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処理水の海洋放出にG7の「お墨付き」を得られなかった西村経産大臣が根本的に見逃していたこと。

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札幌においてG7気候・エネルギー・環境会議がおこなわれた。基本的には合意したようだがいくつかの点では合意に至ることができなかった。原発処理水の海洋放出問題は失点と言って良いだろう。経済産業省は省の利益確保に囚われて現在の状況と果たすべき役割が見えなくなっているのではないかと感じた。

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日本政府はG7から原発処理水の海洋放出についてお墨付きを得たかったようだ。共同声明で西村経済産業大臣は「処理水の海洋放出を含む廃炉の着実な進展、そして、科学的根拠に基づく我が国の透明性のある取り組みが歓迎される」と説明したが、レムケ環境・原子力安全大臣は歓迎はできないと打ち消した。実はレムケ氏は緑の党の出身だ。つまりゴリゴリの環境派なのである。さらに言えば政治参加経験は浅い。つまり共同声明の場の雰囲気をぶち壊すくらいのことはやりかねない。

西村大臣は政治的な目標にこだわるあまりこのことを見逃していたのではないかと思う。

正確には処理水の放出が歓迎されたわけではなくIAEAの独立したレビューが支持されただけだったと朝日新聞は書いている。日本の中にも潜在的に脱原発を主張しているメディアがいくつかある。朝日新聞もそうなのだがTBSもドイツの脱原発について重点的に報道しており「なぜ日本はできない」というメッセージを打ち出している。

国際的にも「お墨付きが得られなかった」と言いたい人たちがいる。例えば、尹錫悦政権は日米との関係を修復したい。当然野党はこれに反対することになる。だから野党系の新聞も「日本はG7の支持獲得に失敗した」と書きたい。

共同声明の発表の席でのレムケ氏の異議申し立ては政治的に「ここぞとばかり」に利用されてしまうのだ。

ドイツ緑の党は環境保全に対しては急進的な姿勢で知られる。CNNが書いている通りこの人は緑の党の党首であり西村さんの発言に反発するのは十分予想できた対応である。

環境・消費者保護相を務める緑の党のシュテフィ・レムケ氏はCNNの取材に答え、「ドイツ政府の立場は明確だ。原子力はグリーンではなく、持続可能でもない」「我が国はエネルギー生産の新時代に入っていく」と述べた。

ドイツの脱原発のきっかけは福島だったとされている。このため日本国内でも「ドイツでできていることがなぜ日本ではできないのだ」という批判がある。ただ、ドイツ人が全て脱原発に賛成しているわけではない。日経新聞には6割反対という見出しがあり、時事通信もビルト日曜版の52%が原発停止に反対していたという世論調査の結果を載っている。その反対を押し切ってでも理想を追求したいと言うのが緑の党なのだ。

ただし、この問題はありがちな「右派・左派対立」では括れないところがある。エネルギー問題は実は通貨覇権と大きく結びついている。全体的な状況が流動化しているため「正解」を模索しながら妥協点を見出しつつ、その中で日本の損を最低にするという極めて難しいことを成し遂げなければならないのだ。

「現状変更を許さない」と叫んでいるだけではもう済まされないということになる。すでに状況は動いているからだ。

もともとアメリカドルが覇権を握るようになったのはサウジアラビアとの合意が起点になっていると言われている。日本語ではオイルマネーというのだが英語ではペトロダラーというそうだ。サウジアラビアが決済手段としてアメリカドルを採用していることが覇権の源泉になっている。

このアメリカの通貨覇権は大きく揺らぎつつある。

サウジアラビアは世代交代の時期を迎え、同じく体制を新しくした習近平中国と結びつこうとしている。そこで両国が打ち出したのが「ペトロダラーからの脱却」だ。ブラジルもまたこの構想に乗ろうとしている。アルゼンチンとの間に新通貨構想を打ち出し、中国との間では「世界は自国通貨での決済をおこなうようにできるようにならなければならない」と主張している。

この背景にあるのが「経済制裁の武器化」である。状況の複雑化に必ずしも対応できていないアメリカはさまざまな複雑な問題について経済制裁を振りかざす。対ロシアで言えばロシアはヨーロッパに対して燃料輸出を武器化している。サウジアラビアは民主化の制裁を受けており中国に接近することで「ペトロダラーの無効化」を仄めかしている。

アルジャジーラのYouTubeはペトロダラーの終わりについて分析している。様々な動きがあり確実な未来予測はできない。だが「世界情勢が複雑化する一方でアメリカは経済制裁を通じて自分たちのルールに従わない人たちを従わせようとしてきた」ことが返って米ドルからの離反を生じさせなかねない状況になっているとプレゼンテーションの最後でまとめている。

このように「経済制裁の武器化」を通じて状況は極めて不安定化している。脱化石燃料化でヨーロッパが果たして何を実現しようとしているのかを考えつつG7をまとめる役割が議長国には求められている。状況変化を踏まえて今回のG7議長国の役割はかなり難易度が高い。

もちろん、世界が一様に脱石油化や脱ドル化に向けて動いているわけではない。さらにドイツ緑の党のように「政治に慣れていない素人のような」人たちも混じっている。これを上手くまとめつつなんとか形にするのが西村経済産業大臣の本来の役割だった。

外務大臣会合でも台湾有事問題で同じような亀裂があったが林外務大臣は自分の主張を前に押し出さず「遠足のような楽しい雰囲気」を演出しなんとか状況をまとめようとしていた。潜在的な緊張が解けたわけでもないのだろうがこちらは一定の成果を上げたようだ。

経済産業省はエネルギー政策において原発を中心に位置づけたいという省益を抱えている。この省益にとらわれるあまり西村大臣は本来のホストとしての役割を十分に果たすことができなかったと言えるのかもしれない。

広島の首脳会談でもこの亀裂は問題になるだろう。岸田総理がこれをどのように受け継いで修正するのかに注目が集まる。

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