市場を持つ中国と人民元決済ができる。ウクライナの紛争がなかなか止められないのはそのためである。特にアメリカは経済制裁以外の「武器」に乏しい。戦争への直接参入は議会からの協力を得られないからだ。
アルゼンチンの人民元への傾斜は、それ単体で見ると「事情を抱えた国が人民元に頼っているに過ぎない」のだが、一方で資源国が米ドル以外の決済手段を持ち始めているのは確かだ。影響は決して軽微ではない。