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読売新聞が「防衛費増額はぜひ増税で」と主張

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各紙が「財務大臣が防衛費増額を寄付で賄うのには問題がある」とする鈴木財務大臣の発言を伝えている。否定からニュースが広がるのは珍しいなと感じた。各紙の反応を見ていたところ、読売新聞が「増税拒否はポピュリズム」とする論考を書いているのを見つけた。対米宣伝機関としての伝統がまだ生きているのだなと感じるがこれも「シルバーポピュリズム」なのだろうと思う。いずれにせよ成長がなければ防衛費が増額できないのは自明である。数字ありきで始まった防衛費増額の議論が自民党内部で行き詰まっていることがわかる。

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鈴木財務大臣が「防衛費を寄付で賄う」という案に慎重な姿勢を見せたと各紙が伝えている。防衛費・寄付で探してみると確かに自民党内でそのような議論はあるようだ。例えば日経新聞は「自民党、防衛版「ふるさと納税」案 安保分野へ寄付可能」というタイトルの記事を書いている。日付は2月9日になっている。

検討しているのは萩生田光一委員長の特命委員会。6月の「骨太の方針」に向けて準備を進めている。一般から募ったお金は防衛力強化資金に組み込む。日経新聞は「ふるさと納税程度」では防衛費の安定財源にならないとする懸念の声を伝える。不足分は1兆円程度とされている。

確かに「防衛関連の予算」を寄付で集めた事例はある。東京都が尖閣諸島を買い取ると宣言したところ14億円の寄付金が集まった。ただこの14億円は突発的な出来事に対する焦り、民主党政権への反発、石原慎太郎氏の個人的人気に支えられていた。ふるさと納税にせよ寄付にせよ1兆円という不足分からみれば大した額ではない。

鈴木財務大臣が「慎重姿勢を示した」とする産経新聞の記事の中では24日に特命委員会の会合で話し合われたという記述がある。やはり「防衛版ふるさと納税」と言っており、日経新聞当時のアイディアに固執する人がいるのだということがわかる。ただし「この議員」が誰なのかについての記述はなく、従ってどの程度の規模を想定しているかもよくわからない。

TBSも「鈴木財務大臣が慎重な立場を示した」以上のことは書いていない。

自民党の議員たちは地方選挙を通じて地域の困窮を肌で感じている。つまり「今の状況ではとても増税などできるはずはない」とわかっているのだろう。そこで「寄付でなんとか穴を埋めてみては」と言っている。しかし寄付で1兆円の穴は埋まらないだろう。岸田総理の鶴の一声から始まった防衛費増額議論はわかりやすく行き詰まっていることになる。

リベラル系の新聞はおそらく防衛費増額自体に反対なのだろうから検索をしても意味はなさそうだ。産経新聞も鈴木財務大臣の発言を否定も肯定もしていない。こうなると気になるのが「保守本流」の読売新聞である。

読売新聞はこの寄付について扱った報道は見つからなかった。代わりに見つけたのが編集委員の内田明憲氏の論説である。防衛予算は増額したいが増税は嫌だというのは「虫が良く情けない」と一刀両断である。わかりやすくキレがいいという印象はある。

読売新聞は普段は政権擁護だが、それは政権が日米同盟に親和的な場合にのみ限られる。今でも読売新聞がアメリカの意向に従って世論誘導をしているとは思わないのだが、やはり過去の編集方針が色濃く残っているのだろうという気はする。「増税は嫌だというのは大衆迎合(ポピュリズム)」と批判は厳しめである。

この論説の中で読売新聞が積極的に書いているのは「リスクを取らない経営者に負担させるべきである」という法人税の増税だけである。医療費を削れとは書いていないので「現役世代がなんとかすべきだ」と言っていることになる。

読売新聞はもともと対米宣伝機関としての役割がある。

戦前に経営破綻した読売新聞を救ったのが内務官僚として社会主義者を弾圧したという経歴を持つ正力松太郎だった。ある事件で官僚としてのキャリアは閉ざされると、新聞の経営をやってみようという気持ちになったようだ。正力松太郎は資金援助を得て当時は三流だった読売新聞を買い取る。つまり戦前の読売新聞はソフトパワーを使って体制の宣伝を行うという新聞だった。正力の経営方針は当たり読売新聞は成長を始める。

流れが大きく変わったのが第二次世界大戦だった。正力松太郎はA級戦犯容疑者だったが釈放された。しかし、そのまま許されることはなく当初は公職追放されていたという。

アジアに共産主義の脅威が押し寄せる中、民主主義国アメリカは国民が自ら親米になることを望んでいた。アメリカもまたソフトパワーを使って日本にアメリカ型の民主主義を根付かせようとした。正力氏はアメリカの支援を得て全国放送ネットワークを構築することを思いつく。これが読売テレビ・日本テレビの始まりだ。

公職追放されていたはずの正力氏がどのようにメインストリームに戻ったのかはよくわからない。

渡邉恒雄氏もCIAの支援を受けていたとよく言われる。だが、この人はもともとは共産党員だったそうだ。共産党の中では頭角を表すことはできず読売新聞で政治記者になる。ここで正力松太郎に認められて自民党担当になったという経歴である。元々の会社の成り立ちに加えて「自分を認めてくれなかった共産主義」という複雑で個人的な感情が背景にあるものと思われる。

一時は公職追放されていた正力松太郎氏は政界に進出し原子力委員会の初代委員長に就任する。アメリカの原子力政策は「平和利用」という名目で原子力技術を自陣営に普及させることだった。この政策に乗ったのがのちに総理大臣になる中曽根康弘氏だった。日本の原子力政策は「親米」のシンボルとなり、同時に共産党などの左派からは憎悪の対象になっている。

日本には広島・長崎の記憶が残っており「放射能」に対してネガティブな感情があった。正力松太郎氏は古巣の読売新聞を使い「原子力の平和利用」というキャンペーンを行う。このキャンペーンが成功すると正力氏は読売新聞に社主として復帰した。

親米保守にとっての最大の恐怖は自分達の権力の源泉となっているアメリカの後ろ盾を失うことである。危機は3回訪れている。

最初の試練はベルリンの壁の崩壊だ。

反共産主義の砦としての日本の意義は失われた。その後、日本の保守はどうやってアメリカの気持ちを繋ぎ止めておくのかということに腐心することになる。台湾有事と中国共産党の脅威は東西冷戦の代替手段という保守にとっては重要な意味合いがある。保守論壇が盛んに台湾有事を訴えるのはそのためであろう。

次の危機はおそらく東日本大震災だった。親米派が持ち込んだ原子力発電所が重大事故を起こした。この時親米保守にとって幸運だったのは2009年の政権交代だった。福島の事故は一部社会党からの合流者を含む民主党の失敗と印象付けられ自民党政権が矢面に立つことはなかった。二度目は「幸運」によって救われた。

このような背景を持つ読売新聞がアメリカの気持ちを繋ぎ止めるために防衛増税に固執する気持ちはよくわかるのだが、現役世代の離反につながりかねないという問題がある。

論説を注意深く読むとメインターゲットになっている読者の負担については全く書かれていないことがわかる。つまり医療費や福祉予算を削減しろとは言っていない。彼らは現役世代の会社経営者がなんとかすべきだと主張している。だから法人税の話が出てくる。

これは大いに読売新聞の現役世代読者を刺激するのではないかと思った。だがよく考えてみると、現役世代はそもそも新聞を購読していない可能性が高い。つまり読売新聞の主張はシルバーデモクラシーの主張にすぎないといえる。

つまり、おそらく3回目の危機は高齢化である。高度経済成長期に「親米」の恩恵を実感していた人が減り日本は総じて困窮化に向かっている。

厚生労働省の試算によると50年後の日本の人口は8,700万人になっており、10人に1人は外国人である。少子高齢化をなんとかしなければ防衛費の絶対額では中国には勝てなくなるばかりか保守層が心配している外国人流入も避けられない。

額で中国と張り合うのなら国家予算の大部分を防衛費に充てなければならなくなるだろう。

最近出されたリクルートワークスのレポートは労働力が2040年に1100万人不足するということだけが強調されているが、そもそも基本インフラが維持できず放棄せざるを得ない地域が出てくるという衝撃の内容も含まれているようだ。仮に今何もしなければ国土防衛どころか保全すらできなくなるという未来が待っている。

確かに防衛は重要なのだが、まずはこうした状況をなんとかする必要がある。だが、高齢化した読売新聞の読者にとってはおそらく「所詮他人事」なのだろう。それよりも「なんとかしてアメリカについてゆく」ことの方が重要なのだ。

では「今後の防衛費はどうするのか?」ということになる。どうにかして日本の経済を伸ばしてゆく以外に道はない。これまでの30年解決策が見つからなかった問題だが、それに目を背けて「現役世代がなんとかしろ」とばかりに法人税に期待するのもまた残念ながら単なる「シルバーポピュリズム」だろうと感じる。

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